第6話 やったね!
おみつとセカイの激闘を記録した動画は、短いながらも付喪神オーナーのコミュニティで大好評を博した。
しかしながら、自らも参戦しようとするものは中々現れず……最終的に、随分と時間が経ってから一人が申し出たのみ。
まぁ、一人でも対戦相手が見つかったのは喜ばしいことだったのだが、驚くことにその一人とは俺でも名前を知っていた女性芸能人。
といっても、いわゆる『一流芸能人』ではなく、アイドルから上手く脱皮できずに動画配信がメインの活動となっている『一応芸能人』だった。
◇
週末を利用してはるばる訪れたのは、都心の一等地に建つ超高層マンション……の日陰になった三階建てのアパート。
住所的には高級住宅街と言い張れる、落ち目の芸能人に相応しい住まいだ。
「……ここに不埒な輩がおるのだな」
今日のおみつは随分とご立腹だ。
ようやく勝負を受けてくれる付喪神オーナーが現れたというのに、感謝の気持ちは欠片もない様子。
……先方からの要望を、それだけ腹に据えかねている。
「先輩からOKは出ているからな。好きにしていいぞ」
先方からの要望とは、戦いの様子を一般向け動画チャンネルで生配信すること。
そして、自身が用意した台本に従えという……八百長。
……表舞台に返り咲くための踏み台として、神聖な戦いを汚そうというのだ。
「全く、愚かな奴め……」
痛々しい言動でコミュニティの鼻つまみ者らしく、他のオーナーたちからは成敗してやれとのDMが大量に届いている。
「……本当に愚かだよな」
戦いを望むこちらの足元を見て一方的な条件を突き付けてきやがったのだが……ファイトが成立した時点でこちらの望みは満たされる。
……収録ならともかく、生配信でブック破りをされるとは考えなかったのだろうか?
◇
「いらっしゃい、待ってたわよ!」
ガチャリと扉を開けて顔を出したのは、一時期は雑誌の巻頭グラビアを飾ることもあった『二ノ瀬タエ』なる芸名の女性。
間違いなく美人ではあり、スタイルも一般人離れしているが……生で見た感想としては、やはり「痛い」。
「……どうしたの、見惚れちゃった?」
生配信では加工が難しいためか、メイクは照明を当てずとも白飛びしているかのように厚塗り。彼女の年齢を考えても尚、時代錯誤なぶりっ子仕草。
そして、何より痛いのは……年甲斐もない魔法少女のコスプレ。
「まぁ、オトコノコなら仕方ないか。私の言うことをちゃんと聞いてくれたら……何かサービスしてあげるかもしれないわよ?」
健全な男子の俺であっても、こいつのセクシーポーズには一切揺らがない。
ポージングが時代遅れだからではなく、その手のトラブルで顰蹙を買っているのは既知だからだ。
……思わせぶりなだけで、サービスシーンなど決して発生しないのだ。
「あの、早く入れてもらえませんか?」
キャリーケースの中で、おみつが唸り声を上げている。
そろそろ解放してやらないと物理的に爆発しかねない。
俺は家主の舌打ちに導かれ、生まれて初めて女の子?の部屋へと足を踏み入れた。
◇
玄関脇に積まれたビールケース。シンクに積まれた汚れた食器。そこは荒んだ生活感が漂う1DKだった。
DK部分に布団を敷いて寝起きしているのは、奥の部屋は撮影用に飾り立てているからだろうか。
……せめていい匂いくらいはするのではないかと期待していたが、それすらも幻想に過ぎなかった。
「さて、台本はきちんと読み込んで来てくれたかしら?」
勧めるべき椅子もなく、当然茶も出さず。タエはすぐさま最終打ち合わせを開始する。
「最初に『ティンクル・シュート』を何発か食らって、次にこちらから反撃。後はしばらく流れでぶつかって……止めは『ミラクル・スター』ですよね?」
その痛々しいネーミングの技の数々は……いわゆる「魔法」に属するもの。
本日は魔術師タイプとの初対戦だ。
付喪神とオーナーの精神的繋がりにより発生する謎エネルギー、通称『絆パワー』によって引き起こされる超自然現象。
エネルギーとしては微小で社会構造を変革するようなのものではないが、その神秘性は付喪神の象徴とも言える。
二ノ瀬タエとその付喪神は『絆パワー』を扱うエキスパートであり……『絆パワー』などと命名しやがった元凶なのだ。
◇
案の定、目が痛いほどにピンク色の一室で、生配信が始まった。
「今日も始まりました!やったね、タエちゃんねる!」
リアルタイムな視聴者数は……思ったよりも多いな。
純粋なファンよりも、別な楽しみ方をしているやつらのほうが多いんだろうが。
「みんなは元気かな?私も『コロちゃん』も元気いっぱいだよ!」
ガラステーブルの上。タエとお揃いのポーズで挨拶するのは、ややくたびれ気味のテディベアだ。
無理矢理やらされているのなら可哀想な話だが、やつも配信開始前にダミ声で恫喝してきやがったので遠慮はいらない。
「実はね、今日はお友達が来てくれたんだ。なんと……その子も付喪神なの!」
俺は顔を晒したくなどないので、出演するのはおみつだけ。
そして、やつも決してお友達などとは思っていない。
「早速、紹介するわね。おみつちゃん、どうぞ!」
◇
ペタペタという足音とともにフレームインしてくる、本日のおみつの依代。
なるべく可愛くしてくるように、という命令に従って作り上げた『お稚児さん』型のスペシャル団子だ。
「wwwwww」
コメント欄は、当然のごとく大草原。
子供の頭身の身体に纏うは、羽二重餅製の羽二重。これは、まぁ……それなりの出来なので別に笑うほどではない。
みたらしのタレは今回も内蔵式だが、先輩との共同開発で油圧アクチュエータのように配されているので、出力は大幅増加。見える部分ではないので、当然笑いようがない。
「……か、可愛いわよね」
芸能人の仮面を以ってしても、笑顔の引き攣りは隠し切れない。
笑えるのは顔面の造形。俺の拙い製菓技術では不気味な谷に近づくことも出来ず、ただただシンプルに不気味な仕上がりになってしまったのだ。
……当然、タエに見せたときにはクレームをつけられたが、現地で修正などしようがないと言い張ったところ、そのまま出演と相成った。
「さぁ、おみつちゃんもみんなに挨拶して!」
流れを変えるべく、タエが台本に沿って進行する。
おみつはコクリと頷き、カメラのほうに向き直ってお辞儀をし……首を90度横に傾けた。
「キシェァアァア!」
与えられた台詞など、まるで無視した大絶叫。開始早々のブック破り。
……今日はそっち系のスタイルで行くつもりのようだ。
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