第4話 傍に立つモノ

 三学期の始業式が過ぎても、推薦が決まっている者にとっては未だ冬休みと変わらない。


 俺はそんな一日を利用して、進学予定の大学のキャンパスを訪れた。

 向かう先は学校見学の際に回ったバイオ系の実習棟ではなく、サークルに割り当てられた部屋が密集する魔窟のような建物。


 イカれたネーミングのプレートを順番に確認し、ようやくその一室を見つける。

 俺は手土産の『パンナコッタ大福』の折箱を両手で持ち直し、肘で『超ロボット研究会』のドアをノックした。


     ◇


「やぁ、いらっしゃい」


 すぐさまドアを開けて出迎えてくれたのは、機械系学部の博士課程に在籍しているという田中先輩だ。

 束ねた長髪をぶら下げながらも不潔さを感じさせないその姿は、インタビュー映像で見たものと全く同じ爽やかさ。

 しかし、抑えきれない興奮の鼻息には、エンジニア特有の変態性が込められている。


「僕も『セカイ』も、君たちのような人に出逢える日を心待ちにしていたんだよ」


 インタビューの際には明かしていなかったが、『セカイ』というのは彼が保有する懐中時計の付喪神の名前だろう。

 彼は学生の身でありながら、付喪神の技術面の解説者として、一時期メディアから引っ張りだこだったのだ。


「色々と語り合いたいところだけど、まずは手合わせをしてからだね。実験室に準備を整えてあるから、早速移動しよう!」


 なお、彼の付喪神の願いは正確に時を刻み続けることらしいので、戦いに乗り気なのはオーナーのほうだけのはず。


「……はい、よろしくお願いします」


 付喪神のネーミングに、時折見せる特徴的なポージング。

 おそらく、彼は……


     ◇


 戦いのフィールドとして用意されていたのは、大きな長方形の実験台だった。

 フェンシングの戦場を思わせるそこに佇んでいるのは、やはり騎士のごとき鎧を纏ったロボット。


「現代を舞台としたファンタジーと言えば、まず思い浮かぶのは異能力バトルだろう?だからこんな『依代』を作ってみたんだが、どの付喪神オーナーも付き合ってくれなかったんだ……」


 アンティークな装飾が施された胸部パーツの裏には、きっと懐中時計が埋め込まれているのだろう。

 あの金色に眩く輝く素材は……おそらく、磨き上げられた真鍮。


「先日のメールでも説明したように、自身と縁のあるパーツであれば、付喪神たちは身体の一部として扱うことが出来るんだ」


 縁というのは、懐中時計と同素材であるというだけでなく、造形等も含めてのことだ。

 ……ちなみに、試しにウチのおみつをパンナコッタに塗りつけてみたところ、壁までべちゃっと反発した。


「君も仮の依代を作ってきてくれたんだよね?さぁ、早く相棒を紹介しておくれ!」


 ズルズルのままでは失礼なので、一応格好だけは整えてきた。

 俺は先輩の求めに応じ、リュックからビニール袋を取り出し、さらにその中からボテッとおみつを取り出す。


「…………」


 それは、ソフトボール大の白い球体。タレを内包するタイプのみたらし団子だ。

 この状態では上手く喋れないようだが、こちらの話は聞こえているので、接地するなり扁平してお辞儀に見えなくもない仕草をとる。


「……実にいい。成長性は間違いなくAだろうね。あぁそうだ、これがセカイのスペックだよ」


 手渡されたスペック表を見た俺は、彼の趣味嗜好を完全に理解した。

 併せて渡された白紙に、おみつのスペックを書き出していく。


     ◇


依代-ブラスチャリオッツ

本体-セカイ


破壊力-C スピード-B 射程距離-C 

持続力-C 精密動作性-A 成長性-C

能力-

「時」を止める力は持たないが、時計仕掛けの精密な剣捌きは驚異



依代-みたらし団子 ACT 0

本体-おみつ


破壊力-D スピード-C 射程距離-E 

持続力-B 精密動作性-C 成長性-A

能力-

決して前歯で噛んではいけないが、かといって奥歯で噛めるサイズでもない


 ……これが俺たちの傍に立つモノたちのスペックだ。


     ◇


 真鍮の戦車は長針と短針を象った剣を十字に掲げ、敵対者に早くも墓標を突き付けている。

 敵対者である特大団子は、そんなもの全く意に介さず、ぼよんぼよんとバウンドして戦意を示す。

 ……今日は指示など出さず、好きにさせてやるつもりだ。


「始め!」


 撮影の準備を終えた先輩が開戦を宣言すると、先に動きを見せたのはウチの相棒だ。


「…………」


 白い外装を履帯となし、真正面から無言の猛突進。

 ともに近距離パワー型、当然の展開だ。


「ハッ!」


 ガションという音と同時に響いた、意外にも甲高い声。

 鋭い踏み込みとともに繰り出された長針の一突き。


「……おぉ、やるな」


 球体の中心を捉えるはずだったそれは、気持ち悪い蛇行運転によって躱される。

 戦車では実現不可能なその動きは、正に無限軌道。


「後ろだ、セカイ!」


 長針の持ち手側への旋回。二足歩行ロボットでは急な方向転換に対応できず、背後に向き直ったときには、既におみつは270度の旋回を終えている。


「行け、おみつ!」


 思いの外熱い展開に、俺も思わず声援を飛ばす。

 相棒はそれに応え、芋虫のようなイボ足を展開して跳躍した。


 二本の剣が慌てて振るわれるが、当然間に合わない。

 しかし……


「パージだ!」


 全身を使った渾身のアッパーカットは、弾け飛んだ鎧によって撃ち落とされる。


 ……くそ。その切り札の存在は予期していたが、いきなり使ってきやがったか。

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