第3話 VS. 妖刀徒花
およそ二尺三寸のその打刀は、刀掛けに据え置かれていた美術品ではなく、幾度もの戦乱を潜り抜けた実用品。
戦国末期の品だとは伝わっているが、作者は不明。したがって、どういう意図をもって茎に『徒花』などと刻まれたのかも不明だ。
そのロマンを掻き立てる謎の答えは、彼が『付喪神』となった現在でも明らかにされていない。
誕生直後、銘を自身の名とすることを告げたきり、己の来歴を語ることもなく、ただひたすらに振るわれることだけを望んでいる。
……以上、Wikipediaより。
◇
「私と立ち会いたいというのなら、まずはあの子を倒してからね」
こんな文化財をタレまみれにするのは着物以上にまずい気もするが、相手をしてやってくれるらしい。
……あるいは、触れさせることなく叩き潰すという自信の表れか。
「……あんまり、そいつを舐めないほうがいいぞ」
全くもってしょうもない対抗心だが、根拠がないわけでもない。
実は、すでに俺もやつとは立ち会っている。最終的には勝利したものの、止めを刺すのには随分と手こずった。
互いの相性を考えれば、むしろこちらのほうが優位とさえ言えるかもしれない。
正月早々何をやっているんだという虚しさから目を逸らし、俺たちは前代未聞の『付喪神』対決を見守った。
◇
面頬の前で妖刀を水平に構える鎧武者と、べたつく足跡を残しながらよちよちと歩く団子人形。
体格差は大人と子供以上。迫力については比べるのが悲しくなるほど。
「では、参るぞ!」
おみつが威勢よく開戦を宣言するも、その歩みは相変わらずのヨチヨチだ。
小癪にもナンバ歩きをしていやがるのは、古武術の動画を見たからではなく、身体の構造ゆえのこと。
ぴたりと静止したまま待ち構える鎧武者と必死に距離を詰めようとする団子人形。端から見ればイライラするほど静かな立ち上がり。
いっそ茶でも淹れてもらったほうが良かったかと思い始めた頃、おみつはようやく刀の間合いに入る。
「いきなさい、『徒花』!」
鋭い指示とほぼ同時。
「…………!」
それは、腰の接合部で上体を丸ごと回転させるという人間では実現不可能な一刀。
一切のタメも予備動作もなく振るわれた妖刀は、気づけば振り終わりの位置に瞬間移動している。
そして、一拍遅れてころりと落ちる、胴体パーツの先端の団子。
……切っ先のごく僅かな部分のみで、音もなく団子に触れずに合間の竹串だけを断ち切るという、まさに超絶技巧だ。
しかし……
「……まだだ」
手拭い片手に刀身の手入れに向かおうとするサヤカを押し留める。
あいにく、やつは『付喪神』。首を落とされたくらいで止まるわけがない。
「ひぃっ!」
板の間をうねうねと這い出した褐色の粘液に、引き攣ったような悲鳴が響く。
……不定形モンスターの定番。物理耐性、斬撃無効の特性。
やつを完全に仕留めるには、雑巾等の特効武器が必須なのだ。
白団子を脱ぎ捨てたおみつには、もちろん一切ダメージは残っていない。
むしろ、何故あんな不便な身体を必要としていたのか疑問に思うほどの機敏さだ。
「いけ、おみつ!『からみつく』だ!」
ここから第二幕の始まりだ。
◇
第二幕は、幕が上がった直後にサヤカが投げた手拭いで決着となった。
まぁ、どう考えても泥仕合になるだろうから、妥当な判断ではある。
「何なの、この敗北感は……」
敗北感も何も、うちの子の紛うことなき勝利だ。
投げ込んだ手拭いで床の掃除を終えたサヤカが、褐色の染みだらけになったそれをバケツに放り込む。
……大量の水で希釈するのも、やつの弱点である。
「……本当にすまん」
共同作業で綺麗にした板の間に、俺は額を擦り付けた。
スウィーツ業界に堂々と殴り込めばいいものを、とち狂った団子は何故か強者との戦いを希求しやがる。
俺でよければ暇なときにでも相手をしてやるのだが、和菓子屋の跡取りと団子の戦いでは、どうしてもメルヘンな雰囲気になってしまうらしく、やつは満足しやがらない。
「……とりあえず、今後誰かと戦わせると言うのなら、まずはまともなボディを用意してあげないとね」
散々失礼をかまされておきながら、サヤカは親切にもアドバイスしてくれるらしい。
「そのズルズルのままでは誰も相手をしてくれないだろうから、別の依代を用意してあげないと。詳しい人を知っているから、紹介してあげるわ」
……さらっと流してしまっていたが、『徒花』の本体は、刀と鞘。甲冑のほうはそこまで古い品ではなかったはず。
俺は折箱にまだ半分ほど残っている団子に目を向けた。
先ほどバケツの水に希釈された時点で、やつの意識はこちらに移っている。
……依代とやらを用意してやれば、こいつももう少しまともになるだろうか。
竹串でどんなボディを組み上げてやるか二人で相談していると、折箱に残った乾きかけのタレが抗議の声を上げた。
「おい、待て!それより先にやることがあるじゃろう」
新記録的に長く続いている会話に割って入られて、俺は冷え切った声を上げる。
「……何だ、一体?」
返答の代わりに、またも再建され始める不細工な精霊馬。
「儂が勝ったのだから、次はお嬢さんとの仕合じゃろう。貴様も見たくないのか?儂がお嬢さんと組んず解れつ戦う様を……」
……たしかに、それは凄く見たい。
そんな熱闘の目撃者になれるとは、新年早々縁起が良い。
『ようかいえき』を習得させていないのが残念だが……
しかし、俺たちの邪な願いは、サヤカ自ら振るう『徒花』によって無残にも斬り捨てられた。
◇
「くそっ!お前が先走ったせいで……」
俺は折箱に理不尽な愚痴をぶつけながら、固く閉ざされた立派な門構えを見上げる。
内心、共通の話題が出来たことで何かが芽吹くかと密かに期待していたが、すっかり台無しだ。
「何を言うか。敵は手強いほうが良かろう」
無論、期待していたのはライバルではなくラブのほうである。
誠に遺憾ながら、いつまで待っても再び門が開くことはないだろう。
俺は包み直した折箱片手にとぼとぼと自宅に引き返す。
「……まぁいい。得るものはあったからな」
幼馴染イベントでの好感度上げには失敗したが、本来の目的は十分以上に果たせた。
登録手続きに関する情報の入手、おみつのストレス発散。そして、『付喪神』が秘める可能性の提示。
「これも、何か縁だな」
俺は蹴り出される際に投げつけられたメモを広げる。
そこに書かれているのは、『付喪神』のボディに詳しいという人物の名前と連絡先。
メディア等にも露出しているその高名な『付喪神』オーナーは、俺が進学予定の大学に籍を置いているのだ。
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