元底辺が魔専学校でがんばるお話

陸奥こはる

一章

プロローグ~赤ずきんちゃん~

 僕は産まれ育ったこの街で居場所がなかった。

 物心がつく前から親がおらず、学もなければ人との縁もない僕は、ある意味で使い勝手がよかったのか街で誰もやりたがらない汚い仕事をよく押しつけられた。

 いわゆる最下層、底辺、そう呼ばれる類の人間である僕は、街中を歩いているだけで投擲遊びの的として石を投げられるのも当たり前で、ストレス発散と称して水をかけられることもあった。

 僕が生きている意味はあるのだろうか?

 そんなことばかりを考えるようになって、死にたくなる衝動に駆られることも頻繁だった。

 でも、僕は生き続けた。一つだけ楽しみがあって、それを生きる糧としていたのだ。

 それは、夜になると街道に現れる”赤ずきんちゃん”との会話だ。

 赤ずきんちゃんは、籐の籠に沢山のマッチ箱を入れて、夜更けになると商売をしに街道にふらりと現れる女の子である。

 お人形さんのようなとても可愛い子だ。

 滑らかな輪郭に、造り物かと見紛うほどに綺麗な瞳。身長はそんなに高くないものの、すらっと伸びた細い手足が映えている。

 まるで御伽話に出てくる美少女のようだった。

 ただ、そんな赤ずきんちゃんも完璧ではなく、商売が下手であったらしく必ずと言っていいほど毎回こう呟いていた。

『頑張ってるのに、あんまり売れないのよね』

 かわいそうに、と同情する反面、僕は赤ずきんちゃんの商売が繁盛していないことを心のどこかで喜んでもいた。

 儲かって忙しくなれば、恐らく赤ずきんちゃんは僕の相手をしてくれなくなる。そうなるのが嫌なのだ。

 だから、赤ずきんちゃんの商売が上手く行かないことを僕は望んでいる。

「赤ずきんちゃん」

「なぁに」

「お話いいかな?」

「いいわよ」

 赤ずきんちゃんは嫌な顔をひとつせず、今日も僕と話をしてくれている。

 楽しいひと時はあっという間に過ぎる。

 愚痴を言ったり、風景の話をしたり、そうしているうちに気がつけばお別れの時間が訪れた。

「……もうそろそろ帰るね。今日も話をしてくれてありがとう、赤ずきんちゃん」

「構わないわ。私も楽しかったから」

 赤ずきんちゃんがにっこり笑い、それを見た僕の顔が熱を帯びて真っ赤になった。可愛い女の子の笑顔に慣れていないこともあって、照れくさくなって、僕は慌てて背中を向けて帰る準備を始めた。

「どうしたの、急に顔を赤くしちゃって」

「な、なんでもないよ。またくるから――」

 ――その時だった。

「ちょっと待って」

 僕は赤ずきんちゃんに呼び止められて、反射的に振り返る。そして、びくっとした。

「……ねぇ」

 赤ずきんちゃんの雰囲気が、今までとは明らかに違うものだった。例えるなら悪魔のような感じだ。

 僕は見間違いか何かではないかと思って、首を振ったり瞬きを繰り返した。しかし、どうやら見間違いではなかったようで、赤ずきんちゃんから感じる雰囲気はやはり悪魔のようなそれのままだった。

「いつも街でイジメられているのよね?」

「う、うん……」

「全て消えればいいのにとか思ったことは無い?」

 確かに、僕は”街の人間が嫌いだ”と頻繁に愚痴をこぼしてきた。しかし、その話題に対する赤ずきんちゃんの反応は相槌を打つ程度で、訊き返されるなんてことは今まで一度もなかった。

