第7話 VS. 熊人形

 インパクト抜群のご挨拶を終えたおみつは、頭部をメトロノームのように揺らしている。

 もちろん可愛らしさなど欠片もなく、都市伝説にでもなりそうな不気味さだ。


「ちょっ……ちょっと緊張してるのかな?」


 タエが鬼の形相を作ろうとするも、俺がちょいちょいとカメラを指差すと、無理矢理に元アイドルの仮面を被り直した。


「本当はもっと色々お話したかったけど、もう『おあそび』にしましょうか?今日の『おあそび』は……何と!『まじかる☆ばとる』よ!」


 しょうもない前振りはこれで終わり。いよいよ、筋書きのない闘争の始まりだ。


     ◇


 本日の戦場は、どピンクの部屋に組み上げられたメルヘンな魔法世界のジオラマ。


「…………クソが」


 タエとお揃いの魔法少女コスプレを着せられた熊人形が、マイクに入らぬ音量で悪態をつく。

 ……どうやら、やつは既にこちらの目論見を完全に理解したようだ。


「…………」


 戦いの場においては悪ふざけしたくないのか、おみつは真剣にウォーミングアップをしている。

 しかし、人間の可動域を超越したストレッチはホラーでしかない。


「……後で覚えていなさいよ」


 タエが何やら言っているが、覚えてやる必要など全くない。

 契約書等も取り交わしていないし、視聴者たちのコメントは早くも俺たちへの期待に満ち溢れている。


 俺が相手にする気がないのを見て取ると、タエは歯軋りをしながら開始を宣言した。


「……うん、二人とも準備は出来たみたいだね。それじゃあ、『まじかる☆ばとる』……はじめっ!」


     ◇


 先手を打つのは、ブックどおりに熊人形。あちらは遠距離攻撃持ちなので止むを得ない。


「『ティンクルぅ・シュートっ!』」


 『ティンクル』でステッキの先端に光が灯り、『シュート』のスウィングでそれが放たれる。

 何ともファンダジーな技だが、タエの動画でしつこいほどに披露しているので感動はない。


「『うわぁ〜っ!』」


 おみつは敢えてブックどおりに顔面直撃をもらった。

 本来は尻餅をつきながらの台詞だったのだが……熊人形が本気で撃ちやがったために、おみつの首は後頭部が背中につくほどに折れ曲がっている。


「『くそぅ、負けないぞ〜!』」


 ブックどおりであれば、立ち上がりながらプンプンポーズで言うはずの台詞。

 それをおみつは両手で首を戻しながら口にする。

 ……俺が苦心して作り上げた目鼻は完全に潰れ、もはやシュミラクラ現象で何とか顔と認識できる程度。


「っ!?……コロちゃん、『ミラクル・スター』よ!」


 もはや意図する展開に戻すのは無理と判断したのか、あちらもブックの破棄を決断。いきなり決め技を繰り出そうとする。

 熊人形が掲げたステッキから光の帯が伸び、おみつの頭上で蟠って球体となった。


「ごめんね、おみつちゃん!」


 タエが撮影エリア外から醜悪な笑みを向けている。

 正々堂々の戦いを望む俺たちは、ちゃんと事前にスペックを伝えておいたのだが……忘れたのだろうか?


 俺は狼狽えることもなく、おみつが星に押し潰されるのを眺めていた。


     ◇


「…………」


 直上からの一撃を受けたおみつは、まさにペッタンコ。

 円盤状に成り果ててはいるが……よし、タレは漏れていないな。


 ……『絆パワー』の恩恵を受けているのはこちらも同じ。おみつは特殊能力ではなく、耐久に全振りなのだ。


「しゅ〜りょぉ……なぁっ?!」


 ゆえに、決着の宣言など早過ぎる。

 たとえペッタンコにされようが、おみつにとってはそんなものタメ動作に過ぎない。


 団子の弾力にタレの圧力を上乗せ。水平にかっ飛びながら身体を復元し、スーパーな頭突きを繰り出した。


「グェッ!」


 弾んだ団子の脳天は熊人形の鳩尾を撃ち抜き、やつに素のダミ声を漏らさせる。

 その勢いでトンガリ帽子もステッキもフィールド外まで吹っ飛んで、武装解除に成功だ。


「戦いとは、もっと神聖なものなのだ!」


 おみつのひしゃげた口から迸る魂の叫び。同時に、熊人形にがっぷりと組み付く。


 まぁ……戦いの神聖さを思い出させてやるなら、それが最適だろう。


     ◇


 メルヘンなジオラマを土俵にして繰り広げられる、意地と技のぶつかり合い。

 互いに押し相撲を基本としながらも、投げを打つ機会を窺っている。


 改心して正々堂々と応じる熊人形に、視聴者からもエールが届いているが……ここにはまだ無粋なやつが残っていた。


「コロちゃん、もういいわ!解禁よ!」


 その指示にハッとした熊人形は、ブックどころかルールまで破って前蹴りを放つ。

 そして、ヘソの辺りに前脚を持っていき……


「ワイヤーか?!」


 ずるりと引き出された煌めく鋼糸の腹わたが、おみつの首を一周する。

 それはすぐさま引き絞られ……団子で出来た打ち首が宙を舞った。


「おい、見たか!これがウチのコロちゃんだ!」


 マイクに拾われるのも厭わず、愚かなタエは狂喜に舞い踊る。

 その仕草にイラついた俺は、おみつにも禁忌破りの許可を出した。


「もう構わん……呪い殺せ!」


 切断面から噴水のように打ち上がるみたらしのタレ。

 おみつの呪いは宙空で網のように広がって、拳を掲げる熊人形にベチャベチャと降り注ぐ。


「何するのよ!嫌がらせ?!」


 ……いや、違う。

 『絆パワー』による耐久性の向上は意志の強さにまで及んでおり、今のおみつはヌイグルミに吸収された程度では意識を失わない。


「……貴様は、もう救えん」


 底冷えするほどの怒気が篭った言葉は、熊人形の口から放たれたもの。

 おみつはコロちゃんの意識を追いやり、熊人形に憑依したのだ。


「いやぁ〜っ!」


 不埒な輩の末路など、腹を切るしかあり得ない。

 熊人形は自らの前脚でワイヤーの機構を引き摺り出し、ついでに中綿もずるずると引き摺り出した。

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