ティティは違う寮なのに

 入寮してから数日後が経ち、魔専学校の入学式はつつがなく終わった。

 新入生の数は5万人――これだけでも驚くべき数字だけれども、魔専は6学年制なので、つまり学生だけで30万人がこの都市にいることになる。

 商業活動等で来ている人も含めると、都市人口はさらに増え、全体ではおよそ60万人程がこの都市にいるのだ。

 事前に調べていたので、これらは僕も既に知っていた情報ではあるけれど……ただ、それでも実際に見ると圧倒される景観だった。

(凄いところに来たんだなぁ……)

 そんな感想を抱きながら、僕は新入生の波に呑まれながら帰路につく。すると、その途中で、

「あっ、ジャンバ!」

 人混みを掻き分けながら、僕を呼ぶ声がした。振り返るとティティがいた。

「……ティティ」

「またすぐ会えたね」

「うん」

 ティティは『またすぐに会えた』と言ったけれど、僕として、なんだか長い間会っていなかった気がした。

 寮に着いた初日から、色々とあったせいだ。

 対抗戦の代表云々、赤ずきんちゃんと云々と、そういう展開で慌ただしかったので数日前を凄い昔に感じてしまうのだ。

「ね、良かったら少しお話しようよ。入学式まで時間あったから、色々と街中見て回ってて、良い所を見つけたの」

 折角のお誘いなので、僕は了承した。今日はあと帰るだけで、特別な用事もないので断る必要も無いのだ。

 ただ、赤ずきんちゃんが浮気がどうのとまた騒ぐかも知れないので、それが少し心配ではある。

 しかし、そうした僕の懸念とは裏腹に、透明な姿で宙に浮かぶ赤ずきんちゃんは意外にも落ち着いていた。

『……うん?』

 睨まれるくらいはされると思っていたのに、そんな様子は微塵も無かった。

『何よそんな不思議そうな顔をして……。まぁ、ジャンバの童貞を頂いたし、その事実は一生消えないから、その点でだいぶ優越感あるし』

 そ、そうなんだ。

『でも……前にも言ったけど、体の浮気は良いけど心の浮気は許さないからね?』

 赤ずきんちゃんの口調は柔らかく、『――まぁ、少しくらいなら別にいいけど?』というニュアンスを感じ取れる。

 童貞を奪った優越感というものが、どうやら、赤ずきんちゃんにとって精神安定剤のような役割を果たしているようだ。

 僕にはよく分からない感覚ではあるものの、それで落ち着いてくれているのなら是非も無い。

 なので、僕は安心してティティとのお出かけを楽しむことにした。


※※※※


 ティティが向かった先は、隠れ家的なカフェだった。

 なんでも、今まさに流行っているお店で、寮で同室になった上級生の女子生徒から教えて貰ったらしい。

 一般寮はどこも同室が当たり前のようで、そういった世間話も頻繁にするようだ。

「そういえば、ジャンバは貴族寮よね? どんな感じなの?」

「どんなところと言われても……。取り合えず全員が個室という以外は特に」

「個室いいなぁ……」

「でも、東館だからね。貴族寮にも二つあって、男爵と子爵が東館でそれより上が西館なんだって」

「貴族寮ってそういう区分あるんだ?」

「うん。だから、僕が知ってるのは東館だけ。見た目はボロボロで、個室以外は本当に何も特徴が無いのが東館。西館は……中に入ったことは無いけど、外観が既に豪華だったから、中も多分そんな感じなんだと思う。……ところで、新入生対抗戦なんだけど」

「対抗戦……? あー、そういえば、そんなのあるんだってね。私にはあんまり関係ないかなって忘れかけてた。それがどうしたの?」

 かくかくしかじか、と代表に選ばれた事を僕が伝えると、ティティは驚いた。

「すごーい。ジャンバって魔術まだ使えないんだよね? 列車の中でそういう風に言ってたの覚えてる」

「まぁ色々とあって」

「もしかして、ジャンバには秘められた才能が……?」

 才能と言うか素質と言うか、その手のものが確かに僕にはある。魔法に触れた、という現象によって得た潜在的な魔術への高度な理解だ。

 ただ、それは決して人には言えない事柄である。

 魔法の存在が露見すれば、大きな騒ぎになり、面倒ごとに巻き込まれるであろうことが容易に想像できるからだ。

 それはあまりよろしくないので、可能な限り隠し通して行きたいと個人的には思っている。

「でもジャンバが代表かぁ……よーし! それじゃあ、旗作って、こうやって持って振って応援してあげるね!」

 何を考えたのか、ティティがそんなことを言い出した。

 応援してくれるのは嬉しいけれど、でも、それって大丈夫なのだろうか? 自分の寮を応援した方が良いのでは……?

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