 何かが……何かがおかしい。

「消えればいいのにっていう感情は、それはその、ないと言えばウソになるけど……」

「あんな街なんか消えちゃえって思っているんだ?」

「思う時も……あるかな」

 僕は困惑しながらも本音を伝えた。すると、赤ずきんちゃんの雰囲気が柔らかくなった。

 いつもみたいな可愛い感じだ。

 僕がホッと胸を撫でおろしていると、いつの間にか赤ずきんちゃんは消えていた。まぁ時間も時間であるし、家に帰ったのかもしれない。僕はあまり気に留めなかった。

 思えば、ここが転機だったのだ。僕の分岐点だったのだ。


※※※※


 朝になって目が覚めると、街が黒焦げになっていた。僕の家以外の全てが焼失していた。

「何が起きたんだろうか……?」

 僕が戸惑いながら煤だらけの街中を歩いて回っていると、ふらりと赤ずきんちゃんが現れた。

 赤ずきんちゃんがどこに住んでいる子なのかはしらないけど、ただ、近くの街道に現れるのだからそう遠くない場所に家があるハズだ。

 全てが燃え尽きたこの惨状を鑑みるに、赤ずきんちゃんも家を失ったのだろうけど……でも、命だけはなんとか無事だったようで僕は安堵した。

「赤ずきんちゃん、無事だったんだ。よかった」

「ふふっ、ありがと。でも、無事なのは当たり前よ。それより綺麗サッパリ全てがなくなってしまったわね」

「うん。まさか、街が丸ごと黒焦げになるなんて……」

「あなたが望んだことじゃない」

「え?」

「消えちゃえって、そう思っているって言ったじゃない。だから、わたしが燃やしてあげたの。あなた以外の全てを」

「そ、そんなことが赤ずきんちゃんに――」

「――できるの。わたし、実は人間じゃなくて”魔法”そのものだから」

 赤ずきんちゃんがおかしなことを言い出した。

 自分自身の存在そのものが、人ではなくて”魔法”だと言った。そして、街をこんな光景にしたのも自分で、その理由が”僕が望んだから”とも言い出した。

 わけが分からない。

 しかし、不思議と納得させられるような、そんな感覚があった。

「……わたしはあなたのことが気に入ったの」

「赤ずきんちゃん……?」

「わたしはね、誰かとお話がしたかった。だから、こんな格好をして街道に現れたりしたんだけど、でも、誰も話しかけてくれなかった……あなた以外は、ね。あなたは毎日毎日、楽しそうにわたしと話をしてくれた。だから、それが嬉しくて、わたしは力を貸す事にしたの。あなたが”街なんか消えちゃえって思っている”って言うから、その通りにしてあげた」

 毎日会話をしたから?

 それで僕のことを気に入って、だから望みを叶えた……?

「次はどうして欲しい? 教えてちょうだいな」

 そう言った赤ずきんちゃんは、昨日にも見た悪魔のような雰囲気を纏っていた。しかし、僕は昨日と違って恐怖を感じなかった。

 眼前に広がっているのは惨状だ。

 何もかもが跡形もなく燃え尽きている。

 だと言うのに、僕はこれを引き起こしたと述べる赤ずきんちゃんを見て、恐怖よりもある期待をふと抱いてしまっていた。

 赤ずきんちゃんの力が本物なのならば、この怖いくらいまでの力が真実なのならば、あるいはこれは”チャンス”になりうるのではないだろうか?

 そんな期待を抱いたのだ。

 街が消えたことについて、悲しくはならない。寂しくもならない。嫌な思い出しかない場所であったから。

 全てが消えたことについては、酷いと思われるかも知れないけど、僕はむしろ喜びすら感じている。

 でも、それでも。

 何もかもがスッキリしたわけではない。街が燃えても、人が消えても、僕の今までもが清算されたわけではないのだ。

 そのわだかまりが僕の中で渦巻き始めている。

 うだつが上がらなかった僕。

 馬鹿な僕。

 虐められ続けてきた僕。

 もしも、この街を一瞬で消したのと同じように僕の過去の全てを消すことが可能だとしたら……全てを消し去ってしまいたい、と僕は思い始めていた。

 赤ずきんちゃんの力ならどうにかできるような、そんな気がしている。

 僕はやり直したいんだ。

 最初から、初めから、人生をもう一度やり直したいんだ。

 だから伝えた。

「――僕の今までの人生を燃やしたい。この街を燃やし尽くしたように、僕の今までの人生を」

「わかったわ。じゃあ、今までの人生を燃やして、かわりに新しい人生をあなたに送らせてあげる。……ただ、街を燃やしたのと同じ炎を使っちゃうと普通に死んじゃうから、それとは違う特別な炎でね」

 赤ずきんちゃんは優しく笑った。

 次の瞬間――僕の体は灰になり、その後、転生という形で新たな人生を歩むことになった。

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