第三章 3


 私はテラ=スペラの起動を始めていた。

 バルナであれば、自身の汎用機関スペラエンジンの操作によってテラ=スペラを記述していかなければいけないだろうが、ミトラであれば頭にどのようなことを実現したいか、そのイメージを描くだけでよい。その脳の働きが波動となってエーテルに作用し、反応を引き起こす。

 イルミナの手でここに安置された大勢のアニマが、私の意思に共鳴し、波動を増幅する。空間が、自分自身が、膨大なイグナイトに満たされていくのがわかる。

これは……まるで十三年前と同じ……。

 私は戦慄する。

 そう。あの極限の状況での出来事。

 大勢の人間の激情が渦巻き、それがすべて自分に注ぎ込まれてくる感触。そして意識の消失。あとは闇。闇の中でひたすらに暗い感情に心を焦がし続けることになる。

 これは、コーンポーの人々の、あの出来事の記憶……?

 いや、それだけではない。

 もっともっとたくさんの感情。

 せり上がってくる……これは……。

 街だ。下の街で行われている戦闘の中で膨れ上がった人々の思いが、私の心に流れ込んできている。

 彼らの思いが強すぎるのか、それとも……自分の心が広がっている?

 これもテラ=スペラの力なのか。

 私は、意識を、広げてみる。

 見える。

 聞こえる。

 伝わってくる。

 街が焼けている。イーストエンドのあちこちで破壊が繰り広げられている。

 イグナイトがあちこちで燃え上がり、膨れ上がる。

 奇械MAGが人の命を奪い、まき散られたエーテル塵が街を黒煙とともに覆っていく。

 多くのアニマが肉体を離れて漂う……。

 同じだ、あの時と。

 来る。

 激しい感情の渦が、波が、私を飲み込む。

 だが、十三年前とは違う。

 私は成長したのだ。

 制御しろ。

 抑え込め。

 鎮まれ。

 テラ=スペラの力を使うのだ。



       * * *



「これは……」

 リーノックは小さく声を上げた。

「どうしました、リーノック」

 コーディが反応する。

「イグナイト計器が大きな反応を示している。これほど大きな反応はロンデニウムでもめったにないぞ……まだだ、まだ上昇している」

「発生源はどこです?」

「下だ……下層のイーストエンドからだ」

「見てください。報道していますよ」

 コーディは大衆紙ダブロイドを開いた。これは名前通りの新聞ではなく、各種奇械MAGの組み合わせによって実現した、内容が新聞社によって随時配信される新聞紙だ。

「どうやら軍がイノバティスをイーストエンドに送り込んだようです。大規模な戦闘行為が行われているようですね」

反奇械主義者ラッダイトの潜伏先への突入作戦だと……? たしかに正規軍の後方支援とイノバティスの精鋭の武力があれば可能かもしれんが……」

「本当にそれが目的か? そのためにわざわざうちを、M&Iを押収したというのか?」

「イグナイトの反応がますます大きくなっていく……」

「見てください。地下からエーテル塵があふれだしている」

 コーディの言う通りだった。

 この下層での戦闘によって用いられた奇械MAGが放出するエーテル塵が、すでに上層にまで放出されはじめている。

「不気味ですね……」

 コーディは一人震えた。

「どうなっておる、ルーファス……」

 リーノックはつぶやいた。


       * * *



 サドラーの小隊はセント・ポール大聖堂の前まで進行していた。

 イノバティスのほぼ全部隊がこのイーストエンドに投入されている。

 しかし、ここ第一支柱に反奇械主義者ラッダイトの本部が隠されていることを知らされていたのはその中でも一部の精鋭のみだ。

 軍はその事実を知らない。ルーファスが用意していた間諜による極秘情報だ。

 あくまで軍は自分たちの指揮によってイノバティスが動いているように思っていることだろうが、それはイノバティスの高度な偽装作戦行動能力によってそう見せかけているにすぎない。

 高起動・高火力を誇る奇械MAG兵器の数々も、もはやイグニスが残り少ない。

 地下通路にはまだ何人かの反奇械主義者ラッダイトが残っていたが、一人、また一人と排除していく。彼らの武装のほとんどは旧式の銃だったが、中にはM&I社製の奇械MAG武装に身を固めているものもいた。

 ルーファスが裏で反奇械主義者ラッダイトを支援していたというのは本当だったのかもしれない。

 大扉を抜け、さらに進む。ここからが反奇械主義者ラッダイトの本部施設のようだ。

 すべての通路、すべての部屋を一つ一つ制圧クリアしていく。

 抵抗は激しかった。死に物狂いの抵抗だ。

 地下施設のすべてのフロアを制圧クリアした。

 残るは再奥部にあった上へと続く螺旋階段だけだ。

 何人もの仲間が犠牲になり、すでに小隊は三名のみ。

「突入する。二人は先行。俺がバックアップする」

 二人はそろって了解、と言う。そして進行。

 誰も死を恐れたりはしない。

 ただ忠実に任務を遂行するだけだ。

 

 螺旋階段を上った先で、先行した二人が倒れているのか確認できる。

 まだいる?

 しかしイグナイト計器を改造した索敵奇械サーチャーの反応はない。

 サドラーは警戒する。

 階段を登りきる先に死角がある。敵はそこに待ち構えているに違いない。

 戸を銃の先で突いて開け、続けて閃光手りゅう弾を投げ入れる。

 瞬間的に強力な発光現象。

 間髪入れず突入する。それでも戸の裏の両脇からの奇襲に対する警戒は怠らない。

 だが、攻撃は真正面からやってきた。

 重い拳がサドラーの顔面に打ち込まれる。

 サドラーはすんでのところで躱す。

 発光が終わる。

 そこには大柄の男が立っていた。

 ポートレイトで見た顔の男。

……いや、その後、すでにその顔は直接確認している。

鬼火ウィスプ』のウィルだ。

 すぐさま、距離を置き、身に着けていた余分な奇械MAGを捨てる。

 奴には奇械MAGが効かない。なぜかはわからないが、そのような体質の持ち主だということだ。伝聞だけでなく、記録としても確認している。

 ウィルは武器を手にしていなかった。

 さきほど打ち込んできた拳だけが武器だと言うのか。

 それで先行の二人を倒したと? 探偵小説に出てくる格闘技使いだとかいうふざけた情報は本当だったというのか。冗談じゃない。

 奇械MAGが通じない体に、フィクションの世界から飛び出してきたような超人的な探偵だと?

 まさに非現実主義者アンリアルだとでも言うのか。

 サドラーは腰に差した短刀を抜くと、ウィルに向けて構えた。

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