本のムシ

自分が行く当てがないことに今更気づいた。

しかしよく考えると、空はまだ明るく、夜になる気配など全くなかった。ここにいると時間感覚が狂いそうになる。ここのことをもっと知りたいのと同時に路頭に迷うこととなった私は、ご厚意で識さんの図書館にお邪魔することになった。


かなり立派な建物だ。あんなにごちゃごちゃしていた森から抜けると、丘を登ったところにガラス張りでいかにシンプルを追求するかにこだわったか、と言わんばかりの図書館があった。

そこには見たことのない蔵書がたくさんあって、自分の夢であるのに自分の知らない知識がいっぱいあった。ガラス張りのそこからは、さっきの森、そして海の国、空の国を見渡すことができた。少しだけ高い位置にあるため上から眺めることができるが、情報量の多さに一瞬めまいがする。

しかしこんなに蔵書もあって、立地もいいのにもかかわらず、図書館には私と識さんだけだった。


もとから本の虫だった私は、時間を忘れて読みふけってしまった。

自分の聞いたことのない薬草、歴史、医学など、夢なのだからでっち上げのようなものだがあまりにしっかりと書かれていて素直に楽しんでしまった。


私を本の世界から引き戻したのは、図書館のドアが開く音だった。


ほかのだれかが来ると思ってすらいなかったことと、そこに立っていた小さな少女に、一気に意識を持っていかれた。

少女はここによく来ているようで、求めていたのであろう本のところに速足で一直線に進んでいった。きっと海の国の人なのだろうが、その服装はなかなかに派手でこの図書館ではあまりに異質なように見えた。しかし、本を見る目はいかにも真剣で真っ直ぐだった。

この世界で識さん以外に本好きな人がいると思っていたこともあり、私は話しかけたくなってしまった。

[なにを読んでらっしゃるんですか]

話しかけられると思っていなかったのか、集中していたのか私の声にビクッと体をはねさせた。少女がこちらを向いたその視線には恐怖が混ざっているようだった。

そりゃそうである。あまりにこの世界に合わない服装の女が、いきなりこの人の少ない場所で話しかけてきたのである。しかもその相手は、こんな小さな少女。驚かないほうがおかしい。

冷静に考えてしまって申し訳なくなった私は、その場でどうしたらいいかわからなくなった。


「この世界にある花について、調べに来た。」

はっきりとした言葉遣いに一瞬驚いたが、内容はかわいらしいものでほっとした。


「…毒のある花が知りたい。人が死ぬような。」


全然かわいらしい内容じゃなかった。

[そ、そうなんですね。ごゆっくりどうぞ…]

返答に困った私は自分が話しかけたのにもかかわらず、会話を切ってしまった。

「…読んで、ほしい」

小さな声でつぶやいたその言葉に、一瞬理解が追い付かなかった。

読めないのに、一生懸命本に向かっていたこと。そしてここに何度も通っているようだったこと。見た目の年齢以上にこの国では教育がなっていないということのすべてが頭の中で駆け巡った。

[…毒のある、花でしたよね]


それからその本に載っている毒のある花を端から端まで読み、それを熱心に少女は聞き覚え、何時間か経った。

「ありがとう」

さっぱりとお礼を言われ、少女は本を戻し、帰っていった。

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