第二章 3

――Transcontinental Railroad(大陸横断鉄道)

  Aliskandar (アレキサンダー号)


 列車は俺とバルナを多くの乗客とともにロンデニウムの終着駅へと運びつつあった。速度を緩め、駅のドームの中に入り込んでいく。インディアより二週間ほどの旅の終わりになる。二週間は決して短くはないが、インディアからロンデニウムまでの途方もない距離を考えると、二週間でも短いほどだ。

 インディア亜大陸を抜けてエイジアの諸地域をさらに横切り、タルク帝國、ユーラス連合諸國を経て、英仏海峡トンネルを抜けて帝國本土に上陸という最短・直通の道程で、大英帝國が誇る奇械MAG技術文明の粋を凝らした成果の恩恵によって、俺とバルナはこうしてロンデニウムに到着したことになる。

 寝台付きの個室を借りた。人目につくのは避けたかったためで、何かしら襲撃があることも想定していたが、幸い今のところその気配はない。三等車両の質素な部屋で、快適とは言い難いが、かつての蒸気機関車トレシヴィクの三等車両のような家畜と変わらない扱いに比べればずいぶんとマシだった。

 海路を選ばなかったのには理由がある。

 

 バルナとはいろいろと話をした。バルナは最初、俺に対して警戒心を持っていた。当然だろう。向こうからしたらすべてが青天の霹靂に違いがなかったのだから。

 バルナは俺が思っていた以上に、何も知らなかった。イルミナがどのような女性で、どうしてバルナの保護役をすることになったのか。M&Iと、そしてルーファスとイルミナにどれほど深い関係があったのか。失踪前に、イルミナに何があったのか。イルミナを奇械MAGの第一人者と理解していたのは確かだが、それ以上のことは何も知らなかった。バルナはイルミナからあれこれ教えられたのではなく、あくまで自分の意思で奇械MAGを学び、M&Iで働く道を決めたのだった。もちろん、イルミナが育ての親であること、バルナ自身の出生がバルナの意思に影響しているのは間違いない。だが、そう、バルナはあまり自分の過去すら把握していないようだ。

『物心つくまえに、親は戦争で死んじゃった。ミトラって妹がいたってミーナからは聞いているけど、会ったことないんだ。だから生まれてから血のつながった人は誰もいない。だけどミーナとピタカが僕の親だ。血のつながりなんて関係ない』

 親代わりの家政婦を置いてきてしまったことにはじめは後悔もあったようだが、軍が危害を加えずに解放したことを通信奇械ナビガントで確認できたらしく、今はそれは気にしていないようだ。

『父親は帝國人メトロポリタンだったって聞いてる。ミーナは仕事仲間だったようだけど、詳しくは知らない。M&Iの社員だったわけじゃないみたいだけど、奇械MAGに関わる仕事はしていたって。……あまり昔のことを気にしても仕方がないって思うことにしてたんだ。それよりも今とこの先のことを考えようって。自分にできることが奇械MAGのことだったし、M&Iならそれを仕事に生活していける。ミーナは特別、何も口出ししなかったよ。というかミーナはいつもそうだったし』

 イルミナの失踪の理由について何か手がかりはあるかと思ったが、バルナの話からはとくに情報は得られなかった。そして、三年もの間、一人行方をくらませていたイルミナがなぜ今になってバルナを必要としているのかも気になるところだった。どちらもイルミナ本人に聞けばいい話ではあるが。

『ミーナがいなくなってショックだったよ。今度こそ、本当に僕は親なしになってしまった、とも思った。あの時期は落ち込んだし、イルミナを見つけられないM&Iに不信感を持ったし、帝國が何かを隠してるんじゃないかって疑ったりもした。でも、結局、そのころの僕には、まだどうする力もなかった。だから、とにかく大人になろう。一人前の人間になって、それでもまだミーナが帰ってこないなら、そのときは全力でミーナを探そうって、そう決めたんだ』

 そう語るバルナの目は輝いていた。過去に囚われることなくまっすぐに前を見る目。

 今の自分は、どんな目をしているだろうか。どんな目をしているように、バルナには見えるだろうか。過去など捨てたと言っておきながら、結局俺は過去に執着している。イルミナへの未練がこうしてバルナをロンデニウムに連れてきている動機なのは、否定のしようがない。

