落書き
「友だち……?」
「は、はい。私はミアって言います! なんでもしますから!」
「お名前教えて下さい! お名前!」
「え? あっ、えっと、ジャンバ……」
「ジャンバですね!」
つい勢いに負けて名前を教えてしまった。僕も人付き合いが得意な方ではないから、こういうのは断るべきだというのに……。
「それじゃあ明日からよろしくお願いします!」
そう言って女の子――ミアはすぐさまに走り去ってしまった。僕は遠くなるミアの背中を見つめながら『どうしよう』と思いつつも、
「まぁでも……別に良いか」
ため息と共に自然とそんな言葉が零れた。無意識のうちにミアに一瞬だけ生前の自分自身を重ねてしまったこともあり、追いかけてまで拒否する、という行動を取ることができなかった自分に気づいていたのだ。
おどおどしていて、イジメられて、友だちが欲しいけれど上手く行かなくて……。まるで昔の僕そのものだ。
もっとも、生前の僕は人生を諦めてしまったけれど、ミアはそうではなく前向きなようだ。友だちになってください、という言葉が出るのは、まだ自分の人生をどうにかしようと思っているからこそだ。
それは、生前の僕にはできなかったことで、凄いことだ。そんな子が友達になって欲しいと言ってきたのだから、余計に断れないのだ。
ただ、色々と懸念がないわけではなく、
「友だちになるのはまぁ別に構わないけど、ティティがあの子をどう思うか……」
僕自身がミアと友だちになるのは構わないが、そういう関係になると、必然的にミアはティティとも会う機会ができることになる。
二人が仲良くなれるかは不明だ。
もしも嫌がられたら?
喧嘩になったら?
そうなってしまった場合、僕は校内で二人と別々に会うように動かないといけなくなる。
一緒に同じ講義を受ける、というような行動も、半々に分けてしないといけなくなる。
そうなったら疲れそうだ。
まぁその、結論から言えば、この心配についてはただの杞憂となる。
※※※※
「私こっち書くから、ミアはそっちお願いね」
「うん……」
「手伝ってくれてありがとね。……ミアも何かあったら言ってね。私も手伝うから」
「い、いいの?」
「全然大丈夫だよ」
翌日になって、ティティとミアを引き合わせたところ、不思議と二人はすぐに仲良く友だちになっていた。
ティティは、僕が説明するよりも先にミアが列車内でベニスに絡まれていた子である気づくと、その後大丈夫であったかを聞いていた。
ミアもそうしたティティとはすぐに打ち解け、僕には敬語なのに、ティティに対してはすぐに砕けた喋り方にもなった。
女の子同士はすぐに仲良くなれるようだ。
「ン、と、バ……」
「大きく見えるように……」
「うん……。それにしても、ジャンバは格好いい。こういう代表にも選ばれるなんて」
「それに助けて貰ったし?」
「うん……」
「抜け駆け禁止だよ? アプローチかける時は順番にね? 破ったら、許さないからね?」
「ぬ、抜け駆けはしないよ」
ところで、二人はコソコソと話をしながら、何をやっているのだろうか。布を広げて文字を書いているようだけど……。
ちらり、と様子を伺うと、広げた布に書いていたのが僕の名前だった。
そういえば……僕を応援する為の旗を作るのがどうの、と以前にティテは言っていた。どうやら、それをミアと一緒に作っているようだ。
これはよろしくない流れだ。
僕は慌てて二人に中止するように伝えた。違う寮の生徒を応援することに問題があるのでは、という僕自身の心配もきちんと説明した。
しかし。
二人は僕の言葉を聞いても態度を変えず、むしろ何も問題はないというスタンスを取った。
まずはティティが、
「私の寮は、魔術士の家系用に割り当てられてる、
と述べ、次にミアも自分の寮の状況というか立場というか、そういうものを話し出した。
「私の寮は
二人の話を聞くに、他寮だから応援してはいけない、といった空気ではないらしく……他寮の状況というのが、どうにも僕の予想とは少し違っているようだ。
まぁ壱番寮だけは絶許みたいな感じではあるようだけど……。
それにしても、ここまで距離を置かれたり嫌われるとは……壱番寮の人たちに何かあるのだろうか?
壱番寮の人たちとは僕もまだ話をしたことが無く、どうにも詳細が掴み辛いけれど……とりあえず、全ての寮からよく思われていない、というのだけはなんとなく分かった。
まぁその、壱番寮の人たちがなぜ嫌われているのかという理由については、僕はこの後すぐに知ることになる。
※※※※
寮に戻ると入口近くの外壁に人だかりができていた。何か事件が起きてざわついている感じだった。
「くそがっ、今年もかよ……」
「許せねぇ……」
「これ他の寮もやられてんだよな、確か……」
「自分たち以外はカスって言いたいんだろ」
寮生たちが外壁を向かって、口々に悪態をついている。一体どうしたのだろうかと思い、僕はつま先立ちになって外壁を確認した。
すると、そこには酷い落書きがあった。
――今年の新入生対抗戦を楽しみにしているよ。例年通りに我ら壱番寮の引き立て役になってくれたまへ。なんちゃって貴族の弐番寮くん。ところで、お金欲しい? 「ワンワン、僕たちは貧乏なんだワン。お金くださいなんだワン」って言ってくれたらあげるよ?――
それは、壱番寮の人間によって書かれた煽り文だった。僕もさすがに驚いて近くにいる上級生に話を聞いてみたところ……どうにも、毎年この時期になるとこの手の落書きをされるそうで。
他の寮もやられる時があるとかなんとか。
これは酷い……。
どうして壱番寮がよく思われていないのか――その理由は、上から目線で他寮を煽って馬鹿にしてくるからだったのだ。
悔しそうに落書きを眺めていた寮生たちは、僕の存在に気づくと一斉に視線を向けてきた。
「おう代表! 絶対勝てよ!」
「我慢ならねぇ!」
「ぶっ殺して来い!」
西館が憎い気持ちは理解出来た。
これについては、僕も怒りを覚えてしまったわけで――対抗戦で西館壱番寮と当たったら、最初から全力で行く事にしようと思った。
「任せてくださいよ!」
僕が力強くそう言うと、周囲から「おおおお」と歓喜の声が上がった。
※※※※
さて、そして――対抗戦当日があっという間に訪れた。
自室の窓から外を眺めると、花火が飛んでいるのが見え、大々的なお祭りな雰囲気が眼下に広がっていた。
『よし……ラッパ持ったし、チアリーダーの服にも着替えたし、準備万端』
赤ずきんちゃんが、ふむふむと頷いている。
僕にしか見えない姿で来るのに、そこまでする必要はあるのだろうか、と思わないでもない。
でも、人混みにはまだ完全に慣れてないのに、こうして応援に来てくれる――その気持ちは、とても嬉しいものだ。
「……」
『ん? なぁに?』
「……なんでもないよ」
それにしても、チア服の赤ずきんちゃん……。次のえっちの時には、ぜひ、その服でお願いしようと僕は思った。
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