出来たのが火球ではなく小太陽

 道行く人に訪ねながら、僕はどうにか目的地へと辿り着いた。

 貴族寮というプレートが掲げられているその建物は、趣きがある作りだった。煉瓦造りの年代を感じさせるような外観である。

 入口を潜ると、すぐ脇に守衛小屋があった。自分の部屋をどこで教えて貰えるのかとか、そういう話を聞けそうで丁度よかった。

 守衛小屋の扉をノックすると、だいぶ歳を取っているお爺さんが出てきた。

「すみません。新入生なのですが、自分の部屋とかどこで教えて貰えるんでしょうか? ちょっと分からなくて」

「なるほど新入生。……おぬし名前は?」

「ジャンバです。ジャンバ・アルドードです」

「新入生で家名がアルドード……ええと……」

 守衛のお爺さんは、小屋の中から分厚い紙の束を持ってくると、ぺらぺらとめくり10枚ほど進んだところで手を止めた。

「あったあった。男爵家……お主は弐番寮じゃな。よし、それでは引率生を呼ぼう。どの部屋にするかは引率生が割り振る」

 守衛のお爺さんは、小さなベルを取り出すと、ちりんちりんと鳴らした。ベルに小さな魔術式陣が現れており、それがいわゆる”補助具”と呼ばれている物であることを現わしていた。

 魔術は物体に書き記す事も出来る、というのは広く知られている。

 魔術の使用を楽にしてくれたり、あるいは既存の魔術式を刻み込むことで、刻んだ魔術を簡易的に使用可能にしてくれるのである。

 ただ、結構高いのでそうそう気軽には買えない代物でもあるけれども……まぁそれはさておき、まもなくして一人の魔専生が現れた。

「おう! 新入生だな!」

 少しぶっきらぼうな感じの口調で、見た目もそんな感じの人だった。

 ぼさぼさの短髪で制服も着崩している。

 貴族寮の人なのだから、この人も貴族の家の出なんだろうけれど、あまりそういう雰囲気が無い。

「よろしくお願いします。ジャンバです」

「よろしくなジャンバ! 俺は弐番寮の引率生のゴルドゴだ! よし、取り合えず俺についてこい!」

 引率生ことゴルドゴは、そう言うとすぐに踵を返し、寮へ向かって歩き出した。僕はその背中を追いかける。

「……ところでジャンバよ、弐番寮ってことはお前男爵か子爵の出だな?」

「父上が男爵です。そういう区分けなんですか?」

「そうだ。男爵と子爵は弐番寮。俺の家もお前と同じで男爵家だ。……で、それより上が壱番寮だ。見ろ。あっちが壱番寮で、そっちが弐番寮だ」

 壱番寮である西館は豪華絢爛な装いで、弐番寮の東館はボロっちい感じだった。爵位による格差が露骨過ぎる気がする。

「あんなところに住みやがって、西館の連中は鼻もちならねぇ」

 東館の中に入りながら、ゴルドゴが悪態をつき始める。西館が嫌い、という感情を隠そうとしていない感じだ。

 まぁ誰が見ても分かるくらいに格差が酷いので、新入生ながらに僕もゴルドゴの気持ちは理解出来た。

「……くそっ。今年の新入生対抗戦も負けかなぁ。負けたくねぇな」

「新入生対抗戦……ですか?」

「新入生の入学式から二週間後に、あるんだよそういうのが。寮ごとに一人新入生代表を決めて、そいつらが魔術で戦うんだ。勝った寮には特典・・がつく。……一般寮も色々と寮分かれてるもんで、そこからも別々に出て来る。まぁ魔専最初の大行事だな」

 なにやら、入学早々から大きなイベントがあるようだ。

「だけどウチはいっつも三位だ。一位は西館の連中で、二位は一般寮の魔術士系の連中の寮。ウチは三位。俺が入学した時からずっと変わらずそうだ。……勝ちたひ」

 詳しく話を聞くと、ゴルドゴは6学年制である魔専学校での生活があと2年しか無く、卒業までに一度くらい弐番寮が一位になった所が見たい気持ちが強いそうだ。

「新入生対抗戦の代表……」

 どういう新入生が選ばれるのだろうか? と、僕がそんな事を考えているとゴルドゴが足を止めた。

「……そうだ。ちょっとこっち来い。新入生を全員試すつもりだったし、な」

 試す? 突然何を……と困惑する僕の手を引き、ゴルドゴはお構いなしに歩き出した。

「あの……」

「東館にも演習場がある。そこに行く」

 どうやら、僕は演習場とやらに連行されるようだ。


※※※※


 演習場は地下にあった。

 殺風景な広間だ。

 四方が特殊な硬い壁で覆われており、ちょっとやそっとの魔術では傷などつかず、かなり頑丈に造られている場所……らしい。

「ジャンバ、お前魔法を家で学んだりとかしてたか?」

「いえ、特には……」

「そうか。なら、これを嵌めろ」

 ゴルドゴから指輪を渡された。よく分からないけれど、取り合えず言われるがままに指輪を嵌めてみた。

 すると、頭の中に一つの術式が現れた。

「それは魔術の補助具だ。頭の中に術式が浮かんでくるだろ? それは火球を作る術式だ。それを頭の中でなぞるだけでいい。早いか遅いか、それと、どの程度の規模の火球を出せて維持出来るか見せてくれ。この手の補助具ありなら、魔術に不慣れな新入生でも出来なくはない。それで才能の有無も大体だが把握できる」

 頭の中に、術式の扱い方が自然と入って来た。これが補助が入っているという状態らしい。

 ゴルドゴは、僕にこれで魔術を使ってみろと言っている。特に拒否する理由も無いので、それは構わないけども、ただ、この術式……。

「……すみません」

「なんだ?」

「これって頭の中に浮かんだ術式しか使っては駄目なんですか?」

「は……? 火球を作る術式は全て同じだぞ? 固定術式だからな。違う術式でわざわざ作るなんてそんなの学者連中がやることだ。お前は何を言って――」

 僕は、この術式が欠陥だらけである事を理解出来た。

 自分でもなぜ理解出来るのかは分からないけれど、もっと密度を濃く出来るし、それに内包する熱量の円環も効率化が可能だと分かった。

 だから、術式を解体し新たに創り上げる。

 そして出来たのが――

「お、お前っ、なっ、なんだそれ!?」

 ――小太陽・・・だった。

 滅多な事では壊れないという演習場の壁が、解け始めている。

 室内が一気に灼熱へと化し、尻もちをついたゴルドゴの額から滝のように汗が流れだしていた。

「えっと……」

 なぜこんなものを作れたのか?

 作った僕自身が一番に困惑していると、人混みに酔っていたせいで終始無言であった赤ずきんちゃんが目の前にやって来た。

 そして、引き続き僕にだけ見える姿で、声で、ぽつりと呟いた。

『全身で、魂も含めて、ジャンバはその存在全てで”魔法わたし”を感じたんだもの。これぐらい当たり前よ』

 そう言われて僕は思い出した。

 以前、赤ずきんちゃんが「”魔術”なら、私が余計なことしなくても良い結果になるんじゃない?」と言っていたことを。

 あの時の僕は、その意味がよく分かっていなかった。

 今なら分かる。

 魔法――つまり赤ずきんちゃんの力で転生したことで、僕は規格外の素質を獲得していたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る