『だからロンデニウムに来ることを決めた。僕は奇械MAGが好きだけど、帝國は……っと、あまり大きな声じゃ言えないけど、好きにはなれない。奇械MAGを戦争の道具にするなんて間違ってる。それを変えるためにも、奇械MAGの発展を兵器づくりとともに進めてきたM&Iの中に入っていかなきゃいけない……と思ってたんだけど、もう遅かったかな』

 事件は起きてしまった。軍とM&I、どちらが正しいのかわからないが、どちらにせよ帝國内部で軍の力があまりに大きくなりすぎているのは事実だ。そしてその軍がバルナの身柄を確保しようとしている事実。一方でイルミナは身の危険を感じ、バルナの救出を依頼してきた……。

『ウィル。ミーナに会えるよね、きっと』

 バルナは最後にそうつぶやき、俺はそのとき無言でうなずきを返した。


 車窓を開け、紙巻煙草シガレットに火をつける。

 バルナは今、席をはずしている。きっと見晴らしのいい先頭車両でロンデニウムの巨大さを見物しているはずだ。重い決意に、一方で強い不安感も抱えながら、一方で憧れの奇械MAG都市にやってきた興奮を楽しんでいる。切り替えのよさ、適用力は若さゆえのものだろう。バルナといると、自分が失ったものを次々と突きつけられる。

 イルミナは生きていた。筆跡は彼女自身のものに違いなく、なにより手紙に同封されていた印が、間違いなく手紙が彼女の手によるものであることを示していた。

 俺はイルミナの求めに応えたいのだろうか。それともバルナを条件にイルミナに会いたいだけなのだろうか。あるいはその両方か。

 どちらにせよ、俺は動き、事態も大きく動いている。イルミナに会えたとして、俺は彼女になんと声をかけるつもりなのか。何も考えはなかった。



       * * *



 とにかくロンデニウムで待つミーナの元に行こう。

 そう決意して慌ただしくラーホールを出て列車に乗ったバルナだったが、ロンデニウムに着くまでの間には、落ち着きを取り戻すことができたように自分では思っていた。

 しかし実際は緊張と興奮でいっぱいのままだったということに、こうして実際にロンデニウムの姿を目の当たりにすることで、バルナは気づかされるのだった。


 あまりに突然の出会いとなったウィルだが、それなりにどんな人かはわかった。ウィルの言う通りにして本当にミーナに会えるのかは、正直なところまだ半信半疑だ。なにせウィル自身も確信はないという。依頼の手紙がミーナの書いたものなのは間違いないというが、ウィルも言う通り、それが誰かに書かされたものである可能性もある。ではなぜその誰かはミーナにそんなものを書かせてウィルに送ったのか? 何かの罠なのか? 疑えばきりがなく、結局は指示どおりにしてみて確かめるほか、すべがないのが現実だ。

 しばらくはぎくしゃくした会話、というか確認のやりとりになった。

『初めはごめん、急に逃げ出して』

『その可能性も考えていたさ。思っていたより反応が早かったのが誤算だった。こちらこそ、君の足を止めるのに強引な手段を取ったことを謝る』

 雑踏を利用してバルナの足を止めるため、お尋ね者だと叫んだことを指しているのだろう。

『軍の手配がもう回っていたのも、誤算だった。……誤算だらけだな』

 バルナが思ったことを先回りするようにウィルは自身で付け加える。ウィルが反省しているのは伝わった。

『だが、君がイルミナの言う通りの奇械MAGの腕前なのはわかってよかった。その奇械MAGは自作のものだろう? その奇械MAG一つでいろいろなスペラを使い分けられるようだ』

 これには驚いた。あの場でそこまで見ていたのもそうだが、奇械MAGの専門家でもなければ、あの瞬間だけでそこまで理解するのは難しいからだ。そもそもスペラを使い分けるという発想が、奇械MAGを利用するだけの人には不可能のはずだ。

