第二章 7


       * * *



「ありゃ軍人崩れだな。あの手の奴ぁ、現役だったころにゃインディアやらアフリカやらに行って奇械MAG兵器で散々やりたい放題だったんだろうがよ。お役御免で本國に戻った途端、居場所をなくしてここに転落って奴がほとんどだ。きっとあいつのその口だろうぜ」

 ミゼットが聞いてもないのに解説するのにも、バルナはすっかり慣れてきていた。

 それよりも、バルナの関心はウィルのことでいっぱいになっていたのだったけれど。

 いくら聞いても、ウィルはどうやって奇械MAGの働きを止めているのか、教えてくれなかった。

『なぜかは知らないができた。できたものは利用する。それだけだ』

 納得できない。ありえないことだった。

 同時に、バルナには、ウィルのこの異能を理解したい強い欲求にかられた。奇械MAG技師として、これほど気になることはない。

 イグナイト、エーテル、それらに対する特殊な体質? スペラとは違う原理での働きかけ?

 興味は尽きない。あまりに頭がウィルのことでいっぱいになり、どんな道を進んでいるのかも記憶に残らないほどだった。

 イーストエンドは、元はその名の通りロンデニウムの東の端を意味する地名だったのだが、そこに広がっていた貧民街が有名であったことから、今ではロンデニウム下層都市全体の通称となっているという。先ほどまでバルナたちがいたのが、その第五四番支柱区画。そこの外れまで街中を歩き、下水道に降りて進んでいたら、そこからさらにつながっている地下鉄のトンネルを抜け、都市基盤区画と呼ばれる巨大な奇械MAGが動き続けている場所の整備通路を抜け、と鼠のごとく暗い道を進み続けることになった。

「本当にミーナがこんなところにいるの……?」

 バルナはイルミナが女性であることを考えると、こんな世界で暮らすのは不可能ではないか、と思う一方で、ミーナの人柄を思うと、それもあり得るのでは、と思い直したりもした。

 うんざりしそうな裏道続きだったが、ウィルのことといい、イルミナの秘密といい、ロンデニウムの裏側を目の当たりにし続けていることといい、バルナは自身の冒険心が膨れ上がって止まらないでいるのを実感していた。正直、ラーホールではこれほどの興奮を感じたことはなかった。

 やはり自分には帝國人メトロポリタンの血が流れているからなのだろうか。

 わからない。

 帝國の負の側面は受け入れがたい。奇械MAGによる暴力。力による支配。奇械MAGが生み出す貧富の差。絶対的な階級制度。

 それらのすべてが、バルナから両親を奪い、妹を奪い、ミーナまでも奪われたように思った。しかし一方で、帝國の奇械MAGがあるおかげで自分は生きがいを持ち、こうして異世界のごとき帝國の姿に感動を覚えてもいる。ただ、できることならば帝國の陽の側面ももう少しは見ておきたかったところだが。

 ミーナに会ったら聞きたいことがたくさんあった。それがラーホールを出てからどんどん増えて、何から聞いていいのかわからないくらいだ。

「ミゼット。もういいだろう。イルミナとの合流場所はどこだ」

 ウィルが尋ねた。イルミナの安全を考えて、人目につく場所でイルミナの話をしないようにしてきていたのだ。

「せっかくの楽しみは取っておいたほうがいいんじゃない?」

 そういうミゼットはすでに楽しくて仕方がないというふうだ。建前とは別に、ミゼットは単純に自分だけが知っていることに優越感を持っているに違いない。

「もうちょっと待ってなよ。とりあえず、ほら、これで暗い道とはおさらばさ、っと」

 言ってミゼットは前を塞いでいた錆だらけの鉄の戸を開けた。戸の隙間から強い光が差し込み、暗がりになれたバルナの目には痛いほどに突き刺さる。

 扉を出た先は、高台になっていた。まぶしく感じた光だが、はやり人口の光には変わりがなかった。空は相変わらず天井に覆われ、広がっているのはボロの街だった。

 それでも雰囲気が違うのは、この場所からでも、下の街が活気に満ちていることが伝わってくるからだ。

「ここは第一番支柱区画の廃棄居住区街。もっとも古い下層都市だ。名前をデヴィルズ・エーカー。この國をまさに根っこから変えていこうと集まった、反奇械主義者ラッダイトの街だ」

――East End(イーストエンド)

  "Strut No.1" (第一番支柱 廃棄区画)

  Devil's Acre(デヴィルズ・エーカー)



「ここは棄てられた街を復興させた、反奇械主義者ラッダイトの拠点となる街だ。帝國政府も、軍も、国教会だってここの存在は知らないんだ。ここならイルミナも隠れるのにうってつけってわけだ」

「でも、反奇械主義者ラッダイトって……奇械MAGに反対するってことでしょ? そんなところにミーナがどうして? それに僕も、ミゼットだって奇械MAG技師じゃないか」

 街を歩きながら、バルナは当然の質問をミゼットにする。

 第五四番支柱の街のときと違って、バルナはもう堂々と奇械MAGが見える姿で歩いている。それでも誰も気にする様子がない。反奇械主義者ラッダイトとは奇械MAGを否定している人間のこととは違うのだろうか。それなら非現実主義者アンリアルもそうだが、その違いはなんなのだろう。

