ロイヤル・ストーキング未遂
「ジャンバ、対抗戦におけるあなたの魔術はとても素晴らしいものでした」
その言葉を純粋に嬉しく感じつつも、その一方で、僕はなんとも言えない気持ちになる。
絶対に手を貸して貰える、という体で話が進んでいる。一人で尋ねてきた事と言い、王女殿下は面識がほぼ無い僕のことを信頼し過ぎている気がする。
「……実力を認めて貰えるのは喜ばしく受け止めますが、先ほども言いましたが、王女殿下は不用心です。僕がこの力を悪いことに使うような、例えば酷い悪魔のような男だったらどうされますか?」
僕はそう切り出し、釘を刺すことにした。すると、王女殿下は顎に手を当てしばし考え込んだのちに、
「……最初からあなたに全幅の信頼を置くべきとしたのには、理由があります。アルドードの家のものだからです。アルドード男爵は武名と同じくらい変わり者としても有名ですが、それは悪い意味ではありません。よい意味でそう言われているのです。義と情に厚く、危険な場所へは自ら赴くその姿勢は、他の貴族が真似できるものではありません」
王女殿下は無条件で僕を信じたわけでは無く、父上の評判を基準に人柄を推察し、そして信じるという判断を下した……という話であるようだ。
「アルドード男爵の子息として、あなたもまた当然にそのような気質を育んで来たと捉えるのが普通です。この解釈を肯定するかのように、弐番寮の引率生の方も随分と褒めておられました。「あいつは凄い良いヤツだ」と。……善きお人に違い無い、と私はそう思っています」
確かに、僕は父上から強く影響を受けている。しかし、だからといって父上と性格や人格まで何もかもが同じなわけではない。それに、父上も決して完璧な善性を持つ人間でもないのだ。
期待を裏切るようで悪いけれど、僕は決して聖人ではない。王女殿下に”僕は世俗的な人間である”と教えるべきだ。
「色々とお褒め頂き光栄です。ところで、話は変わりますが、もしも王女殿下の頼みを僕が断ったらどうされますか?」
「……? まだ話の途中なのですが……?」
「お答え頂ければと思います」
僕は断った場合を気にする態度を取り、断ってもよいのであれば断る可能性がある、というニュアンスを含ませた。
困っている人や頼ってくる人を何も考えずに助けるような、そうした人間ではないと伝えたのだ。
すると、王女殿下は再び思案して、
「そう……ですね。断られても、権力を使い脅迫をしたり、あるいは嫌がらせをしたりはしません。それだけは言えます」
淡々とそう述べつつ、けれども、さらにこうも続けた。
「断られた場合には、受けて貰えるまで何度もお願いをするつもりでした」
「……へ?」
了承されるまでお願いし続ける、という王女殿下の発言に僕は思わず素っ頓狂な声を上げる。王女殿下はそんな僕を見て妖しげに眼を細め、下唇を舐めた。
「受けて貰えるまで何度もです。学内でも学外でも、24時間お傍でお願いし続けるつもりでした」
まさか、王女殿下から面と向かって「ストーキングします」宣言を受けるとは、思ってもいなかった。
直前に”嫌がらせはしない”と言ったような気がしたけれども、それはウソだった……?
いや、目を輝かせているのを見るに、恐らく本人の認識が違うのだ。あくまで自分は熱心にお願いをするだけであり、それは嫌がらせや迷惑行為ではないと心の底から思っているのだ。
本気で24時間体制で”お願い”をされたら、変な噂が一瞬で広まるのは目に見えている。
それは御免被りたい、と思うのが普通の人間であるし、僕もそう思う方である。つまり、僕には拒否するという選択権が最初からなかったのだ。
「……わかりました。受けます」
「よいのですか? まだ全てをお話していませんが」
「断っても、ずっとお願いしにくるのではないのですか?」
「引き受けて下さるのですね。それはよかったです」
完全なる僕の敗北だった。対抗戦では僕が勝ったけれど、交渉戦では王女殿下の方が一枚上手のようだ。
僕が白目を剥くと、王女殿下は嬉しそうに両手を合わせた。
「さて、それではお願いの説明を深掘り致しましょう。お願いと言うのは、潜入調査です」
「……潜入調査ですか?」
「はい。今さきほど申し上げた隣国ファストゥーバなのですが、そこの諜報部隊が怪しげなセミナーを開き、我が国の民の洗脳しているようなんです」
「怪しげなセミナー? そんなものが開かれているなんて、聞いたことがありませんが」
「水面下で行われているようです。これを見て貰えば、おわかり頂けるかと」
王女殿下は自らの指輪に触れた。指輪は映像系の魔術の補助具であったようで、魔術式が出現し、とある室内会場を宙に映し出した。
「これは……」
「つい数日前に撮影されたセミナーの様子です。……集まっている人々をご覧になって下さい」
集まっている多くの人々は、虚ろな目をしていた。
会場内の雰囲気も仄暗く淀んでいる。
明らかに異様な光景だ。
そして、どこからか現れた白い背広を着た男が壇上に上がると、会場内の人々が一斉に男を見つめ、前の方から順番に一人また一人と跪き始めた。
と、その時だ。
僕は偶然にも、跪く人々の中に見知った人物を見つけた。あれは――ベニスではないのか。
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