転生、そして魔専学校へ
「おお、ジャンバ。少し話をしようと思っていたところだ。こちらへこい。座れ」
早朝の出会い頭に父上からそう言われた僕は、促されるままに用意された椅子に座った。椅子はギシギシと軋む音を響かせており、貴族でありながらも下級がゆえに家財の買い替えにも悩む世知辛い我が家の金銭事情を端的に現わしている。
「どうされましたか?」
「お前も十五になった。ということは、来年には魔専学校への入学の時期だな」
父上にそう聞かれ、僕は頷いた。
――魔専学校。
それは魔術を学ぶための学校であり、僕はそこへの入学が決定している。僕はそういう年頃になっていたのだ。
「頑張ります」
「緊張はしていなさそうだな。なら良かった」
父上は満足そうに頷くと、僕の背中を叩き、
「では俺は仕事がある」
そう言って去っていった。
少し話があると言って呼び止めてきたわけだけど、本当にその通りだった。まぁ、忙しいから時間が取れない人なのである。
父上は男爵だ。しかし、それと同時に最前線で戦う職業軍人でもある。基本的に家にはおらず、軍務に奔走する日々を送っている。
そういえば……国境付近が最近きな臭い、と言う話を少し前にしていた気がする。それ関係で切羽詰まった仕事が今はあるようだ。
でも、そうして忙しい毎日の中でも、父上は僕の様子を見にくる。
親一人に子一人で、自分以外に僕を見る人がいないからこそ、頻繁に気になるそうで……。
母上は僕を産んだ時に亡くなっており、使用人の類も貴族とは名ばかりで裕福ではなく雇っていないので余計に心配になるようだ。
父上は狼のような凛々しい見た目をしていながら、その風貌とは似つかない性格をしている。優しいのだ。
「魔術……ね」
遠ざかっていく父上の背中を見つめながら、僕は赤ずきんちゃんについて思考を巡らせる。
――赤ずきんちゃんは本物の魔法である。
僕はそう確信していた。魔専に入る前準備として、基本情報を調べていく中で、そうとしか考えられなくなっていたのだ。
この世界には”魔術”と”魔法”が存在している。この二つの違いを比較することで、赤ずきんちゃんという存在の輪郭が浮かび上がる。
まず、魔術は”技術”だ。式を用い、魔力を費やし、任意の現象を引き起こす”術”である。
そこには因果があり、同時に規則性が存在する。
対して魔法は”術”ではなく”法”である。これが意味する所は『因果も規則性もへったくれもない』だ。
魔法は何かの決まりに即しているのではなく、世界の法則そのものの創造と同義と言えばよいのだろうか……。
魔法はかくして世界の構造自体に関与する為か、意思を持った存在だとも言われていて、しかし、誰も実際に会ったことがない空想上の概念ともされている。
僕が赤ずきんちゃんを誰も見たことがないハズの”魔法”だと結論づけたのは、その特徴が完璧に定義に合致しているからだ。
赤ずきんちゃんは、僕を”転生”させるという荒業を行った。
転生については、魔術でもその術式の研究が今でも行われているが成功しておらず、その見込みもないと言われている。
つまり、そんな事象を引き起こせるのは規則性も因果律も無視できる魔法だけなのだ。加えて、赤ずきんちゃんは”意思”も有していた。これは”本物の魔法”でしかありえないことだった。
「――今日も元気そうね。うん? どうしたの、変な顔して」
幽霊のような壁抜けをしながら、赤ずきんちゃんが現れた。転生後にまで赤ずきんちゃんがくっついてきているところから、『僕のことを気に入った』という言葉がわりかし本気だったのが窺える。
「ちょっと考えごとしてた。赤ずきんちゃん以外にも”魔法”っているのかなって」
「魔法と言うのは世界を作る要素そのものよ。それが幾つもあったら、世界は形を留める事が出来なくなる。つまり魔法は私だけ。……ねぇところで」
ふわふわと浮かびながら、赤ずきんちゃんは「ふふっ」と笑った。
「それで、次は何をして欲しい?」
赤ずきんちゃんはなんでも僕の願いを叶えてくれようとする。でも、僕はもう何も望んでいなかった。
だから、転生してからただの一度も”お願い”をした事がないし、する予定もないのだ。
「特にないよ」
僕がそう言うと、赤ずきんちゃんが面白くなさそうに口を尖らせる。
「わたしはジャンバを愛している。そして、その”愛”を示すために、わたしはジャンバの望むことをしてあげたい。……ジャンバが望むのなら、世界中の女が這いつくばるようにできるし、気に入らないものがあれば、それが国であっても丸ごとひとつ消し飛ばしてあげる」
どうやら赤ずきんちゃんの僕への想いは、年月が過ぎて、”気に入っている”から”愛している”に変わったようだ。
魔法と人間の価値観が同一なのかは分からない。
ただ、仮に人間のいうところの愛と同じ感情であるのならば、正直言ってかなり重い感じの愛である。
※※※※
日々はあっという間に過ぎた。
気がつけば魔専学校へ向かう日がやって来て、僕は屋敷で身支度を整え、父上からの激励の言葉を貰いつつ列車に乗った。
魔専学校は全寮制ゆえに、当然に僕も入寮となる。屋敷に戻ってくるのは、一年一度の長期休みの時だけになる。
「頑張って来い」
「はい」
僕が頷くと列車が走り出した。
徐々に父上の姿が遠ざかっていき、やがて見えなくなった。すると、向かいの席に突如として赤ずきんちゃんが姿を現して、僕が父上から差し入れで貰っていたクッキーを食べ始めた。
赤ずきんちゃんは、”魔法”そのものであるがために、実体を持つ事も容易だ。普段は僕以外に見えないようにしていたり、半透明になっていたりだけど、こうして姿を現す事も出来る。
「……魔専では良い結果を残したいな」
僕の口から、そんな言葉が自然と零れる。
魔専学校での成績と言うのは、貴族間においては自慢の道具の一つということもあり、僕的には頑張りたいと思っていたりするのだ。
ここで結果を残せば今後の人生でも有利に働くし、それに、良い成績を収めれば父上も喜ぶという理由もある。
特に後者は重要だ。
貴族としては裕福では無かったけれど、それでも、生前の僕から考えれば天国のような環境だった。
そうした環境を整えてくれた父上に僕は感謝しており、出来れば報いたいと思っていた。自らの子が立派であると、そう思って欲しいのである。
ちらりと窓を見ると僕の顔が反射して映った。
父上に似て狼を想起させる風貌だ。
男らしいと言えば男らしいし、どちらかというと格好良い面構えだった。
「……良い結果を残したい、ね」
赤ずきんちゃんが咥えたクッキーをパキッと割った。嫌な予感がしないでもないので、一応、余計な事をしないようにと頼んで見る。
「赤ずきんちゃん、変なことしないでね?」
「ジャンバが喜びそうなことはするけど、変なことはしない。というか、”魔術”なら、私が余計なことをしなくても良い結果になるんじゃない?」
「……え?」
どういう意味だろうか、と僕は首を捻る。
この時の僕は、頭の中から大事なことがすっかりと抜け落ちていた。
気に留めていなかったのだ。
僕自身が赤ずきんちゃん――つまり”魔法”によって転生を果たしているのだ、という事を。
規則法則に沿って事象を顕現させる技術が魔術である。
その規則法則そのものを創り出す”魔法”に触れるという体験が、世界で唯一の存在に愛されているということが、魔術の行使においていかに絶大な影響を与えるのかを……。
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