第3話 フェイムとブルージーン


 いったい、何から話せばいいのかな。

 まるでどこかの誰かの歌みたいだけど、そんな気分。

 画面に映っているのは、髪をおっ立ててうなじを丸出しにした男や女がランウェイを颯爽と歩いている姿。バックに流れているのは『FAME』。デヴィッド・ボウイの。

 そういうテーマなんだろうか、みんなそろって顔に白いメークを施している。前衛的とまではいかないけど、なかなかに異様。

 ロンドンにあるデザイナーの大邸宅を映すカメラは、何かを追っかけるように螺旋階段を上へ上へと向かってる。


 人生を苦しめる三つの悪。

 国家へのやみくもな崇拝。組織的な嘘。絶え間ない混乱。

 中でも最大の悪は最後のひとつ。三つの悪はプロパガンダを形成している。それがこの人の見解。

 大きな本棚にちょうど収まるだけの本。ひどく物知りだけど、それをひけらかすことはしない聡明な人。十代のはじめに死ぬほど憧れた街。店。服。老女。その街から帰ってきた男に今夜、半年ぶりに逢った。逢って、数時間もしないうちにひとりで帰ってきた。今夜はここへ帰らないつもりだったのに。


 生きてる価値ってどうやったらわかるんだろう。誰かが教えてくれるものなんだろうか。二十五年生きていてもさっぱりわからない。わからないけど、それでも死のうとはしない。


 話す相手もいないのに、誰かに何かをぶつけるように、頭の中を言葉で埋めてゆく。


 タチとかネコとか決めなきゃいけないものなのかな。決めたら一生それを全うしなきゃならないのか、正直よくわからない。わからないしどうでもいい。挿れたい時も、挿れられたい時も、そんなことしなくたって充分満たされる時だって、ある。この先も、きっと、ある。ただ、まだ分かり合えていないだけ……。




 RRRRRR


『起きてる? それとももう眠っているかな?

 寝ているとしたら、きみがこのメッセージを読むのは朝、目が覚めてからか。

 あんまりバカなことは書きたくないけど。夜中だから。


 今、きみが何を考えているか当ててみようか?


『ユウスケなんかもう二度と帰ってくるな!』

『大嫌いだあんなエロじじい! クソ野郎!』


 だろ?


 今日、おれはとてもつまらないことできみに向かって声を荒げた。

 頭を冷やすつもりで席を立ったけれど、テーブルに戻った時にはきみの姿はもうなかった。

 半年ぶりに帰国して、やっと逢えたっていうのにね。


 今夜、きみと一緒に眠るはずだった部屋のキーをひとりで開ける時のさみしさったらなかったよ。せっかくだからひとりだって豪勢に過ごそうと思って、ルームサービスのシャンパンを空けた。こんなことになるなら、こんな部屋を選ぶんじゃなかった。恨めしいよ。


 壁にかかった薄っぺらくて大きなテレビ画面には、火星から落ちてきた男みたいなメイクをしたデヴィッド・ボウイが、ランウェイみたいに突き出たセンターステージで踊っている。

 それを見つめる美女に、同じテーブルにいながらちっとも振り向いてもらえない冴えない男は、まるで今夜のおれだ。

 って、そんなおっさんじみたことが言いたかったんじゃない。そんなことを口にしたらまたきみに煙たがられるだけだ。


 正直に言うよ。

 明後日にはまたあっちへ戻らなきゃいけないから、どうしても明日きみに逢いたい。逢って謝って、きみが今夜おれに話したかったことの続きを聞きたい。おれもきみに打ち明けたいことがある。


 酒に酔わないとこんなふうに言えないなんて、カッコ悪い大人になったもんだよ。思い描いてた大人とはまったく違う。


 それで、カッコ悪いついでに言うけど、おれはきみがいないとたぶんもう生きていけないんだよ。それで、まだ全っ然死にたくないんだ。

 朝、目が覚めてこれを読んだら電話をくれないか? 』




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