イイコト

「……お前っ、お前」

 僕が小太陽を消すと、ゴルドゴは口をぱくぱく開閉させ、

「来い!」

「ちょっ……」

 僕の腕を掴み、ズンズンと力強く歩き出した。

 ゴルドゴは弐番寮の中を駆けずりまわると、幾つかの部屋のドアを叩き、無理やり中の人を引きずり出して談話室に集めた。

 強引に連れ出された魔専生たちが、恨めしい顔でゴルドゴを見つめている。

「いきなりどうしたんだ、ゴルドゴ」

「そうだぞ。血相変えて」

「お前も我々と同じ引率生なら、もう少し礼節というものを弁えろ。……まったく」

 ゴルドゴが集めたのは他の引率生のようだ。僕がゴルドゴの意図を掴めず眉をひそめていると、予想外の言葉が飛び出てきた。

「聞け! 新入生対抗戦の代表が決まった!」

 僕を含め、この場にいる全員が目を丸くした。

「こいつだ! ジャンバって言うんだが、こいつを代表にする!」

「「「「――は?」」」」

 その叫び声の中には、僕の声も混じっていた。新入生対抗戦の代表が僕――それは、あまりに唐突過ぎる話であった。

 他の引率生たちも驚き、次々に声を上げ始める。

「ちょっと待てゴルドゴ、お前、何を言っているんだ」

「そうだぞ。お前今年こそは勝ちたいって言っていたじゃないか。それは我々も同じ気持ちだ。弐番寮の新入生がまだ全員集まってもいない段階で、何をそう急ぐ」

「自棄にでもなったかゴルドゴ。それとも、とうとう脳みそまで筋肉になって思考することが出来なくなったか?」

 引率生が次々にゴルドゴを問い詰めた。しかし、ゴルドゴはそれを右から左に聞き流すと自信満々に告げた。

「俺がヤケクソにでもなったんじゃないかって? そんなことはない。聞くが、お前らの中で小太陽作れるヤツいるか? 俺は無理だ」

 先ほど、術式をイジって小太陽を作ってしまったことを理由に、僕を代表にするという結論に達したらしい。

 ただ、やはりアレは尋常では無い魔術らしく、他の人達はそう簡単には信じられないと言った表情だ。

「それは本当か?」

「私も無理だぞ。というか、西館の連中や魔術士連中の中にも作れるヤツなどいないだろう」

「ウソを言うなよゴルドゴ……?」

「ウソなんか言ってない。見せた方が早いな。……ジャンバ、演習場でもういっかい見せてくれ」

 別に見せても減るものではないので、僕は頷いた。

 ぞろぞろと全員で演習場に移動し、そこで僕は再び小太陽を作って見せる。

 補助具の指輪は使わなかった。

 指輪の中に入っている術式と、僕が新たに創り出した術式がまるで違うので、あっても無くても同じだからだ。

「どうやっているんだ……?」

「火球の術式で出したものを、制御してこうしたわけではないだろう。あまりに違い過ぎる。違う術式だね?」

「確かに別物にはなってますけど……」

 術式を聞かれても、どう伝えたら良いのかが分からない。僕自身は確かに理解はしているものの、それを伝える為の適切な語句が出て来なかった。

 どう答えたものかと悩んでいると、赤ずきんちゃんが『ふふふ』と笑った。

『教えない方がいいと思うけど? それ普通の人は扱えないから』

 え……?

『その術式は、ジャンバが”魔法わたし”に触れたからこそ、組み替えて創れた・・・。それには、世界の法則に抗う式も入っているの。世界の法則に則って作る、人間たちが編み出す術式とはまるで違う代物よ。法則を創る側の力を体感したジャンバ以外が使ったら、世界の修正力に耐え切れず、脳みそが焼き切れるわ』

 そ、そんな危険なものを僕は扱っていたわけ? 僕の体は大丈夫なのかな……。いや、今のところは何も問題は無いし、赤ずきんちゃんも僕は例外みたいな言い方をしているから、支障があるようなことは一切無いと見て良さそうだ。

