視線の正体

天明福太郎

第1話後ろの正面

「なぁ、最近後ろに視線を感じるんだ。」

 教室で突然そんな話になった。

 誰が言ったのかも覚えていない、自然とそんな話になった。その話は教室全体を巻き込みんだ。

「私もそう。」

「俺も。」

「僕もそうだよ。」

 普段こんなことが起こる事などなかった。このクラスは特段仲が良い訳でも悪い訳でもなくクラス内でグループも当然の様にあった。

 グループの中には当然接触し合わないグループもありクラス全体で一つの話題で盛り上がることなどなかった。

 文化祭でも合唱祭でもまとまり切ることのなかったクラスがなぜか急にまとまったのだ。

 それも朝のHRが始まる前までの短い時間で急激に話が盛り上がったこともあり、普段遅刻してくるような奴も休みそうな奴も皆いる場で独特の熱気を持って話が盛り上がった。

「特に登校中がすごいんだよな。」

「わかるわかる、今日とかやばかったわ。」

「私は下校中がやばい。」

「俺もそうだな、下校中がやばい。」

「学校に入ると少しは収まるんだけどな。」

「そうだよねー。わかるわー。」

「何とかなりませんかね。」

「お前知らないのかよ。」

「どうなんだろうね。」

 皆が不思議にぶつかり合わず話し合いが行われた。

 チャイムが鳴っても話し合いは終わらずに教師の登場によってやっと話し合いが終わった。

 不思議な興奮はいつまでも続くと思いきや、朝のHR後にはすっかりその時のことなど忘れてしまったかのように収まった。



 しかしどこにも異端の者はいる。その日中ずっと話し続けているものがいた。

 普段から教室の端で話しているような男子二人組。良くも悪くも目立たなくずっとボソボソと話している二人だった。

 その日の放課後の事である。

「なぁ、おかしくないか。」

「おかしいよな。なんで朝の事が何にも無かったかの様にしてるよな。」

「そうだよな。それになんか少しづつ記憶が薄れている気がしないか。」

「確かにそうだよな。完璧に話を忘れている奴もいるよな。」

「何だろうなこれ。何か靄がかかるというか、操作されているかのような。」

「わかるわ。目の端にずっと映るけど絶対に正面から見えないみたいな。」

 二人は結論が出ない話を続けていた。

 それは見回りの教師に下校を促らせてもなお続き、無理やり家に帰されるまで続いた。

 教室でよく話している二人だが決して仲がいいというわけでなく、ほかに話すものがいなく仕方なく話している二人が放課後まで喋っていることが稀だったし、こんなに遅くまでいることなどありえなかった。

 学校を出てからも二人の話は続いた。

 お互い話したわけではないか遠回りをして、ギリギリまで二人一緒にいることになった。

 しかし、別れはいつしか訪れるものでこれよりも遠回りできない分かれ道で二人は別れることになった。最後に明朝いつもより早く教室に集まり今日の事を話し合おうと約束しあった。



「なんか、視線を感じるな。」

 誰に言うわけでもなく彼は呟いた。

 ずっと一緒に二人でいたのは話を続けたいということもあるがそれ以上に一人になりたくないということもあったのかもしれない。

「まぁ、気のせいだよな。」

 彼は普段独り言など呟かない。

 学校を出た瞬間から背後に視線を感じていた。

 直接的に話をしたわけではないが、一緒に帰っていたもう一人もその気配を感じていたらしい、妙にソワソワとしていた。

 しかし、後ろを振り向くことは出来なかった。もし本当に背後に何かがいるかと思うとこのまま知らない方がいいように思えた。彼は黙って歩き始めた。


 ーコツコツコツコツ

 ーコツコツコツコツ、ヒタ、コツコツコツコツ

 ーコツコツコツコツ、ヒタヒタ、コツコツコツコツ、ヒタヒタ、コツコツコツコツ


 歩き始め違和感を覚えた。私の背後に足音がする。それも、裸足で道を歩いているような足音だ。


 ーコツコツコツコツ、ヒタヒタヒタ、コツコツコツコツ、ヒタヒタヒタヒタ


 背後の足音は増えていった。後ろを歩く人が増えるというより音が明確に粒だって聞こえるようになってきた。

 後ろを振り返りたくないが、振り返らないといけない。彼はそんなジレンマに陥っていた。私は少し歩くスピードを速めた。


 ートットットットッ、ヒタヒタヒタヒタ、トットットットッ、ヒタヒタヒタヒタ


 足を速めても背後の足音は変わらず聞こえ続けた。彼は少しばかりパニックに陥った。かといってこれ以上足を速めることもできなかった、それは振り返る以上にタブーになる様な気がしたからだった。

