第5話 VS. 戦車
急戦を予感させる立ち上がりから一転、戦いは完全な膠着状態に陥った。
「…………」
セカイは半身で構え、やや上段に配置した長針をゆるゆると揺らしている。
後の先を狙っているのは明らかだ。
「…………」
対するおみつも、剣の間合いから大きく離れた場所で微動だにしない。
白い肌に滲む一点の染み。あれはセカイのもう一つの切り札、短針の射出を食らったせいだ。
「……どうする、おみつ」
今は団子の弾力で傷口が塞がっているが、激しい動きをすればそこから裂けてしまうだろう。
……なお、本日はズルズル状態でのグラップルは禁じ手としており、団子が団子と呼べないほどに損壊すれば敗北という取り決めだ。
一方、セカイは長針の射出という切り札を残しているものの、それで決められなければなす術がなくなってしまう。
……鎧をパージした状態であれば、おみつの体当たりでも痛打を与えることは可能だ。
セカイのゼンマイが切れるのが先か、おみつが乾燥するのが先か。その前にどちらかが動くのは確実。
果たして……
「……そういえば、制限時間を決めていなかったね」
今日の本題は、付喪神に関するレクチャーだ。
こんな余興にいつまでも時間をかけてはいられない。
膠着状態の間に些か冷静さを取り戻したオーナー二人は、追加ルールを設定することにした。
◇
追加したルールは至ってシンプル。次の攻防を見て判定で決着をつけるというものだ。
それを両者に告げると、先に動いたのはまたもウチのおみつだった。
「……どういうつもりだ?」
正々堂々、真正面から敵に向かうのは開幕時と同様。しかし、その勢いは欠伸が出るほどに緩やか。
傷口が開かないように気をつかっているのは分かるが……
「…………」
一度大きく撓み、ぼよんと跳躍。その勢いも先ほどのアッパーには程遠い。
いや、そもそもその位置では……
「だめだ、セカイ!」
先輩のその声とどちらが早かったか。カウンターを狙っていたセカイは、無防備に晒された土手っ腹……か何処かに思わず反応し、踏み込むと同時に閃光のような突きを放ってしまった。
「……なるほどな」
本来は斬り払うつもりだったところをあからさまな隙に誘われて、オレンジを放られたコメディアンのように咄嗟の芸を披露。
当然、みたらし団子は串刺しにされたところで死にはしない。
自身を貫いた長針をレールとし、柄元までずるりと滑り降りる。
……武器を封じつつの接近は成った。しかし、その後どうする?
「あぁっ、やめてくれ!」
先輩の悲鳴は、おみつの腹がざっくりと掻っ捌かれたせい。
あいつ、自ら横にスライドして傷口を開きやがった!
「おい、それは無しって言っただろうが!」
でろりとはみ出した褐色の腹わたから逃れるべく、セカイは大きく仰け反っている。
……本年二度目の土下座は勘弁してくれ!
「……もっと良く見ろ」
タレが露出したことにより、おみつは言葉を発することが出来るようになっていた。
俺は先輩と顔を見合わせたあと、実験台をぐるりと回って別角度から両者の状況を観察してみる。
「……グレイト」
褐色の腹わたに紛れて、露骨に飛び出た短針の肋骨。その先端は、懐中時計の風防のど真ん中に狙いを定めていた。
◇
「いやぁ、負けちゃったよ。ロボコンに出してやろうと思って、そっちの仕様に合わせていたのが敗因かな?」
激闘に大満足の田中先輩は、相棒が敗北しても爽やかに笑う。
……出場できるわけがないだろうというツッコミは、とりあえず遠慮しておこう。
「しかし、アレですね。意外と……面白い」
貴重な付喪神同士の、全く無意味な競い合い。
馬鹿馬鹿しいと言えば馬鹿馬鹿しいのだが、祝儀をやってもいいくらいには楽しめた。
多種多様な付喪神たちがそれぞれの能力を駆使するバトルは、間違いなく興行として成立する。
「君もそう感じたかい?結局のところ、他のオーナーが嫌がっているのは、付喪神の破損の可能性だと思うんだ。レギュレーションさえ、きっちり決めてやれば……」
その後、俺たちはパンナコッタ大福を貪りつつ、仮称"100 - 1 BATTLE"の実現に向けて様々なことを話し合った。
付喪神オーナーのコミュニティで先の動画を公開し、提案してみてくれることになったが……さて、どうなることやら。
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