学校都市

 ――君のやることには賛同しない。

 そんな僕の姿勢がベニスはよほど気に入らなかったらしく、眉を持ち上げて「ほう?」と顎を上げる。それと同時に、横から伸びてきた拳がごつんとベニスを殴った。

「い、痛っ!」

「ベニス、お前ってヤツは……何をやっているんだ」

 突如として現れベニスを殴った人物は、身長が高く顔つきが幾らか大人びている点を除けば見た目がベニスに非常に似ていた。

「に、兄ちゃん⁉」

 どうやらベニスの兄だったようだ。それにしても、だいぶ怒っているようだけど……。

「もう一回聞くぞベニス。何をやってんいるだ、お前は」

「そ、それは、平民が生意気にも魔専学校に通おうとするから……」

「生意気なのはお前だ。何だその平民って言い方は。俺たちも名ばかり貴族で平民がどうこうと言えるほどの身分ではないだろうが。……そこの君たち、すまなかった。これはベニスが迷惑をかけたお詫びだ。本当に済まなかった」

 ベニスの兄が投げてよこしてきた封筒の中を見ると、札束が入っていた。質素な生活なら、人一人が一カ月は過ごせるぐらいの額はありそうな厚みだ。

「そう多い金額ではないが、それは、フォンボー子爵家としての”誠意”と受け取って貰って構わない」

「それ俺の魔術の補助具を買うお金――」

「――黙れベニス。補助具など無くても構わないだろう。どうしても欲しいと言うのであればおさがりで我慢しろ。ベックス兄が卒業祝いで新しい補助具を買って貰っていたし、魔専生時代に使っていたのが屋敷に残ってるハズだ。後で頼んでそれを送って貰え」

「そんな! あれ半分ヒビが入っていて壊れかけてるじゃないか!」

 勃発している兄弟喧嘩はさておき……要するに、迷惑代金を払うからチャラにして欲しい、と言いたいようだ。

 フォンボー子爵家、という家名そのものを使った謝罪に加えて、本来はベニスが使うべきものだった金銭の提供。

 誠意、という言葉がウソでは無いのが分かる。自らが痛みを伴う真摯な謝罪である。

 この”お詫び”をどうするかは、実際にベニスに殴られた当人に委ねられる。僕が割って入るわけには行かない話だ。

 当事者が決断を下すべきなのだ。というわけで、とりあえず、よこされた札束を女の子に握らせた。

「はい、どうぞ」

「こ、これ、受け取れません。助けて頂きましたし、これはあなたが受け取――」

「――これは”お詫び”だと相手は言ったんだよ。ベニスが迷惑をかけた”お詫び”なのだとね。じゃあ、そのベニスが迷惑をかけたのは誰だろうか。君だ。君は殴られたんだ。これをどうするかを決めるのは、君自身だ。それが君の権利なのだから」

「私の……権利……?」

「そうだよ。受け取っても良いし、こんなものでは納得出来ないと言うのであれば、突き返す選択肢もある。ベニスの兄は幾らか良識的なようだから、仮に突き返したとしても何かを言うことも無いと思うよ」

「……」

 女の子は、何か言いたげな表情になりつつも押し黙った。受け取るべきか返すべきか、悩んでいるようだ。

 ただ、いくら悩んだとしても、状況を鑑みれば受け取る以外には無いのだ。ベニスとその兄はどこかに行ってしまい、姿が見えなくなっていた。突き返すなら探しに行かないといけないが、おどおどしている雰囲気のこの子には……そんなことが出来るとも思えない。

 僕の出番はもう無いので、元いた車両に戻る事にした。すると、 僕の後を追って来たティティが何かを呟いた。

「……ジャンバは真っすぐなのね」

 周囲の話し声や、列車の移動する音のせいで、その呟きは良く聞こえなかった。

「ティティ、いま何を呟いてたの?」

「うん? 大したことは何も呟いてないよ。ただ、ジャンバはとっても素敵だなって」

 本当かな?