「昔はな、そもそもラッダイトってのは奇械MAGじゃない、蒸気機関の広がりに反対する運動だったそうだ。それはやみくもに機械を打ち壊して回る暴徒の運動だったそうだ。だが、そこにも一つの精神があった。〝機械が人の代用品であってたまるか″って精神だ。反奇械主義者ラッダイトが受けついているのはそこだ。何も奇械MAGをなくそうって動きじゃない。人間と奇械MAGとの関係を、本来あるべき形にしよう。それが反奇械主義者ラッダイトの主張さ」

 ミゼットの語りも、この街の活気と同じように熱を帯びている。

 おしゃべりなお調子者のミゼットだが、茶化した感じのない、本気さを感じる。

 関心するところのあったバルナだが、一方でウィルは特に反応を示さず、黙って歩いている。とくに新しい話じゃない、ということか。

「ま、俺一人があれこれ言っても語りきれない。とっととイルミナのところに行くぜ」

 ミゼットは軽い足取りで進んでいく。そんなミゼットに声をかけてくる人が何人もいる。

「おうミゼ、そこの二人は新入りかい?」

「ミゼ、うちの奇械MAG、見てくれよ。どうにも調子が悪いんだ」

「あらかわいらしい。この子も奇械MAG工なの? あなたの弟子かしら?」

 次々に話しかけられるのを、ミゼットは調子よく受け答えしていく。

「ミゼットって、有名なんだね」

 バルナが関心して言うと

「ここじゃみんな家族のようなもんだ。こう見えてもそんなに人数はいないんだ。狭い社会だからな、お互い顔も名前もしてて当たり前、昨日どこで何してたかだって筒抜けさ」

 と肩をすくめる。だが、それが嫌だと思っているわけではないようだ。

「あんた、非現実主義者アンリアルのウィルかい?」

 そう思ってるとまた一人、声をかけてくる男性が三人の前にやってきた。

「ああ、そうだ」

 ウィルがいつもの調子で答える。

「ってことは、となりのあんたはミトラ・ヴィバートだな!」

 男性は興奮してそうバルナに聞いてくる。

「え?」

 二重に驚く。初対面の人から突然妹の中が出てきて、しかも自分がその妹だと勘違いされることに。

「いや、僕はバルナ」

 と訂正しかけるが、

「ってことは、ジェネラルの作戦はいよいよ決行だな! ミゼットもご苦労だったな!」

 と一人で盛り上がり始める男性に、バルナは言葉が続かない。

「ジェネラル? 作戦ってどういうこと?」

 代わりにミゼットに訊ねる。

「ジェネラル……ジェネラル・ラッドか」

 ウィルには心当たりがあるようで、

反奇械主義者ラッダイトのリーダー、この街のボスじゃないのか。作戦とは何だ。俺とバルナが必要な作戦なのか? ミゼット、答えろ」

「……俺が答えることじゃないな。お楽しみは最後まで取っておけって」

 そう言ってバルナに答えつつ、一人盛り上がる男にも「気が早いんだよ」を毒づくミゼット。

「イルミナもお待ちかねさ。ほら、あの建物が見えるだろ? そうそう、あのでっかいとこ。あそこさ。行こうぜ」



       * * *



 セント・ポール大聖堂。

 そこは、元々そう呼ばれていた建物だった。

 だが、そこはすでに聖堂としての名残を残しておらず、巨大な第一支柱の側で、その支柱にも負けない巨大さを誇っていた痕跡だけを、一部残った壁や屋根の形状に残しているに過ぎなかった。

 ミゼットの案内でやってきたのはその地下につくられた通路で、そこは、かつての大聖堂の内部はこのような姿をしていたのだろう、と想像させるつくりになっていた。聖堂という名の通り、宗教的なシンボルに満ちている。バルナはそのどれにも直接の見覚えはないはずなのに、不思議と初めて見たという気がしなかった。もしかしたら、かつての両親との暮らしで見慣れていたものなのかもしれない、と考える。

 通路の奥にやってきた。

 装飾の施された両開きの大扉があり、両脇に歩哨が立っている。

「ウィルとバルナ、注文通りに連れてきたぜ。んじゃ、俺はここまでだ。ジェネラルへの取り次ぎは任せていいんだよな」

 ミゼットは歩哨の片方にそう言うと、さらにいくつか言葉を交わした。するとこちらに戻ってきて、

「じゃ、俺はここまでだ。短い間だったけど楽しかったぜ」

 そう言って一方的に別れを告げる。

「ジェネラルって。イルミナは?」バルナの問いに

「だからさ、もう、最後まで言わせるなよ。な。とにかく行けって。大丈夫、罠なんかじゃないからさ」

 そう言って、奥に行け、と促す。

 バルナはウィルと顔を見合わせる。ウィルも顎だけで進もうと合図する。

「まずは二人ともに検査を受けてもらう。ジェネラル直々の申し出を受けてくれた相手に非礼は承知だが、それくらいに厳重さが必要なのを理解してほしい」

 歩哨の一人が丁重すぎるくらいに頭を上げて詫びる。

 この地下聖堂といい、とても貧民街の雰囲気とはかけ離れている。

「ようこそ、反奇械主義者ラッダイトはウィル、バルナ、両名を歓迎する」

 扉が静かに、ゆっくりと開いていった。

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