『探偵なら、あれこれ知識は蓄えておくものだ。何が仕事の役に立つかわからないからな』

 とだけ言うが、それだけとは思えない。

 そもそも、ウィルと出会い、この列車で見ている限りで、ウィルが奇械MAGを使っているのを一度も見ていない。

 なぜ奇械MAGを使わないのかを問うと、

『ああ、俺は非現実主義者アンリアルだからな』

 と素っ気なく答えられた。

 非現実主義者アンリアル

 聞いたことのない言葉だった。

 ロンデニウムでは、そう呼ばれる人がそれなりにいるらしい。奇械MAGを拒み、奇械MAGに頼らない生き方を選ぶ人々をそう呼ぶのだそうだ。

 ますます混乱する。そんなウィルがなぜ専門家に勝ると劣らない奇械MAGの識見の持ち主なのか。

『嫌いだから、苦手だからこそ、そいつに詳しくなっておかないと対処できないからだ』

 理屈はそうだが、それを実践できるのは並大抵のことじゃない、とバルナは思った。それほどウィルは探偵として優れている、と言えなくもないが、どうもウィルがそこまで手際のよい仕事をしているようには思えなかった。どちらかというと行動力やその場の勢いを利用した立ち回りは得意そうだが、物事を周到に進めているようには見えない。わずか二週間ほどの観察結果でしかないが、精密さや筋道だった考え方を重視する奇械MAGやスペラの設計を得意とするバルナには、ウィルはそのように見えた。

 だいたい、

『君の顔は肖像写真ポートレイトでは見ていたが、なにせイルミナが失踪前に写した何年も前のものだったからな。本人の顔を見ても確証は持てない。直接会って確認するしかないだろうと考えた。

だが、それも思ってみたより難しかった。君がラーホールの旧市街に暮らしていることはイルミナからの手紙にあったが、あの旧市街に帝國人メトロポリタンの俺が一人で入るのはいろいろと不都合がありそうだった。だからまずはM&I社を訪ねた。だがあんまりあれこれ聞いている暇はなさそうだった。軍がM&Iとの持ちつ持たれつの関係を切って、支配下に置こうと動いているのは知っていた。そもそもの依頼が、君が軍に捕まるのを阻止するのが目的だからな』

『結局大した話は聞けなかったが、唯一、君がすでにラーホール駅に向かっていることだけは聞き出すことができた。ハサン? ああ、その人にはずいぶんと疑われたな。君の担当だったのか。彼は何もしゃべらなかったよ。むしろ彼に追い出される形で社を出た。こうなったらとにかく君の特徴に一致しそうな人物に声をかけるしかない。そうして君に声をかけたんだ』

 それで知っていた特徴からバルナを見つけて声をかけたはいいが、わざわざフルネームで訊ねようとして姓を忘れてしまっていたのは、失敗だろう。ミーナの姓なのに、ウィルは覚えていなかったのか。妙なところが抜けている。ハサンが見たウィルの素振りも、相当に怪しかったのではないか、と思う。

 ともあれ、帝國人メトロポリタンの探偵で、なのに奇械MAG嫌いで、それでいてミーナの友達というよくわからない男がウィルだった。

 ミーナからの手紙もそうだが、ウィルが案内人としてどこまで頼りになるかもわからない。しかし手がかりが他にないのだし、ウィルに頼ってばかりいるわけにはいかない。これは自分の問題なのだ。それはウィルも同じ気持ちだろう。そして、ミーナを気に掛ける、その思いも同じのはずだ。

 バルナはウィルにミーナのことをあれこれと尋ねた。

『ウィルはミーナの昔のことを知っているんでしょ?』

『ああ、昔のことはな』とウィル。少し面倒そうな口調になる。

『必要か?』

『うん。ウィルは、ミーナがどうしてM&Iにいたのか知ってる? なんで奇械MAGの研究をしてたのかは? インディアに来たわけは?』

『まあ、俺にわかる限りでは話せるが……直接イルミナに会って聞くのはどうだ?』

 それはそうなのだが、ウィルの口から聞くことに意味があるとバルナは思っていた。

『ウィルの目から見たミーナのことが知りたいんだ。それに言ったけど、ミーナもあんまり昔のことは話したがらなかった。ふつうに暮らせていたときはそれでもよかったけど、今は、知っておく必要があると思うんだ』

 そう言って、ウィルの目を覗き込むように見てやった。大人は結構、これに弱い。

 ウィルも面倒そうな態度は崩さなかったが、少しずつ話をし始めた。

『あいつと俺と、それとルーファスって男がいて、いつも三人でいた。海軍に所属していたころだ』

 ウィルが元軍人……無条件にこみあげてくる軍人への嫌悪感を、バルナはこらえることにした。いきなり話の腰を折るのは嫌だった。

『俺はストリートのチンピラ同然のガキだったところを拾われて。ルーファスは工兵の候補生上がり。あいつは俺と同じ救貧院出身だったこともあって馬が合った』

 救貧院には親や家のない貧しい子供たちが集められ、強制的に過酷な労働を強いる施設で、ウィルもルーファスもそこから自分の力で這い上がってきたのだという。インディアにも貧困はある。旧市街の小路クーチャには乞食や身よりのない子供や老人がたくさんいたが、そのような施設に入ることを強要はされなかった。

