第2話 幼馴染だからといって
うちのような商売では、正月三が日が一年で一番の掻き入れ時だ。
近所の神社への初詣客などは格好の獲物だし、遅まきながら餅を求める客も少なくない。
親父と通いの職人は、商品群の追加生産で手一杯。
パートのおばちゃんだけでは到底客を捌き切れず、俺もお年玉の増額を目論んで炭火の前に立って串を返していく。
「…………」
傍らの甕を満たすタレが、文句をつけたり勝手に客引きをしたりすることはない。
俺たち親子の懇願を聞き届けてくれたのか、単に興味がないだけなのか。あるいは今も謎通信で現世の情報を集めているのか。
どういうつもりなのかは分からないが、ともかく大人しくしてくれている有り難い。
元旦未明、叩き起こされて事情を聞かされた親父の決断は、『とりあえず、三が日の間は従業員も含めて秘密にしておく』。
食べられる『付喪神』なんて訴求力抜群ではあるのだが、このタイミングでは適切な販売戦略など立てようもない。
今のうちに構想を練っておき、初詣客が落ち着いた頃に大々的に発表する……という算段に相成った。
そもそも喋るタレを客に食わせても大丈夫なのか?という疑問もあったが、そちらは当人が保証してくれたので信じることにした。
そんな多少の後ろ暗さを感じる三日間の営業を終えて、うちの実家は久々の休業日を迎えた。
◇
気持ち程度のお洒落をして向かった先は、近所にある純和風のお屋敷。無節操なPOPだらけのウチの店なんかよりもよっぽど風情がある。
「……ここに我が同胞がおるのだな」
小脇に抱えた折箱が、情感が篭った声を漏らす。
家を出る前にふと思いつき、手土産代わりに『焼きたて!みたらし団子』を包んでみたところ、何故かこちらに意思が宿ってしまったのだ。
一応、意識としては単一らしいのだが、まるで群体生物のような謎の生態だ。
この上なく不気味な手土産となったが、訪問の目的を考えればむしろ都合が良かった。
俺は襟元を整えたあと、立派な門扉の脇のチャイムを鳴らす。
◇
ほどなくして、赤を基調とする振袖を纏った一人の美少女が首を傾げながら表に出てくる。
「……茶山君。明けましておめでとう」
全くめでたさを感じさせない塩対応をとるのは、冬休み前に『付喪神』のことを語った幼馴染。一乗寺サヤカだ。
その長く伸ばした黒髪は和の装いと完璧にマッチしており、俺は思わず見惚れてしまう。
「……それで、ご用件は?今は家族と寛いでいるんだけど」
……幼馴染といっても、こんなものだ。
家族ぐるみの付き合いなど、フィクションの世界にしか存在しない。
本当に小さい頃はよく遊んでいたが、別々の中学に通ううちにすっかり疎遠となり、最近では道端で偶然出くわしたときに微妙な挨拶を交わす程度の関係。
冬休み前に少しでも会話を交わせたのは、やつの誕生よりも嬉しい奇跡だった。
「あぁ……とりあえず、これ」
追い返されないうちに、本日の訪問の目的を手渡す。
包み紙の柄とそれ越しに伝わる温もりに、硬かった表情が少し和らぐも……それは手土産本人からの年賀の挨拶によりビシリと固まる。
「……明けましておめでとう、お嬢さん。儂は『おみつ』と申す」
『おみつ』というのは、もちろんやつの名前だ。
親父を含めた三人での話し合いでは『みつを』や『たれ蔵』などの候補も出たが、色々な事情を勘案した結果こうなった。
なお、女性的な名前ではあるが、当然やつは無性である。
「……なるほど、そういう事情なら追い返すわけにはいかないわね。うちの『徒花』を紹介してあげるわ」
俺よりもやつのほうに興味を持たれるのは何とも癪だが、ひとまずお屋敷に上げてもらえることになった。
……そう、彼女も『付喪神』のオーナーなのだ。
◇
俺が通されたのは家族が団欒する居間ではなく、だだっ広い板の間だ。
壁には神棚、正面の床の間には掛け軸と甲冑。どこをどう見ても剣術の道場である。
一乗寺家は長く続く茶道の家元なのだが、「ホストたるもの、ゲストの安全を確保できるだけの武力を持たねばならない」という謎理念の下、各種武芸まで伝承しているのだ。
しばらく辺りを物珍し気に眺めていると、斜め前方の襖が開いて紙束を抱えたサヤカが戻ってくる。
「とりあえず、登録書類の予備が残ってたから持ってきたわ。未だに全部紙ベースだからちょっと面倒なんだけど、その子……?のために頑張ってあげてね」
我が国においては、『付喪神』の保有には登録が必要になっている。
べつに人類社会に仇なすものではないのだが、研究への協力と所在確認のために必要な手続きだ。
なお、担当省庁は何故か宮内庁。理由については明かされていないが……まぁ、あの三つのうちのどれかが、そういう事なのだろう。
「ありがとう、助かる。ただ、要件はそれだけじゃなくてな……」
俺はうんざりしつつ、結局突き返された手土産に溜息を漏らす。
「そうなんじゃよ……お嬢さん。儂は其方との立ち会いを所望する」
一体どんなマンガを違法ダウンロードしやがったのか。
この粘体生物が電子の海を彷徨った挙句に見出した願い、それは『血湧き肉躍る世界』だったのだ。
◇
武具の類の『付喪神』も世界にはいくつか存在するが、いずれも貴重な物なので実際に戦わせたりすることはない。
演武等のパフォーマンス動画を公開するのがせいぜいだ。
常日頃から真剣で稽古をしているらしいサヤカも、団子から受けた果たし合いの申し出にはさすがに怯む。
「えぇ……団子と戦うって、どうすればいいのよ?」
それについては心配ない。
俺が折箱の包み紙を破って蓋を開けてやると、奮発して目一杯詰め込んだ団子の串がもぞもぞと動き出す。
「…………元来、みたらし団子とは人間を象ったもの。少し離した先端の一つは頭部を表し、残る四つは四肢を……」
団子当人の講釈をまるで無視し、その身体を構成するみたらし団子は全部で五本。
頭部と胴体を兼ねた一本に、残る四本の串の持ち手側が突き刺さり、生まれたての子鹿のように立ち上がろうと震え始める。
「すまん、もうちょっと待ってやってくれ。立ったあとに軽く叩き潰してやれば、たぶん気が済むと思うから……」
肘膝の関節がないこいつの身体では、立つのにも相当な時間がかかるのだ。
しかし、やつの健気な頑張りは、立ち上がる前にすげなく叩き潰された。
「えぇ……嫌よ。私、着物だし」
……よくもそんな事を!
しかしまぁ、待ち時間はともかく、着物を汚してはクリーニング代でお年玉が吹き飛びかねない。
色々間違っている精霊馬にどうやって諦めさせるか頭を捻っていると、おもむろにサヤカがぽんと手を叩いた。
「……そうだった、うちの子の紹介がまだだったわね。来なさい、『徒花』」
その言葉とともに、床の間に飾ってあった甲冑がかたかたと震え出す。
そして、腰に差された古びた鞘が青白い閃光を放ったかと思うと、甲冑は古の武人さながら身のこなしで床几からすっくと立ち上がる。
「…………おぉ」
妖刀『徒花』。スペックもエフェクトも、うちの子とはえらい違いだ。
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