8話 2次選考

 一次選考を通過すると、周りからの反応も目に見えて変わった。


「すごいじゃんリカ。うわー、仕事がなかったら見に行きたかったのに~」


 自宅のリビングでは、妹の怜那がむ~っと唇を結ぶ。


「怜那が来たら主役が変わっちゃうって」


 リカは苦笑したが、


「怜那の歌う姿勢を参考にさせてもらってる。堂々とステージに立つ姿勢が好きだから」

「そう? 照れるな~」


 リカのバンド活動を応援してくれている両親も、選考通過の朗報に喜んでくれた。

 家族の反応のほか、高校でも、


「新橋さんすごいじゃん、もしかしてメジャーデビューある?」

「次、見に行っていい? あの【ストロベリー・シロップ】も出るんでしょ?」


 あまり関わったことがないクラスメイトからも話しかけられたりした。


「応援ありがと。私もなこも、次に向けて順調だから」


 自信を持ってそう言えた。曲のクオリティも、演奏も、何もかも。


 そして二週間があっという間に過ぎ、十月九日。


 東京と大阪、それぞれの会場で二次選考が行われ、本選への通過バンドも当日発表される。東京の会場となるライブハウス『SeacretHouseシークレットハウス』のキャパシティは三〇〇人程度で、十七バンドの演奏が三時間かけて行われる。


「二次選考ともなると知ってるバンドが多いなぁ」


 顔馴染みでも見るように、なこは控え室の面々を眺める。


「あそこの【colorsカラーズ】は雑誌で特集されてたし、【ドリーマーズトレイン】も関東ローカルのテレビに出てた。それに――……」

 リカが目を配らせたその先で、銀髪の映える女子高生がメンバーと話している。


上原うえはら瑚南こなみさん率いる【ストロベリー・シロップ】だね。西の【ドラマティックピエロ】と並んでの、グランプリの最有力候補と言われてるバンド」


 まさに女王だ。緊張など窺わせず、自分たちこそが最高のバンドだと知らしめるオーラが溢れている。


「リズは三番目か。トリが【ストロベリー・シロップ】だって。なんとか印象に残るような演奏にしないと」

「うん」


 一次選考とは違い、二次選考での演奏順はあらかじめ決められている。予選順位が低かったバンドからだそうだ。


「一次での順位が低かったからって、まさか諦めてない?」

「なわけないでしょ。この二週間で少しはレベルアップできたから」

「前回ほど緊張してないみたいだし、期待してるよ。もちろんあたしにも期待してね」


 選考開始の三十分前になり、リカは一度外の空気を浴びに行く。自販機で買った無糖の缶コーヒーを飲みながら集中力を高めていると、


「こんにちは」


 自分にだろうか。リカが振り向けば、


「どうも。こんにちは」


 【ストロベリー・シロップ】のボーカル・上原瑚南がそこにはいた。


(私に? 面識ないのに。気にかけるなら他のバンドじゃないの?)


 心中で思っていると、瑚南はリカの疑問に対する答えを明かすように、


「【パラレルタイム】の解散にも驚いたけど、なこが未経験者あなたと組んでいたのはもっと驚いたわ。どういう経緯があってリズを結成したの?」

「経緯、ですか? バンドを解散した理由は知らないですけど、なこが暇してた私に声をかけてくれたんです。最初は友達に声をかけてたみたいなんですけど、全員に断られて。私が五人目です。私に声がかかったのは偶然が重なった結果ですけど」

「そういうことね。納得したわ」


「なこを知ってるんですか?」

「ええ、有名だったから。【パラレルタイム】は知らなくても、なこは知られるくらいに。今は少し落ち着いたけど、外見が目立っていたのもあって」

「そうなんですね。私、前のバンド時代のなこは知らないから」


 つくづくなこのすごさを思い知らされる。まさか、あの【ストロベリー・シロップ】にも注目されているとは。同時に、なこの隣にこんな素人がいてもよいのか、少し懐疑的に思ってしまった。


 後ろを振り向いた瑚南は、


「私は最高のメンバーを揃えられた。このコンテストはあくまで通過点よ」


 きっぱりと宣言して、ライブハウスへと戻っていく。


「すごい自信」


 リカは瑚南の背中を遠目に見ることしかできなかった。


 ――彼女の自信の意味を、この後で思い知らされることになる。


 定刻の十四時になり、選考が始まった。三組目、出番になると、リズは演奏を披露する。――演奏後、一次選考での反省を活かせた歌唱ができたとリカは満足した。なこも満足げな表情で、観客の盛り上がりも、審査員の反応も悪くはなかったと思う。

 しばらく控え室で休憩していると、


「リカちゃん、選考見に行かない?」

「いいよ、行こっか」


 すでに十組の演奏が終わっており、観たのは十一組目の【もんた~じゅ】から。会場の最後方からなこと並んで演奏を観るリカは、


「さすがに技術が高いバンドが多いね」

「うん、基礎ができてる。練習の跡が見えるかな」


 ボーカルを経験して改めて思う、他バンドのボーカルの歌唱力。ただ歌がうまいのではない。“バンドのボーカル”としてのうまさ。


(本当に……勝ち上がれるのか?)


 胸に掠める一抹の不安。

 そんな気持ちを抱えたまま、本日トリのバンドがライトを浴びた。


 ――【ストロベリー・シロップ】。


 ボーカルの上原瑚南とベースは女で、ギター、キーボード、ドラムは男。東京の高校生の中で評判の高いメンバーを集めた、いわば“オールスター”という表現は、雑誌のコラムに載っていた評価。

 演奏が始まる。イントロはない。


「…………ッ!?」


 リカは目を見開いた。静かな歌い出しなのに、瑚南の歌声を聴いて。

 綺麗だ。全く濁りがない。CDの音源を流しているのではないかとすら錯覚した。まさしく歌姫。歌が天職。

 ロック調の曲は次第にテンポを増す。ボーカルに負けずギター、ベース、キーボード、ドラムの演奏も光る。バンドが奏でる凄みを感じ、突風のような圧があった。

 ふいに、リカは初めてライブハウスに行った時のことを思い出す。その頃は音楽に興味がなく、億劫に思いながらも父に付き添ったライブ。あの時も、こう思った。


 ――ああ、カッコイイ。自分もあの場で――……。


 曲が終わるまで、リカはただ【ストロベリー・シロップ】の演奏を聴いて、


「――負けた」

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