アカとシロとミズイロと

噛車さんが一通りお菓子の説明をしてくれた。時間はかかったもののお菓子自体が好きなようで途中で忘れることもなく進んだ。どれも懐かしいような、優しい味がした。しかし紅茶だけは、味はおいしいのだが奇妙なにおいがするような気がした。あまり詳しいわけでもないためそういうものなのだろう

しばらくカツカツの生活をしていた私にとってケーキやお菓子でおなかを満たすことも、誰かとお茶をすることもなくて。きっとこの夢は私の願望なんだろう。ストロング缶も、ヤニもなくこんな幸福感に満たされたのは久しぶりだった。幸福感のおかげか、喫煙衝動も希死念慮も忘れている。


どこからともなく聞こえてきた足音に、その幸福感はそう長く続かないのだと思い知ることになる。

だんだんとその足音は近くなってくる。人数はかなり多そうだ。あのへらへらしていた道化さんの顔がどことなくひきつっており、不穏な空気に包まれる。よく見たら噛車さんは小刻みに震えその長い耳を下に垂らしてしまっている。識さんはというと、紅茶を飲み、ほとんど変化がないように見えた。

先ほど通ってきた獣道から足音がした。

小声で「振り返ってはだめだ。何を言われても気づかないふりをして。絶対反応したらだめだよ」と道化さんが言った。

「クルイモノたちよ。またこんな汚いところで生活して。あぁなんとかわいそうな。私たちの国はあんなにも豊かなのに。前からお誘いしているが、うちの国はいつでも歓迎している」

一人で嘆き悲しみ、まるで同情したようなことを言う白装束の男。同じような服装の男が何人もいる。今度は別の男がしゃべりだす。

「また君たちには言葉は届かないのか。聖なるわれらの言葉は不浄な君たちに、聞こえすらしない。おや、新顔さんじゃぁないか。君もこんなところにいないで、幸福と満足しかない我が国に来てみないか?」

道化さんに言われた通り、無視を続ける。相変わらず道化さんは張り付けた笑顔。識さんは黙々とお菓子を食べている。震えている噛車さんもお菓子に手を伸ばすが手も震え、目が泳いでいる。口々にいかにも怪しい甘い誘いをしてくる男たち。

「幸せになりたいなら、いつでも我が国へ」

そう言い放つと落胆したように、しかしどこか満足げになった、白装束集団が帰っていった。

今にも泣きそうな噛車さんが口を開く。

「また、シロが来ましたね…今度は何人…」

「考えてはだめさ。乗り切れたことを祝おうじゃないか。」

道化さんはそういいながら、またあの不思議な紅茶をいれる。

[さっきのは一体]

私は識さんのほうを向いた。(別に道化さんのことを信用していないとかではない)

すると静かな声で識さんが話し始めた。

「さっきのは、空の国の国民。ああやってクルイモノたちを自分たちの国家に引き入れようとする。無論、クルイモノの中には空の国から逃げ出したものも少なくないが、あいつらも個々人の顔など覚えていないのだろうな。自分たちの幸福の押しつけでしかないが。たしかにさっき言っていたような部分もあるが、いいところの切り取りでしかないからな。」

つまり現実世界でいうなら、宗教勧誘の類に近いようだ。

「この調子だと両国で何かあったんだろうな。実に厄介!きっとこれはアカの奴らもくるぞー。」

道化さんの表情の引きつりはもうなくなっていて、いつもの調子に戻っていた。

[アカの人たちってどんな感じなんですか?]

「真逆、だね。海の国がいかに可哀想かを語ってくる。彼らはむしろ返事をしたほうが早く帰ってくれるんだよ」

識さんの表情にはどこか疲れが混じっているように見えた。


案の定、アカの方々はやってきた


「あの女王は、阿婆擦れた妹のせいで心をお病みになった。」

「それでもくそ女を殺さずわれわれ国民のためを考えてくださる」

「女王様は慈悲深きお方で、どれほど貧しい国家になっても見捨てないでいてくださる」

「きっとあの赤い海は我々のために流した血の涙なのだろう」

そんな内容だった。

相槌を打ちながら聞いていると、涙を流しながら、満足したような顔をしている。彼らの流す涙は女王のためではなく自分の悲劇さに浸ってるように見えた。


分かったことは、どちらの国家も国家や都市というようなものではなく、宗教じみているということ。この世界にはまともな人間はいないということだった。

[赤の女王ってわがままで横暴で自分勝手なんじゃなかったでしたっけ。]

素直な疑問だった。

「あぁそう言われているね。独裁政治で国のものを従えている。分裂したときにあの場所に残ろうと決めた奴らは女王がよっぽど好きか、自分を悲劇の対象にしたい奴らだけさ!裏を返せば白に転んだ奴らはあまりに幸福を求め過ぎていた。飢え、だね。」

道化さんはあきれた様子で首を振る。

そういうものに縛られたくない人たちがクルイモノになったということか。

夢にしてはやけに生々しい設定だが、私は宗教にでも憧れていたのだろうか。

しかし、白の女王もまともではないというのはなかなか原作殺しである。私の潜在意識はアリスをどんな形にしようとしていたのだろうか。

[もっと詳しく、2つの国について知りたいです。皆さんはなぜクルイモノになることを選んだのですか?]

好奇心だった。そして、この夢の終わり、私の願いについて知るためには聞いておく必要がある。

「私が…赤からも白からも逃げたのは…。親が赤に殺されて、白では身寄りのないことをいいことに実験の対象にされかけたからです…殺された両親は私の食料を買うためにお金を盗んだからでした…」

なかなか重かった。

「俺はもともと、どこかに支配されるのが嫌いだったからにゃぁ。どこにでもいて、どこにもいない。それが俺様にゃぁ。」

君はそのままか。

「私は、自分の図書館を持つことにどちらからも反対されたからだね。どっちの国も自分の国に都合のいい教育をしたいから無駄な知識を付けられたくない。赤の国でも煙たがられていたしね。だから二つの国の境に図書館をつくってやった。」

識さんらしい。一番納得した。

「僕は。なんだったかな?もうそんな暗い話は覚えていないかな!識君の図書館に行きたかったからじゃないかな。」

はぐらかされた。この人のことだから本当のことを言ってるとは思えない。識さんのほうを向いたが知らんぷりをされてしまった。

謎は残ったままである。

お菓子もなくなりぴったりのところで紅茶もなくなり、お茶会はお開きとなった。

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