戦え!みたらしロボ

鈴代しらす

第1話 大晦日に舞い降りた奇跡

 どうでもいい勝負に決着がつき、行く年を見送り始めたところでテレビを消すと、スピーカーの音声とリアルの鐘の音とがシンクロしていたことに遅ればせながら気づいた。


 お湯割りをしこたま飲んだ親父はとっくに寝てしまったので、面倒だが俺が火の始末をしなければならない。

 コタツ、エアコン、ホットカーペット。各種暖房器具を順番にオフしていく。

 ……ボロ屋と土地柄のせいで、冬場はえらく底冷えするのだ。


 指差し確認のあとに、消灯。二階の自室に向かおうとするも、念のため親父の仕事場も確認しておくかと思い直す。


 俺は分厚い靴下にサンダルを引っ掛けて、冷え切った土間に降り立った。


     ◇


 歴史の都で三代続く、老舗和菓子屋。


 そう言うと聞こえはいいが、実態は観光客をターゲットにした阿漕な商売をしている我が実家。

 現在の主力商品は、食べ歩きを狙った『焼き立て!みたらし団子』とSNS映えを意識した『パンナコッタ大福』だ。


 とはいえ、そんな節操無しの姿勢はべつに嫌いではなく、俺としても一応は四代目となる可能性を視野に入れている。

 食品分野も扱うバイオ系の大学への推薦を早々に決めたのも、いずれ役に立つかもしれないと思ってのことだ。


 暫定的未来の職場をスマホのライトで照らしながら、俺は明日のために準備された物品を見て回る。

 水に浸した餅米に、臼と杵。その他細々した道具類に各種材料。おまけに、みたらし用の炭。冷蔵庫のなかにはパンナコッタも大量に仕込まれていた。

 どうやら、酔っ払う前にきちんと準備しておいたようだ。


 一通りの確認が終えた俺が最後に足を止めたのは、古びたでっかい釜の前。和菓子屋の命、餡を炊くための釜だ。

 屋台同然の商売をしていた初代から受け継がれている品らしいが、生前の母から詳しいことは聞いておらず、婿養子の父も由来はよく知らない。


「可能性があるとしたら……こいつかな?」


 かじかむ両手に白い息を吹きかけながら、俺は冬休み前に幼馴染と久々に交わした会話を思い返した。


     ◇


 俺が高校に入学する直前の大晦日、全人類を震撼させる大事件が起こった。


 何の前触れもなく、地球の全天を覆った謎のオーロラ。

 その時点で天文学者は腰を抜かしたが、本番はそのあと。オーロラが弾けて星屑のような燐光が降り注いでからだった。


 ……古い祭具や書物、先祖伝来の武具やアンティーク人形。たしか屋敷そのものというのもあったか。

 そういった長きに渡って愛された品々が突如として意思を持ち、言葉を発し、自由気ままに動き回り始めたのだ。


 初の報告例が日本だったことから『付喪神』と命名された、そのファンタジー現象。

 科学者たちが正月休み返上で解明に尽力するも、早々に膝を屈する。

 ……まぁ、現行の科学で説明がつくはずもない。


 宗教関係者は終末の訪れだの何だのと大騒ぎしたものの、『付喪神』たちは別に人類に敵対するものではなかった。

 彼ら自身も何が起こったのか理解していなかったようだが、基本的にはどの『付喪神』も温厚で、ただ己の願いを叶えることを望むのみ。

 歴史の語り部として、あるいはエンターテイナーとして思うがままの営みを送り、科学者たちの細々とした研究に付き合いながら何となく社会に受け入れられるに至っている。


 そして、結果的には大して変化のない年月が三年ほど過ぎた頃。

 最近になってようやく発表された科学者たちの努力の成果は、『付喪神』の発生条件に関する一つの仮説。

 その内容は「連続する三世代に日常的に愛用されること」いう極めてシンプルなものだった。


『貴方のウチなら、条件に合う品もあるんじゃないの?』


 ……それが、別れ際にくるりと振り返った幼馴染から受けた指摘。


     ◇


