第一章 5
13 years later 1870(十三年後 一八七〇年)
"Imperial Century"(「帝國の時代」)
――British Empire(大英帝國)
Londinium(ロンデニウム)
Docklands(ドック地帯)
世界を統べる大英帝國の古都、ロンデニウム。
百年の昔、かのドクター・「文豪」・ジョンソン氏はこの街のことをこう言ったそうだ。
ロンデニウムには人の生が与えうる全てがあると。ロンデニウムに飽きた者は人生に飽きた者だ、と。
どうだろうか。
俺は人生に飽きたなどということはないが、この街には少々飽き飽きしている。
なぜなら俺にとってこの街から得られるものは、そう多くはない。
失うこということもまた、得るべきものの一つというのなら、話は別だが。
ここにはすべてがあるとジョンソン氏に言わしめるのは、まず何を置いてもこの街にあふれる
かつて、この国の産業を大きく変えた機械。
対して、
奇跡のごとき技術の仕掛け、それが
巨大な物体、重い物体を触れることなく動かす。
ないものをあるように見せ、あるものを見えなくする。
遠く離れた場所に光や音、匂いまでを伝える。ケーブルは不要だ。登場し始めたばかりの電信・電話の可能性を、
燃料なしに物を燃やし、どうしようもないほど汚れたテムズ河の水をろ過もせずに浄化する。
あらゆる機械からエンジンをなくし、同時に騒音と排気という害もなくした。
目が覚めたのはすでに夕刻を回ってのことだった。まだ体から酒が抜けきっていないのがわかる。昨夜はずいぶんと飲んだ。マットレスが潰れてもはやクッションの役目を果たしていないくたびれたベッドから体を起こす。ベッドがきしむ音を立てるのと同じに、俺の体もきしんだように固く鈍い。けだるい体をひきずって少しでも外の空気を感じ取ろうと窓に近づく。
窓の向こうに夕焼けに煌めくテムズ河、そしてそこを埋め尽くす船が影となって見える。テムズ河を隔てた向こうには、高層建築の数々。ここは五階建てのアパートの一部屋。この場所を事務所として借りるようになってから三年が経つ。
余談ではあるが、労働者に安部屋を提供するアパートだが、かつてはせいぜい三階建てだった。それがたやすく高層の建物がつくられるようになったのも、
海軍を抜けてずいぶんになるが、今でも水や船が生活の側にあることを好んでいる。それに水辺というのは人の出入りが激しい。俺のような生業の人間には打ってつけでもある。
俺はウィル。今は探偵をしている。
同業の間では『
つまり、
神の奇跡、おとぎ話のような非現実が実現する。それがロンデニウムの、大英帝國の、そして帝國が手中にしようとしている世界の現実だ。
現実に起こりえないことが現実になる。それが現実。その現実を受け入れられないやつは
そんな俺への最大級の皮肉が、『
そして今の俺は持たざる側だ。この部屋には
同じ持たざる側である
今や世界で最も進歩と繁栄を極める都市・ロンデニウム。
富と権利を独占する政治家や資本家、貴族たちに、
それがこの街の現実だ。少なくとも俺は、
ここ、ドックランドはロンデニウムの玄関口の一つだ。その名の通り、いくつもの会社がここでドックを運営している。海からの訪問者たちの受け入れ口であり、逆にロンデニウムから海の向こうへ行く連中の出発地点でもある。
船着き場に倉庫、造船所、市場、工場に、労働者や移民の住居。さまざまな施設・建物が密集しており、昼夜を問わず常に人や物資が動いている。ガス燈、電燈、
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