エピローグ

――Docklandsドックランド


 探偵事務所。

 俺は窓からお気に入りの景色を眺めている。

 幸い、まだこの景色は失われていない。

 変わったのは、バルナが助手として住み込むようになったことだ。あの事件での傷の手当で担ぎ込んだ流れで、そのまま住み込む形になってしまった。

 いろいろとややこしい問題になりそうだから最初は拒否したが、バルナは徹底した自己管理で、ミトラとしての姿を俺の前に見せないでいたのと、ほかに行く場所がないのも確かという事実もあってのことだ。

 だからといってミトラが眠っているわけではなく、常に共存しているというややこしい状態でいるらしい。どこかでミトラとしての時間を与えているらしいが、聞いてもバルナは頑なに教えようとしない。



       * * *


 

「俺が意地を張ったせいですべてが狂ったのかもしれないな……」

 ウィルはふと、この事件を思い返して、そんなことをつぶやいた。

「人は一人じゃちっぽけだよね。でも、人はそんなに弱い生き物でもないと思う」

 バルナは笑顔を向ける。

「失ったものは取り戻せないけど……それでもそこから得たもので、生きていくしかないんだ」

「そうだな」

 ウィルも微笑んだ。

「強くなったな、バルナ」

「ウィルも変わったよね」

「ん?」

「そんな風に笑うのを見たことなかったよ」

「そうか?」

「それも、イルミナから僕への贈り物かもね」

 よくわからない、という顔をするウィル。

 バルナは一人満足して笑う。

 そのとき、事務所の電話のベルが鳴る。今でも事務所には奇械MAGを置いていない。そこはまるで変わっていない。非現実主義者アンリアルを名乗っているのも相変わらずだ。

 あの一件、水晶宮でテラ=スペラに干渉したウィルの姿を、たくさんの人間が見ていた。それがきっかけで『鬼火ウィスプ』としてのウィルの知名度はさらに上がった。

 まやかしの探偵という怪談としての知名度が。皮肉なことだ。不思議なことにロンデニウムでは異常なほどに怪談の類が流行している。奇械MAGは奇跡や呪いなんかじゃなく、れっきとした技術だというのに……人々は人の理知が生み出した最先端の文明であろうと、自分に理解不可能なものであればすべて超常のものとして扱ってしまうようだ。

 きっと私もそんなものの一つとして噂になってしまうだろう。

 やれやれ、御免こうむる、というやつだ。

 だから私は、いや、僕は、バルナとして暮らすことにした。

ミトラも、バルナも、同じ自分に違いない。ウィルはまだ受け入れにくいようだけれど……。


 イーストエンドは、あれだけの被害を出しながら、それでも復興が進んでいる。復興を支えるのはやはり奇械MAGだ。もちろん失われた多くの命が帰ることはない。いや、やがては命さえもよみがえらせるような奇械MAGやスペラが登場するのかもしれないが……それはまた大きな問題を生みそうだ。何がどれだけ進歩しようとも、問題は尽きそうにない。


 イルミナは、生還した。

 ウィルの力だ。僕は、彼の姿に、僕の憧れの人を重ねる。

 ひょっとしたら……と思うけど、あえてその答えを知ろうとはしていない。

 イルミナにも聞きたいことがたくさんある。

 でも、それらは少しずつ聞いていけばいい。


 ルーファスのテラ=スペラについての発言は、まるであの日、ルーファスが檀上に立ったこと自体がなかったことにされてしまった。その事象に、奇械MAGやスペラの働きは一切ない。途方のない力が働いて緘口令が敷かれているようだ。この事実が、僕には奇械MAGよりよっぽど奇跡や魔法のように思える。もっとも不可解なのは、やはり人そのものなのだろう。

 テラ=スペラは、今も僕のアニマ機関エンジンとして機能し続けている。ルーファスがあれからどうなったのかも不明だし、業務再開したM&Iも、テラ=スペラについては沈黙を守ったままだ。だから、僕は放っておくことにした。


「依頼だ。行くぞ」

 ウィルが言いながらいつもの外套を羽織る。

 僕はお決まりの奇械MAG一式が一張羅だ。

 こうして今日も非現実主義者アンリアルの物語が始まる。

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