「本当に凄い魔術だ」

「これ、西館や一般寮の魔術士連中はおろか、教師や魔術式研究している教授とかでも無理じゃないか?」

「見たことも聞いたこともないしな」

「よければ、術式を教えてくれないか……?」

「私も教えて欲しい」

「え、えっと、教えるのはちょっと……。不慣れですし、あと、多分これ僕しか使え無さそうな感じの術式なので」

 後ずさりながら、教えられないという旨を伝えると、引率生たちは残念そうに肩を落とした。

「これだけ凄いと教えたくないのも当然か。……まぁでも、これで今年はイケるかも知れないな」

「”かも”ではなくて、どう見ても圧勝だ。西館の連中の驚く顔が見れる」

「期待の新人所ではないな。100年に1人の天才を引き当てたのではないか、我が寮は……」

 小太陽を作ったお陰で、他の引率生も、僕以外に代表に相応しいヤツはいないという答えになってしまったようだ。

 頑張ってくれよ、と次から次へと僕の背中や肩を叩いて来た。

 いきなり過ぎて戸惑いはあるものの、これは早々に訪れた活躍出来るチャンスでもあったので、僕は自然と笑顔になる。

 素直に嬉しいと思えた。

 ここで結果を残せれば、きっと魔専での成績にも繋がる。

 父上も、知ればきっと喜んでくれる。

 僕はこの後、自室として割り当てたという部屋に案内されてすぐに、まず父上宛に手紙を書く事にした。

 すらすらとペンが動く。

 二枚程度の便せんに収まった手紙は、あっという間に書き終えることが出来た。

「……他の魔専生、ジャンバのこと『100年に1人の天才』なんて言ってたけど、過小評価しすぎ。有史以来とかそういう表現の方がピッタリなんだから」

 部屋に入ってから、人の目が無くなったこともあり、赤ずきんちゃんは実体化していた。

 ベッドに寝転がり、脚をぱたぱた動かしている。

 誰もいないから、気分も優れたようで、部屋の中なら実家にいた頃と大差が無く過ごせるようだ。

 元気が出てくれたのは喜ばしいことである。

 ただ、一点だけ注意がある。

 寮則では、自室への異性連れ込みは特別な事情が無い限り禁止なので、万が一にも実体化した赤ずきんちゃんを見られてはいけないのだ。

 寮は女子棟と男子棟に分かれており、異性間での談笑は、広間や談話室でする決まりになっていた。

 もしくは寮外で、だ。

 守らない人も結構いるらしいけれど、見つかれば罰則が待っているから、破るならそのつもりでと注意されていた。

「……赤ずきんちゃん、他の人に見つからないようにね?」

「はいはい」

 赤ずきんちゃんの空返事に、僕は溜め息を吐きつつ、今日一日の疲れを落とす為にお風呂に入ることにした。

 東館は外観がボロでも、部屋ごとの設備自体は最低限揃っているようで、個別に浴室がついていた。

 僕は誰の目を気にすることもなく、お湯が溜まり次第、ゆっくりとお湯に浸かる。

 その時だ。

 何の躊躇も無く、赤ずきんちゃんが素っ裸で浴室に入って来た。

「ねぇジャンバ」

「あ、赤ずきんちゃん⁉」

「なにを驚いてるの?」

「えっ、だ、だって、急に入って来るし、それに、は、裸……」

「別にいいじゃない。……ジャンバにとって今日は良いことあった日でしょ? 良い結果残したい、って言っていた矢先に代表とやらに選ばれたわけだし。……そんなジャンバに、良いことの第二段をこのわたしがプレゼントしてあげようと思って」

「赤ずきんちゃん、や、屋敷にいた頃はこんなこと……」

「それは、ジャンバがまだ小さかったから。もうすっかり体もココも大人になったし……?」

 赤ずきんちゃんは、妖しく笑うと、そのまま僕を押し倒した。

 そして僕は――あろうことか、このまま赤ずきんちゃんに童貞を奪われてしまった。

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