「…………」


 うんともすんとも言わない釜から離れて、俺は窓から冷たい夜空を見上げる。

 オーロラは……ない。


 あの全世界的なオーロラの日に誕生した『付喪神』は第一世代と称され、それ以降の大晦日に誕生したものは第二世代、第三世代〜と称されている。

 第二世代以降の誕生の際にはいちいちオーロラが現れることはないのだが、それでも何らかの局地的な天文現象が見られるケースが多いのだ。


「……寒い」


 いつまでも一人で星を眺めていても仕方がないので、最後にこつりとサッシを叩いて踵を返す。


 直後、背後から青白い閃光。


 慌てて振り返れば、ガラス越しに見える一つの星が太陽と見紛うほどのコロナを放っている。

 ……さっきまで、絶対あんなのはなかったぞ。


 窓を開けてみるも、身を切るような冷気が吹き込むだけで異音などは聞こえない。

 まだ起きている人間も多いだろうに、特に騒ぎなどは発生していないようだ。


「……まじかよ」


 俺が近所の街並みに気を取られている間に、その星は大きさと輝きはもはや直視出来ないほどに強まっている。

 隕石か飛行物体か知らないが、どう見てもこの辺り一帯への直撃軌道だ。


 当然、避難する猶予などない。


 無駄な足掻きだとは思いつつも俺は作業台の下に潜り込み、ぎゅっと目を瞑った。


     ◇


 理不尽極まりない破滅に代わって訪れたのは、どこか温もりを感じさせるつむじ風。

 瞼越しの光量も、いつしか穏やかなものに変わっている。


 ……どうやら、早送りで人生を振り返る必要はなかったらしい。

 何が起こったのかを確認するべく、俺はよろよろと作業台の下から這い出した。


「…………ははっ!」


 申し訳程度に和風の風情を残した作業場に漂う、季節外れの蛍のような燐光。

 幻想的な光景に感嘆を漏らすより先に、思わず笑いが溢れた。


 俺はサンダルを脱ぎ散らしながら、古びた釜の前に駆け寄る。


「はじめまして……で、いいのか?」


 俺が物心つく前からここにあった品物。もちろん初対面というわけではないが、他に適当な挨拶も思いつかない。


「……ふむ、貴様か。初めて言葉を交わすことになるのは父親のほうかと思っていたが、これも何かの運命か」


 こうして言葉を話せるようになる前から意識はあったらしく、家庭事情などはある程度把握しているようだ。

 本気でこんな事態になるとは思っていなかったので、何を話せばいいのか戸惑っているいると、嗄れた声は滔々と語り始める。


「……儂は、貴様ら代々の営みをずっと見ておった。伝統を愚直に守り、人々の喜びのために日夜働く姿は誠に天晴れである。最近は些か道を踏み外しかけているようだが……商売のことゆえ、まぁよかろう」


 ……何とかパンナコッタ大福もお許しいただけたようで、ほっと胸を撫で下ろす。

 少し気持ちが落ち着いた俺は、初めに聞くべきだったことをようやく思い出した。


「それで、あんたの願いは何なんだ?」


 来る日も来る日も炎に晒されて、その身の内で餡を炊き続けてきた釜。

 そんな彼が一体何を望むのか。さっぱり想像がつかない。

 果たして、俺が力になれるような望みなのか……


「ふむ、そうじゃな……」


 そう言ったきり、釜は黙して思案に入る。


 ……いや、ちょっと待て。

 今さらだが、声の出所はこの釜だったか?


「……うむ。今の儂が求めるものは、ただ一つ」


 ばっと振り返った先には、作業台の上に置かれた小さな甕。

 あれは毎日継ぎ足ししているものだが、まさか……


「とりあえず、Wi-Fiのパスワードじゃな」


 奇跡が舞い降りたのは、通信環境を求める『焼きたて!みたらし団子』のタレだった。

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