 お世辞な気がしないでもないけど、でも、お世辞でもそう言われると嬉しいな。


※※※※


 ――それから。

 魔専学校に着くまでの間は平穏な時間が過ぎて行った。カートを引いた車内販売のお菓子を買って、ティティとお喋りしながら食べたりして過ごした。

 いつの間にか戻ってきていた赤ずきんちゃんが、僕にだけ見える姿でティティとのお喋りを監視しているので、下手なことを言わないように気をつけることも忘れない。

「ジャンバってたまに変な所を見るけれど、何か理由でもあるの?」

 時折に赤ずきんちゃんの様子を窺っていると、ティティに怪訝そうな顔をされるけど……傍から見れば、僕はふいに虚空を見つめる男であり、その姿は単なる『怪しい人』なのだから仕方が無かった。

 入学早々に変人のレッテルを貼られたりしても嫌なので、僕はなんとか誤魔化す方向に舵を切る。

「え? 変な所を見る? 僕そんなことしてた?」

「うん。天井とか車内の隅とか、じっと見てる時ある。不思議だなって」

「べ、別にそんな事はないよ。たまたまだよ。たまたま」

「そう……?」

「そうだよ。それよりこれ食べてみなよ」

「……これって、さっき車内販売で買ったやつ?」

「美味しいよ」

「貰っていいなら貰うね。じゃあ、頂きます。……あっ、ほんとだ美味しい」

 よし、誤魔化せた――と僕が安堵していると、赤ずきんちゃんがティティの横に座った。

『ジャンバは、わたしとこのティティっていうメスガキ、どっちが可愛いと思う?』

 なんとか変人レッテルを回避したと思ったら、休む間もなく面倒くさい質問が来てしまった。

 正直答えたく無い。

 しかし、これをスルーすると後が怖い。

 仕方ないので、僕は、ティティが一瞬横を向いた隙に赤ずきんちゃんを指さした。

『えへへ。照れるなぁ』

 赤ずきんちゃんは嬉しそうに目を細めると、口をすぼめ、前髪をイジりながら笑う。こういうすぐに喜ぶところは、分かりやすくて可愛いと思えた。


※※※※


 列車どんどん進み、数日が経った。

 列車の窓から外を眺めると、魔専学校が見えて来た。

 そこは――都市そのものだった。

 学校都市、とも呼称される魔専学校があるこの土地は、この国でも人口が多く活気があると言われている。

 それは僕も知っていた。

 しかし、その情報を基に想像していた以上に都会だった。

 ――到着。魔専学校都市に到着致しました。押さない駆けない慌てないの3ないを忘れず、足元ご注意にてご降車お願い致します。

 そんなアナウンスと同時に、列車が止まり扉が開いた。

 一斉に魔専生が学校都市へと流れ出し、僕とティティも慌てて降りた。

 すると、僕らが乗っていた他にも幾つも列車が見えて、そこからも大量の魔専生が雪崩のように吐き出されるのが見えた。

「……凄い」

「……ね」

 列車の中の人混みなど比では無い大量の人々に、僕らは思わず目を丸くする。

 思わず言葉を失いそうになるし、眩暈もして来そうになった。

 ただ、いつまでも驚いてもいられない。

 ひとまず、数日後の入学式に備える為にも、まずは寮に行く必要がある。魔専は全寮制であり、入寮先は学生の出自等によって変わって来る。

 貴族の家の子が入る貴族寮。

 それ以外の子が入る一般寮。

 おおまかにはこの二つだ。まぁ、詳細には貴族寮には貴族寮で、一般寮には一般寮で更なる区分けがあるらしいけれど……。

 ともあれ、僕は男爵家とはいえ貴族は貴族だから、当然に貴族寮に入る事になる。

 ティティは魔術士の家系ではあっても貴族ではないから一般寮。つまり、ここでお別れだ。

「次会うときは学校でね」

「うん」

 ティティの後ろ姿を見送ってから、僕は自分の頬をパンパンと叩いた。

 頑張って魔専で良い結果を出す、というのが今の僕の目標であるので、しっかりとやっていきたい。

『……』

 ところで、赤ずきんちゃんがやたら大人しい。

 一体どうしたことかと思っていると、列車の中以上に人口密度が高そうなこの都市を見て、今にも吐きそうになっているようだ。

『……うっぷ』

 美少女が吐くという絵面は中々に酷いものがある。なので、もう少しだけ我慢して欲しい。

 今は僕にしか見えない姿になっているけれども、それは逆を言えば、僕は確実にその瞬間を目撃してしまうということに他ならないのだ。

『……きたないところ見せたくないから、我慢しゅる』

 ありがとう。

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