友達は自分で選ぶよ

 日を追うごとに増える列車に乗り込む人の大半が、魔専の制服を着ている。僕と同じ新入生や、長期休みを終えた在校生たちだ。

 駅を過ぎるごとに車内の人口密度も高まり、気がつけば、どの車両も人で溢れかえっていた。

「人が多いとなんだか気分が悪くなってくるわ……」

 赤ずきんちゃんはそう言うと、実体化を止めてパッと消えた。静かな周辺環境であった実家の屋敷に慣れた赤ずきんちゃんは、人混みがどうにも苦手なようだ。

 もちろん、同じ環境で過ごしていた僕も人混みは慣れていなかったりする。でも、気分が悪くなるほどではなく、我慢が出来る範疇だ。

 がたんごとん、と電車が揺れる。

 段々と騒がしくなる周囲の喧騒を聞きながら、僕が頬杖をついて窓の外を眺めていると、空席となっていた僕の向かいの席を見て「座りたい」と言ってきた女の子が現れた。

「どこも人でいっぱいだわ……。座る場所がない……。あっ、ここ空いてる。座っても大丈夫?」

 魔専の制服を着た赤毛の子だ。空席を見つけられず、困っているらしい。悲しそうな表情をする女の子に意地悪をする趣味は無いので、僕は肩を竦めながら「どうぞ」と促した。

 すると、ふいに一瞬だけ睨むような視線を感じた。

『……わたしはちょっと外を見てくるけど、ジャンバ、気をつけてね。遊びならいいけど、心まで他の女に向けたら嫌よ。体の浮気は構わないけど、心の浮気だけは許さないからね。そんなことしたら”罰”受けて貰うから』

 赤ずきんちゃんは僕にだけ聞こえる声で脅迫してくると、姿だけではなく気配も完全に消した。

 なんというか……本当に愛が重い。僕は赤ずきんちゃんと夫婦や恋人になった覚えはないんだけど。

 僕がため息を吐くと、赤毛の女の子が「?」となりつつも軽くお礼を言ってくる。

「……席ありがとう。助かるわ。どこも座れる場所が無かったから」

「こういう時は助け合いの精神だよ。……それにしても、僕が乗り始めた頃はこんなに混んでは無かったんだけど、気づいたら凄い人数になってる」

「制服ばかりだしほとんど魔専生よね。学校がもう始まるから、それに合わせて一斉に乗ってるって感じ。……ところで、あなたのお名前を伺っても?」

「僕はジャンバ。新入生。君は?」

「私はティティ。奇遇ね。私も新入生なの」

 同じ新入生だと知って緊張感が解けたようで、ティティと名乗った女の子はにこりと笑った。

 可愛い子だ。

 明るい赤毛も朗らかな感じで、印象が良く見える。

『……』

 消えたハズの赤ずきんちゃんが急に戻って来た。僕にだけ見える姿で。……どうして?

『……浮気?』

 なんだか良く分からない勘違いをされているようだ。

『……まぁいいわ』

 僕の返答も待たず、赤ずきんちゃんは自己完結して溜め息を一つ吐くと、再び気配を消した。

 果たして、継続中のこの重苦しい愛が解消される日は来るのだろうか?

