5話 ”売れる”バンド

 リズを結成して初の合同練習となった。放課後、空き教室に集まったリカとなこ。学校備品のミキサーやパワーアンプ、スピーカーを配備して準備は完了。


「どう、曲は覚えてきた?」

「うん、とりあえず歌詞とメロディは覚えた。歌えると思う」

「予習ありがとう。じゃ、練習開始といきますか。あたしが弾くギターに合わせて歌ってみて。それに慣れたら打ち込み音源を流していこう」

「わかった」


 そうしてなこの弾くギターに合わせてリカは歌う。しかし“歌う”という行為は音楽の授業やカラオケなどで経験あるが、バンドのボーカルとそれとは訳が違うことを思い知らされる。


(歌、下手だな。カラオケみたいにエコーがかかれば誤魔化せるけど、バンド演奏だとそうはいかない。当然メロディは楽器で補完されないし。ほんと……難しい)


 練習を進めるたび課題に気づかされていく。本番まで二ヶ月、大丈夫だろうか?

 休憩時間。リカの不安げな表情に気づいたのか、なこはリカの肩を叩いて、


「最初からうまくいくはずないって。大丈夫、二ヶ月かけて仕上げていこうよ」

「そうだね……」

「ボーカルって難しいでしょ? あたしも最初は歌えなかったもん。いやー、カラオケではそこそこだったんだけど、いざ生楽器に乗せて歌うとあれ? ってなっちゃって」

「なこもそうだったんだ。それを聞いて……安心したかも」


 練習再開。だが、リカはふと、


「ねえなこ、一つわがまま言っていい?」

「なになに?」


 曲を渡されてから今日に至るまで、リカが密かに抱えていた思いをなこに伝える。


「曲……なんだけどさ、しっくりこないというか……。いや、演奏を仕上げられたとしても、この曲で人気になれるのかなって」

「つまらない曲って言いたいわけ? あたし作詞作曲の、この歌が?」

「ごめん、気分悪くさせちゃって。ただ、その……」


 しかしなこは決して怒らず、冗談めかしく笑って、


「意見は歓迎だよ。むしろ遠慮せずに言ってくれるほうが助かるし」

「ありがと。改めて言うけど、この曲で審査員の気は惹けないと思う」


 ロック調のアップテンポな、観客の前で演奏したら盛り上がりそうな曲だとは思う。しかしキャッチーさには欠け、耳には残りにくい。リカ自身もメロディを覚えている時、頭に入りにくいとは感じていた。


「いろんな曲を聴いてきて思うことなんだけど、バンドが売れる売れないの一番の決め手になるのは曲なんじゃないかな。曲がいいから売れるし、いい曲が弾けなくなったら、いくら演奏力が優れてても売れなくなる」


 リカの意見はコンテスト側も承知しているのだろう、ルールとしてメンバー作詞作曲のオリジナル楽曲(ただし編曲は外部の協力OK)を演奏しなければならない。おそらく楽曲制作能力を図るためのルールであり、安定して売れるためには必須の要素だ。


「これでも前のバンドで一番人気の曲だったんだけどな。どうしようか?」

「なこ、私が作曲した曲を使うのはどうかな? ほら、中学時代に作曲にハマッてたって言ったでしょ。あの頃に作った曲なんだけど」

「リカちゃんの? んーまあ、聴いてから判断……しようか」


 リカの提案になこは苦笑い。何年も間近で音楽に携わってきたなこを差し置いての提案なのだ。苦笑いをされても仕方がない。それでもリカは自作曲を聴いてほしかった。ジャンルや年代を問わず何万という曲を聴いてきたうえで、優れた要素をかき集めて描いたメロディを。

 リカのスマートフォンに保存されている曲を聴くため、半笑いでイヤホンを耳に差したなこは、


「…………」


 次第に顔つきが真顔へと変化していく。その様子を、固唾を呑んで見守るリカ。自作の曲を他人に聴いてもらうことは、実は初めて。あくまで自己満足でしていた趣味で、曲を公開したことはない。