 意を決して彼は振り返った。

 当然の様に後ろには誰もいなかった、何もなかった。

 しかし、背後には視線が感じ続けた。



 翌朝、教室はいつものような状態に戻っていた。

 一つだけ違うとしたらいつもより早く来ているものが一人だけいることだった。昨日、最後まで話し合っていた内の一人だった。

 私は昨日視線を感じながら家に帰った。二人でいるときは明確に感じていた気配は一人になることでわずかばかり薄くなり家に着くと完璧になくなっていた。

 朝、家から出ると気配が再び強く感じた。その気配は今までより強く、明確に感じるものだった。

 この発見を伝えようと朝早く意気軒高と来たものはいいものの話す相手がいなかった。

 クラスメイトの殆どと話す勇気もないので、彼を待ち続けていたが彼は来なかった。

 私は苛立ちを覚えた。約束をなぜ守れないのかと。

 しかし、その苛立ちは時間が経過するとともに不安へと変わってきた。彼が学校を休むことなど記憶になかった。

 私は不安に動かされ三限目と四限目の休みに意を決してクラスメイトに話しかけた。

 普段話しかけたことはなくはないが、ほとんど話しかけたことがなかった。

「ごめん、少しいい?」

「なにどうしたの?」

「昨日の朝の話なんだけどさ。」

「……昨日?」

「みんなで盛り上がったじゃん。」

「あー、なんか話したような気もするわ。」

「え?みんな話していたじゃん。」

「そうだっけ。軽く話した程度じゃない。」

 結局、話は全く盛り上がらなかった。

 正確に言うと話が通じなかったというのが近いかもしれない。私だけがなぜか皆が見えていないものが見えているような言いし得ないものを感じた。不安なままその日私は過ごすことになった。そして、いつまでも来ない彼を私は待ち続けていた。

 しかし、待っても待っても彼は来なかった。当たり前の様に彼が欠席の理由も教師からの説明がなかった。クラスで目立たない彼なので当然の事かも知れないが状況が状況なだけに私は更に不安を覚えた。

『このままでは家に帰れない。』

 不安が募る中で私はこう強く思い始めて居た。せめて彼が休みの理由だけでも聞かないと家に帰れる自信がなかった。

 その気持ちを抱えたまま、気付けば帰りのHRになっていた。

 私は勇気を振り絞り教師に話しかけた。

「先生。」

「どうした?」

「今日、彼が休んでいるんですけど。」

「ああ、そうだったな。」

「なんでなんですか。」

「ああ、あいつはそういえばお前は仲良かったか」

「はい。」

「えー。どうたっけな……確か風邪とかだったような」

「風邪ですか?」

「確かな。そんな連絡があったと思う。」

「親から連絡があったんですか?」

「確かな、先生も直接電話受けたわけじゃないからな。」

「だれが、電話取ったんですか?」

「えー。誰だったけな。悪い覚えていないわ。」

「覚えていない……。」

「先生も忙しくてな、悪いな。」

 結局教師との話もいまいちかみ合わずに終わった。

 もやもやを抱えたまま私は岐路についた。



 いつもと同じ通学路が何か違和感を覚える、後ろからは相変わらず何かの存在感を感じる。

 私は背後にいるものを考え続けていた。

 考えてみれば人間は生きている限り死角というものが存在し続けている。もし、勢いよく後ろを振り返っても死角は存在し続ける。他人に後ろを見てもらったとしても、自分で確認できるわけではない、違和感を完全に払えるわけではない。いつしか私の頭の中で自分の死角に化け物がいることを確信し始めていた。


 ーヒタ


 背後で何か足音が聞こえる気がする。

 私は振り返ることができない。

 通学路、振り返るとそこにいる

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視線の正体 天明福太郎 @tennmei

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