”使徒”生誕2/2
虚ろな眼のまま壇上にあがったベニスが跪くと、”神”はその肩に手を添え、言葉を紡いでいった。
「ベニス・フォンボーくんは魔専生であり、そして貴族です。魔専生であることについてはどうでもよいですが、この国の貴族であるという一点は多いに着目すべき点であります。
本来であれば国へ忠誠を誓い、そして矜持を持ち、国家繁栄の為に邁進すべき未来を選ぶ存在が貴族です。ですが、ベニス君はその道を選ばず、むしろ国を裏切る決断を致しました。
――国ではなく”神”にっ! この私にっ! 忠誠を誓うとしたのです! そうでしょうベニスくん‼」
名前を呼ばれたベニスは、涎を垂らしたまま何度もこくこくと頷いていた。ベニスの姿はもはや廃人の類にしか見えない状態である。
「あ~ぁ素晴らしい! 君は尊い! ……ところでベニスくん、君は”使徒”になったら何がしたいのかな?」
「むがつく、やつ、ぶっ殺したい」
「うんうん。それもまた立派な志だ。――ははっ、この国の人間を一人でも多く殺して下さいな!」
”神”が指を鳴らすと、僕を広間まで案内したあの翁が壇上脇の垂れ幕を割いて現れ、滑車のついた机をころころと押して持って来た。
机の上に並べられていたのは、小ぶりの剣が一つと、それと幾つもの人間のものではない臓器だった。
緑色の歪な形をしている異形のその臓器は、全てがドクンドクンと脈打っていた。
(な、なんなんだあれは……)
あまりにも気持ちの悪い光景に、僕の頬はどんどん引き攣っていった。
次の瞬間。
小ぶりの剣を取った”神”が、ベニスの胸に刃を突き立てた。
「あ゛あ゛あ゛! いだっ、痛ぃ゛っ! 痛い゛痛い゛痛い゛痛い゛!」
「この痛みを乗り越え、そして生まれ変わるのです! ”転生”を経て! 君はっ! ”使徒”になるのです!」
僕はベニスの金切り声に耳を抑えながらも、”神”が妙な魔術を発動したのを感じ取り、すぐさまに解析を行いその正体を看破した。
”神”は”転生”という言葉を使ったが、それは全くもって違っている。本物の”転生”を経た僕にはわかる。
これは転生などではなく、異形の臓器たちとベニスの体内を
――”使徒”。それは人造合成生命体を示す言葉であったのだ。
なんとおぞましい所業か。僕には”神”と呼ばれるこの男が、ただの悪魔にしか見えなかった。
だが、そう思っているのはこの場で僕だけだ。精神干渉を受けている広間の人々は、何の違和感も持たず、それ所かむしろ”使途”になれることへの羨望の眼差しをベニスへと向けている。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!」
「さぁベニスくん受け入れましょう……っ!」
”神”はベニスから剣を引き抜くと、机の上に用意されていた臓器を一つ一つ体内へと捻じりこんでいった。
そして魔術は完全に発動し、ベニスの体に異変が起きる。胸の傷口からニョロニョロと触手が飛び出し、ベニスの体を覆い始め、あっという間に肉が膨れたような化け物へと変わった。
「
”使徒”へと至る魔術を行使された影響によってか、ベニスは精神干渉の魔術の効果から解き放たれたらしく、突然に起きた自らの肉体変化に困惑していた。
「
液状になった肉が崩れ落ち、ぐちゃり、と床に飛び散り、跳ねたどろどろの肉飛沫に乗って異臭が漂い始めた。
思わず吐き気を催してしまい、僕は鼻と口を抑える。
「そう怖がらずともよいのです。念願の”使徒”になる為の前段階ですから。今はサナギの段階。ここから羽化し、そして蝶へとなるように、そうして”使徒”になるのです。……まぁ成功すればですが」
「
ベニスは自らの肉塊の表面に、ぽこん、と目玉を浮き出させるとその瞳の全てから涙を流し始めた。
「……ふーむ。”使徒”化させようとすると、やはり精神干渉が効き難くなるようですね。少し強めますか」
神が指を二度鳴らすと、広間で発動している魔術の効果がより強まった。広間に施した術式への魔力供給量を増やせ、と”神”は指示したようだ。
精神干渉から解き放たれたベニスを、再び洗脳しようとしている。
しかし、いくらなんでも効果を強め過ぎている。
等しく干渉を受けている会場の人間たちが、完全に棒立ちになり、廃人を通り越してもはやただの置物になり始めている。
「おや、どういうことでしょうか。広間の魔術式はおろか、蝶仮面の魔術式も効いていない人間……?」
”神”が僕を見た。
この場で精神干渉が効かない僕は意識を保っており、それがゆえに置物のような棒立ちになっていなかった。
そのせいで気づかれてしまった。
「ふむ。一体どのような手段で逃れているのかはわかりませんが……まぁそれなら物理的に抑えればよかろうでしょう」
怪訝そうにしながらも、”神”は新たな魔術を発動させる。ピクリとも動かなくなっていた周囲の人間の頭上に輪が現れ、一斉に僕に襲い掛かって来た。
倫理的に問題がある精神支配の洗脳魔術を罪悪感もなく扱うだけあって、同じくらい人倫に悖る肉体支配の魔術も別途で揃えていたようだ。
「さぁさぁ清き信徒の皆さま方! そこの少年を捕まえてくださいな!」
「くそっ……」
僕は後ずさりながら伸びてくる手を避け続けた。この場をどう切り抜けるかを僕は考えつつ、しかし、上手い具合に足止めのできる魔術が思いつかなかった。
小太陽や帯電で怯ませることはできない。洗脳状態であるこの人たちは、恐らく気にせずに突っ込んでくる。
そうすると一瞬で塵芥だ。
この人たちには何の罪も無く、ただ操られているだけに過ぎないのである。そんな人たちを傷つける手段を僕は選べなかった。
「――っ」
有用な手が考え付かない間に、逃げるのにも限界がきてしまい、僕は腕を掴まれ押し倒された。
捕まってしまった。
慌ててもがいてみるものの、すぐさまに重なるように次々に覆いかぶさってくるものだから抵抗も出来なかった。
このままでは、窒息してしまうのも時間の問題だ。
(こんなところで、僕は死んでしまうのだろうか……?)
ついそんなことを考えてしまった。
だが、僕の人生が終わることはなく、代わりに僕の額から現れた淡い光が広間を満たした。
「これは……」
まばゆくなっていくこの光が、あらゆる法則に縛られない”魔法”に属するものであることを僕は無意識に理解した。
――
赤ずきんちゃんが、僕の額にキスをした時に言っていたその言葉を、僕は思い出した。
間違いなくこれは”おまじない”の効果であった。
「……あ、あれ、私」
「……なんだ。どうして俺はこんな所に。……そうだ、確か誘われて一度だけセミナーに参加して、それから、なぜかこなければいけないような義務感に駆られるようになって……」
「うわっ! な、なんだあの化け物っ⁉」
”おまじない”の効果は、あらゆる精神干渉を広範囲で強制的に無効化するものであった。
人々が正気を取り戻していった。
(赤ずきんちゃん……助かったよ)
僕は慌てて立ち上がり、心の中で赤ずきんちゃんに感謝しながら、壇上を見据えた。
”神”はひどく面白くなさそうな顔をしていた。
「一体なにをされたのですかね。今の光は一体……魔術では無さそうな感じがしますが……」
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