「……、いい」


 ぽつりと、なこは口にすると、


「いい!! すっごくいい!!」


 目をまん丸に見開き、リカの両肩を掴んでそう言い放った。


「お、おお……っ」

「リカちゃん、プロ? いや、ほんと高校生離れしてるってば! 天才だって! あー、リカちゃんに物足りないって言われた理由がわかった」

「いや、こんなに絶賛されるとは思わなかったけど」


 うまくいかない現状に戸惑い悩みつつも、未来を切り開こうというコンセプトの曲。爽やかながらもどこか切なく、耳に残るキャッチーなメロディに仕上げた自信のある一曲だ。


「他の曲も聴きたいな。ねえ、聴かせてよ」


 リクエストに応えて、何曲かなこに聴いてもらい、


「今からリカちゃんの曲で挑むとなるとあたしもギターの練習が大変になるし、アレンジも考えないといけない。でも、それだけの価値は絶対にあるよ」

「去年の本選、動画で見たよ。演奏に力を入れたバンドが多かったけど、曲はいかにも高校生バンドって感じだった。やっぱり【gionギオン】の曲が抜けてて印象に残ったかな」

「歌唱や演奏で他に勝つのはさすがに難しいから、リズの魅力は楽曲にアリ。それを伝えたいね。おお、あたしたちなりの売れるスタイルが見えてきたかも。リカちゃんの才能を見せつけてやろうよ」


「けど、詞はなこが書いてくれない? メロディは駄目出ししちゃったけど、歌詞はすごく好き」

「そう? そういえば作文コンクールとかいっつも表彰されたっけな。別に文章の練習とかしてなかったのに」

「天才なんじゃないの? 『ノートの隅に走らせた未来の僕は~』の詞が特に好き」

「照れるな~。あ、せかっくだしリカちゃんの想いとかを詞にしてみたいな。バンドを結成した時に感じたんだけど、何かを変えたい気持ちがリカちゃんから見えた気がしてさ」


「まあ……否定はしない。私の想いを詞にしてくれたら、歌にも気持ちがこもるのかな」

「そりゃあなんたって自分のことだから」

「じゃあお願いしようかな。考えを整理してくる」

「了解。よし、まずは曲作りからやってこうか。やること増えるけどいい?」

「問題ないよ。逆に楽しみが増えたくらい」



「う~ん、なんか違う」


 家族共有のノートパソコンを私室で開いて、ディスプレイの譜面と睨めっこをするリカ。いわゆるDAWと呼ばれる音楽作成用のアプリケーションで、ピアノの打ち込みを奏でながら、数年前に作曲したメロディの改良をする。作曲に関する知識は中学生のころに本やWEBサイトで習得し、ピアノを習っていた経験もあり楽譜に対する抵抗もない。


「フリーも悪くはないけど、いつか有料のソフトを使いたいな」


 そんな独り言を口にしがら、ピアノロールを調整してメロディを流す工程を繰り返す。時には鼻歌でイメージを固め、それをメロディに落とし込む。何がいいか、何が悪いか、直感と脳内の音楽データベースを頼りに。悩んでなかなか進まないこともあるけど、


「ふふっ」


 なこが書いてくれた詞を読んでモチベーションを保つ。ここ一週間は歌唱練習と平行して曲作りも行い、先日はなこにインタビューされる形で悩みや想い、コンテストに懸ける気持ちを包み隠さず伝えた。するとなこは『どこか遠い惑星ほしで別れた友を探すために宇宙を目指す少女』という題材で、リカの想いを詞として表現してくれたのだ。


 曲のタイトルは『マジック・プラネット』。


 ストーリー仕立ての詞は本当に素敵で、何度でも読み返すし、自分が作曲したメロディに乗せて歌いたい気持ちにもなる。


「そうだ、せっかくだし曲を投稿してみようかな」


 十数曲のストックを動画共有サイトに投稿してみた。歌詞はなくメロディだけのため、再生数は伸びないだろが。概要蘭に『Ri'sのリカ作曲』という文言も載せた。少しでもリズの名を広められたら、今はそれでいい。


 リカは再度譜面と向き合い、


「だったらこうしたら――……」

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