 世界の頂点として栄華を極めているように見える大英帝國にも、そうした影の部分があるのか、とバルナは衝撃を受けた。

『ロンデニウムを実際に見てみるとよくわかる。帝國の栄光なんて外面の内側がどんなものなのかがな』

 ウィルはそう言ったが、話がそれたと言って、それ以上、救貧院については触れなかった。

『イルミナは特殊だった。軍に来る前は織物の仕事をしていたんだが、服のことよりもその道具の奇械MAGの扱いに才能を見せたそうだ。その才能は十になるころから発揮していたらしい。イルミナが調整した奇械MAGだと、まだ奇械MAGを毛嫌いしていた上流階級アッパークラスのお嬢様方も欲しがるような素晴らしい生地が織れたんだという話だった。そのまま織機づくりで暮らしは安泰のはずなのに、イルミナはすぐに織機に興味を失い、別の奇械MAGの改良に取り組んだ。発明すること自体が楽しみな天才だな』

 バルナの知っているミーナとぴったり一致した。昔からそうだったのかと、バルナは少し可笑しかった。

『女だったこともあってずいぶんとつまらないことを言われたりもしたらしいが、イルミナはそれを気にすることはなかった。気にしている暇もないくらいに奇械MAGが好きだったみたいだな』

 自分のことを言われているようで、バルナは嬉しくなった。変な顔をしていないか気になったが、少なくともウィルにはそう見えていないようで安心した。

『ともかくあいつはその腕を買われて海軍の研究室入りした。言っておくが、兵器づくりに加担していたわけじゃない。あくまで船や食料、服に医療とか、なにかと遠征の多い海兵たちの補助としての奇械MAGの開発研究というのが名目だった。そこにルーファスは現場での奇械MAG整備の工兵として、そして俺は現場でその奇械MAGを運用する実験兵として加わった。まあ貧民上がりの兵隊だ。当時はまだまだ怪しい道具という印象が一般的だった奇械MAGだ。使い捨ての実験台として選ばれたんだ』

 当然、そこで疑問が浮かんだ。

『ウィルはそのときは奇械MAGを使っていたの?』

『そうだ。俺が奇械MAGを信用しなくなったのは、その軍での実験台になったからだ』

『嫌なことって……』

『このころの奇械MAGはまだまだ今のものに比べるとずいぶんとチャチな代物だったんだ。理由は様々だが、一番大きかったのはスペラの働きが小さく、不安定だったことだ。エネルギーの供給源が不確かなままだった。それについで、スペラの記述法がいまほど整備されていなかった。記述者の腕の良し悪しに、スペラの質が大きく左右していた。俺はもともとあまり奇械MAGを信用しちゃいなかったんだ。その点は今と大きくは変わらない。それよりもだ、問題は奇械MAGやスペラそのものにあるわけじゃない。問題は、奇械MAGやスペラが人をおかしくしちまうことだ。

 不安定な奇械MAGだが、それでも現実にできないことをやってのける可能性に満ちた道具には違いなかった。その魅力に取りつかれちまう奴が必ず出てくるのが奇械MAGだ。それは今も昔も変わらない。結局、軍の連中は次々と危険な実験を指示するようになった。実験台として用意されるのも、俺たちが元いた救貧院の子供たちみたいな弱者ばかりだった。俺たちは軍を抜けた。

 軍を抜けたあとも監視付きの生活で、不自由だらけの日々になった。そんなことで俺はすっかり奇械MAGに関わるのが嫌になった。それでロンデニウムでも最下層の掃き溜めにたまった連中相手に探偵業をすることで食ってる。だがイルミナとルーファスは違った。あいつらはそれでも諦めないで奇械MAGを多くの人が役に立つものにするって決意を持っていた。もうそのころには俺はあの二人とは縁が離れていたよ。やがて二人はM&Iを創業した。

 俺ができる昔ばなしはこれくらいだ。あとはあいつに、イルミナに会って聞いてみるしかない。M&Iでうまく言っていたはずのあいつが、君をここまで育て上げたあいつがなぜ、突然姿を隠さなきゃならなかったのか、そのあたりをな』

 そこまで語ると、ウィルはもうおもむろに腰かけから立ち上がり、個室を出ていった。さすがに疲れたようだった。嫌な過去を思い出させてしまったと思った。

 それでも聞いてよかったとバルナは思った。ミーナが姿を消したのは、やっぱり軍との過去が関係しているのだろうか。M&Iは軍と協調関係にあったが、それはミーナとルーファスというその男性の過去が関係しているのだろう。今回の件も、そのことが何年も経った今になって問題になった……のだろうか。

 そのとき、バルナは一つの事実に気が付いた。

 飛び上がるほど驚くことだった。

 ルーファス。そうだ。ルーファスと言えばM&Iの今の社長。ルーファス・ブラッドフォード卿のことだ。ミーナが社長とそこまで深い関係だったなんて。そしてさっきまで目の前にいたウィルもそうだ。

 そして自分はそんな3人の関係者ということになる。

 帝國軍が自分を確保しようとしているのは、そのためか?