 分からない。

 ただ、一つだけ言えることはある。それは、赤ずきんちゃんの機嫌を損ねてはいけない、だ。

 極めて超常的な事象である、”魔法”そのものが赤ずきんちゃんである。もしも気が変わって僕を消そうとした場合、それはいとも簡単に達成されてしまうのである。

 まぁとはいえ、それらの危険性を別にして。

 赤ずきんちゃんは美少女だ。

 悲しいかな僕も男の子であるからして、重い愛でも若干嬉しく思えてしまっている部分が無いと言えばうそになる。

「……ねぇねぇジャンバ。あなたは貴族の子? 魔術士の家系? それとも普通の家?」

 僕が赤ずきんちゃんについて考えていると、ティティから矢継ぎ早に質問が飛んできた。

 魔専学校には色々な出自の子が集まることから、世間話の出だしとして取り合えず聞いてみた、と言うところだろうか。

「父上が男爵位持ちだから、一応は貴族の家かな。家名はアルドードって言うんだけど……」

「へぇ……ってちょっと待って。アルドード男爵って言うともしかして……”狼男爵”?」

 意外なことにティティは父上を知っているらしい。

「有名よ。戦う男爵」

 確かに父上は戦う男爵だ。その見た目や戦い方から、ティティの言う通りに”狼男爵”なんて別称も持っている。

 ただ、有名なんて言い方をされるほどその名が通っているとは思っていなかったから、僕は普通に驚いた。

 一部でのみ知られている程度かと思っていた。

「そうなんだ……」

「息子のあなたが知らないの?」

「いや、狼男爵って別称があるのは知っていたけど、どこまで知られているのかは分からなかったから」

「なるほどそういうことね。……ところで、狼男爵は魔術を使いながら戦うと聞いたわ。もしかしてあなたも戦う為の魔術が得意なの? 教えて貰ったりとかしていた?」

 ティティが興味深そうに僕に訪ねて来る。僕は首を横に振った。

「いや、何も教えて貰ってはないよ」

 父上が魔術を使って戦っているのは僕も知っている。しかし、物事を教えるのがあまり得意ではないと言って、父上は魔術をまったく教えてはくれなかった。

 自分が教えるよりも、魔専で基礎を一からしっかり学んだ方が良い、と。

 だから、知っているのは、自分なりに調べた魔術や魔法の沿革くらいなものだ。

「魔専で一から覚えた方が為になるって言われたよ。自分が教えると変な癖がつくかも知れないからとかなんとかって」

「あー……それは……確かにそう言われればそうかも? 親とかから教わると変な癖はついちゃうかも。私はちょっとついちゃってるし」

「ティティは魔術がもう使えるの?」

「うん使えるわ。私の家は魔術士の家系で、小さい頃から色々と基礎基本だけだけど教わって来ているの」

 どうやらティティは魔術士の家系の出らしく、入学前の段階で家庭内でだいぶ教わっていたようだ。

「両親がのんびりした性格の人で、魔術の構築にゆっくり時間をかける事が多くて。私もそのやり方で教わっちゃったから、時間かかっちゃうっていうか。……普通の魔術士が1秒で構築できるような基本の魔術式とかでも、5秒くらい必要なの。補助具とかあれば、話は少し変わってくるけど……」

 少しばかり変な癖がついていたとしても、入学前に魔術を扱えるようになっているのは授業の理解の助けになりそうだし、僕のような素人よりも有利ではあるハズだけど……ティティはそうした利点には気が付かず、粗にばかり注意が向き、色々と不安になることもあるらしく。

 親の駄目な部分をそのまま覚えてしまったの、と肩を落としている。

「僕は落ち込むことはないと思うな。変な癖はついたのかも知れないけれど、それでも魔術がもう使えているのは凄いよ」

「そ、そう……?」

「うん。きっと他の新入生よりも一歩リードしてる。癖は少しずつ直せば良いんじゃないかな。魔術がまだ使えない僕が言っても説得力無いかも知れないけどさ」

「そんなこと無いわ。ありがとう。……ふふっ、褒められちゃった」

 ――と、明るい感じで話が進んでいると、それを遮るようにして奥の方の車両から「きゃああああ!」と悲鳴が聞こえて来た。

「な、なんだろう今の悲鳴」

「……様子を見に行きましょう」

「うん」

 僕とティティは、一緒に悲鳴が聞こえた場所へ向かった。そこでは、揉め事が発生していた。

「平民は魔術を学ぶにふさわしくない。去れ」

「わ、私はただ学びに……」

「平民に魔術を学ぶ資格は無い。今すぐそこの窓から飛び出し、家に帰って平民らしく汚い仕事でもするがいい」

 魔専生の男の子が、同じ魔専生の女の子を殴っている場面だった。

「なんて酷いことを……」

 何があったのか分からないけれど、それにしても女の子を殴るのはやりすぎだ。

 僕はティティに「少し待ってて」と伝えると、倒れた女の子に肩を貸し、立ち上がるのを手伝った。

「す、すみません。ありがとうございます」

「お礼はいいよ。それより大丈夫?」

「……はい」

 僕が女の子を座席に座らせると、この子を殴った男の子が僕を睨みつけて来た。

「なんだ貴様は。俺はいま平民に平民の人生を送れと説教してやっていたのだぞ。その邪魔をする気か? ……家名を言え」

「……」

「言えぬのか? まさか貴様も平民か?」

「……アルドード。アルドード男爵家だ」

「男爵? はっ、お笑い種――いや待てアルドード? あの”狼男爵”か?」

「だとしたらどうしたと言うんだ」

 男の子は「ふむ」と顎に手を当てる。それから、少し考えつつ、手を差し出して来た。

「……見たところお前は新入生だな? 俺もだ。名をまだ言っていなかったな。フォンボー子爵家が三男、ベニス・フォンボーだ。お互いに貴族というわけだ。まぁ、子爵と男爵ではあまりに差が大きいが……その点は気にしなくても良い。俺も気にはしない。上であるからと威張るつもりもない」

 この男の子――ベニスも貴族らしい。そして、同じ貴族同士だから仲良くしようとそう言っているようだ。

 でも、僕にその手を取る気は無い。

 その高慢ちきな態度がどうにも好かないからだ。

 女の子を殴ったことを反省していない態度にも腹が立つし、一つしか階級が違わない男爵と子爵の差を”大きい”なんて表現する、虚栄心が滲み出る言動にも拒否感が出た。

「さぁ友達になろうじゃないか。そして、魔術を学ぶ資格のない平民どもを共に追い出そう。魔専学校には平民も大勢入ってくる。……鼻がひん曲がりそうになるだろう?」

 僕は、差し出されたその手を迷うことなく弾いた。ベニスは弾かれた自分自身の手を見て、眉をひくつかせる。

「……貴様それは本気か? 友達は選べ。貴族同士で仲良くすべきだ」

「そうだね。友達は選ぶべきだと僕も思う。だから今選んだのさ。君とは友達にならない、とね」

 僕の答えは明瞭簡潔だ。

 徒党を組んで誰かをイジメるなんて絶対にしない、だ。生前に僕はそれをされてとても辛かったから。

 ただ、こうして拒否をハッキリと他者に伝えるのは初めてだ。だから、心の中は恐怖と不安でいっぱいでもある。

 でも――僕はそれでも臆病は出す気は無かった。僕が”転生”したのは、人生をやり直す為だからだ。

 ここで引いてしまっては、僕は一体何の為に新しい人生を歩もうとしたのか、その意味を見失ってしまう。

 不安や恐怖に負けてしまったら、僕はあの時から何も変わっていないということになる。

 それだけは。それだけは絶対に嫌だった。

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