 そう思ったとき、また別の疑念が、それも、とても大きい疑念が湧いた。

『僕がM&Iに入ったのは、本当に僕自身の意思なんだろうか? ミーナは社長と深い関係にあった。ミーナは素っ気ないフリをして、実はその裏で社長と二人で僕の進路を決めたりしていたんじゃないのか……? 僕は本当に偶然ミーナに拾われただけの孤児なのか……?』

 疑念はバルナの体中に染み渡り、全身を震わせた。

 寒い。そんなはずはないのに、バルナは強い寒気を感じた。体中の血が凍りついてしまったようだった。

 だが、バルナは気を取り直すと両膝に力を入れてぐん、と立ち上がった。体の震えを武者震いに変える。

『今は何を考えても推測にしかならない。やはりウィルの言う通り、ミーナの話を聞こう。それからだ、全部』

 バルナは自分の頬をぴしゃりと叩くと、自分も個室を出た。外の空気を吸いたかった。周囲の空気をきれいにするスペラもあったが、使わないことにした。すでに奇械MAG技術の塊のような大陸横断鉄道の列車に乗っていて今さらだが、ウィルの話を聞いた後だと、なんでもかんでも奇械MAGに頼るのはやめようと思えてくるのだった。

 それでも、奇械MAGが好きなのは変わらないけれど、と心の内で付け加えつつ。



         * * *



 監視られている、と感じた。

 バルナは気づいていないだろう。

 気配を消すのがうまい。

 しかし奇械MAGを使っている様子はない。

 俺と同じ非現実主義者アンリアルか、とウィルは推測する。

 軍ならば堂々と人数を集めて確保に来そうなものだが、別の思惑を持つ人物が動かしているだろうか。それとも……。

 だが、視線はすぐに消えた。

 こちらが察知したのを、向こうも察知したか。

 やはり手練れだ。

 追うべきか。

 少し思案したが、追うのは止そうと決めた。

 今、こちらが行動を起こせば相手を刺激することになる。列車の車中では、こちらも向こうも逃げ場が限られる。いざ衝突となったときに、乗客を巻き込んだり、バルナを逃がす場所がなかったりと、危険が大きい。

 ともかく今はバルナに手出しができないようにだけしておこう。

 なるだけ不自然でなく動きだし、バルナと合流するべく先頭車両に向かった。

 案の定、バルナは車窓からロンデニウムの町並みに目を輝かせていた。無事なようで安堵する。

「なんだよ、ウィル、その表情。あ、そうか、田舎者だって馬鹿にしてるんでしょ」

 バルナが思わぬ理由を口にしてこちらをにらみ、頬を膨らます。

 その様にまた思わず息を漏らすと、バルナはふん、とそっぽを向いて、再び外の景色を向き直す。何を言っても言い訳のような言葉しか浮かばないので、とりあえず同じ景色を見ることにした。

 駅ではイルミナが遣いに選んだ人間が待っているはずだ。果たしてそいつは本当に俺たちをイルミナのもとに連れて行ってくれるのか。

 軍はバルナを狙っているはずだ。包囲網を潜り抜けるのは容易ではないはずだ。

 そして俺たちを監視している人物の思惑は何か。

 長く短い幕間は、まもなく終わりを告げる。

 その終わりを告げるように、列車は警笛を上げて、駅のプラットフォームへのその体を滑り込ませて、止まった。

「降りるぞ。バルナ、ついてくるんだ」

「子供扱いはよしてよ、ウィル。僕は保護されてるわけじゃないんだ。ただ、ロンデニウムには詳しくないだけで」

「あまり声を上げるな。目立つ行動は避けるんだ」

 小声で言うと、バルナはすぐに表情を引き締めた。

 大丈夫だ。バルナには俺にないものを持っている。

 きっと、よき相棒を勤めてくれるはずだ。

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