4話 結成

「お、来た来た」


 行きつけのカフェに着くと、莉南子はすでに店内の一角で着席していた。


「誘いに乗ってくれてありがと。これでようやくスタートだ」

「どういたしまして」


 莉南子の前の席に腰掛けるリカ。

 結論から言うと、莉南子の誘いに承諾した。承諾メッセージを送ったら待ち合わせ場所をリカに委ねられたので、こうして行きつけのカフェで集合したわけだが。


「あれ、他は?」


 バンドというからには、少なくとも莉南子の他に誰かいるだろうと踏んでいたが、


「あたしだけだよ。メンバーはあたしとリカちゃんだけでいくつもり。ま、その辺のことも打ち合わせしよっか。と、その前に、まずは自己紹介だね」

「そうだね。お互いのこと、まだよく知らないから」

「あたしは赤坂莉南子。ちょっと前まで【パラレルタイム】ってバンドのギターボーカルをやってて、周りからは“なこ”って呼ばれてる。気軽になこって呼んでね」

「逆に莉南子って名前なのを最近知ったよ。なことしか呼ばれてなかったから」

「家族もなこって呼ぶからね。莉南子って呼ばれることはほとんどないかも」


 あはは、となこは苦笑する。


「私は新橋理華。バンドの経験はないけど、小学生のころに三年間ピアノを習ったことがある。それと中学のころかな、作曲にハマッたこともあった。音楽を聴くのはずっと好きで、曲やアーティストの知識には自信があるよ」

「へぇ、音楽については全くの初心者ってわけじゃないんだ。結果オーライかも。じゃあ自己紹介が済んだら……、コンテストの概要をおさらいしとく?」

「一応予習してきたけど、そうだね。目標になるものだし」


 なこは手元のスマートフォンにコンテストのHP《ホームページ》を映し、リカに概要を説明する。


 ――『第3回 Teensティーンズ Musicミュージック Survivalサバイバル』。大手音楽プロダクションのアイ・シー・エンターテイメント、および楽器販売店のACXエーシーエックス主催の、音楽の才能に溢れる“売れるバンド”の発掘を目的とした全国規模の高校生バンドコンテストだ。なんと言ってもコンテストの目玉は、グランプリのメジャーデビューが確約されていること。毎年九月から十月にかけて予選が行われ、


「予選の一次選考が札幌、仙台、東京、名古屋、大阪、福岡の六都市で、二次選考が東京と大阪の二都市で開催。そして本選がテレビ局のスタジオって段取りだよ。去年のエントリーが四〇〇組くらいだったから、今年は五〇〇組くらいエントリーするのかな」

「本選に進めるのは二次選考を通過した五組と、プラスワン枠の一組だっけ」

 つくづく狭き門だと思う。予選開始まで残り二ヶ月弱、一次選考を突破できれば御の字といったところか。一次選考でさえ三十組まで絞られるだろうし。

「やるからにはグランプリを目指す、あたしはそのつもりだけど?」


 リカの弱気を見透かしたような拍子に、なこは長めのまつげを光らせ、少しばかり挑発的に言う。


「わかってるって、半端な結果はいらない。で、二人しかいないけど、パート分けはどうするの? なこが前のバンドと同じようにギターとボーカルやって、私がキーボード?」

「ううん、ボーカルはリカちゃんに任せたいな。あたしはギターに専念したい」

「私がボーカル? なこのほうが歌うまそうだけど、いいの?」


「うん。元々ギターに専念したかったんだけど、前のバンドでは誰も歌いたがらなかったから兼任してたんだ。それにあたしの持論なんだけど、一人がパートを掛け持ちするんじゃなくて一つに専念したほうが、メンバーのキャラが立つんだと思う」

「なるほど。メンバーを二人に絞った狙いがわかった気がする」


 要はボーカル一強を避けたいのだ。基本バンドにおいて最も目立つのは、ギターでもベースでも、ドラムでもキーボードでもなく――、ボーカル。もちろん例外はあるが、リカが知る限りボーカル以外が目立つバンドが少数派なのは確か。特にメンバーの数が増えるに比例してボーカルの影が濃くなる傾向にある。


「キャラが立つ構成を考えたら一人一役の二人が最適じゃないかな。それぞれがボーカルとギターに専念すれば二人とも目立てるんじゃないかと考えるワケですよ」


 純粋に演奏力を求めるのであれば、なこの案は間違いなく不正解だ。しかしコンテストの意義は“売れるバンド”の発掘。


「売上を追求すると“商業バンド”なんて揶揄されるけど、それが悪いとは思わないんだよね。たしかに音楽を芸術として捉えたら抵抗あるかもしれないけど、多くの人に音楽を届けるために売上を追求することは悪いことじゃない。リカちゃんはどう思う?」

「そのとおりでしょ。趣味ならともかく、プロになる以上はセールスから逃げられないし」

「お、気が合うね。もしかしてあたしたち相性いい?」

「それはどうだか。で、ギター以外のパートは打ち込み?」


「そのつもり。コンテストの参加条件もボーカルと一つ以上の楽器演奏があれば、だし。打ち込みもOKみたい。ま、練習期間が短いって制約がある以上、演奏以外で勝負することになるね」

「実際、演奏力で売れ続けてるバンドがどれだけあるのってハナシだし。演奏力で注目されても、それだけだとあっという間に消えてくから」

「そうそう。おっと、話を戻すけど、リカちゃんにボーカルを任せていい?」

「……、高校生のカラオケレベルだけど、いいの?」

「問題ナシ! クールでかわいい顔してるしさ、歌ってれば様になるっしょ!」

「か、かわいいって……っ」


 思わぬ言葉を前に、リカは赤面してうつむく。


「反応かわい~。意外に照れ屋さん? いや、冗談抜きでルックスはよくない? ナルシストじゃないけどさ、顔には自信あるんだけど、リカちゃんあたしに負けないくらい顔整ってるし」

「んまあ顔は……妹にも負けないと思ってる。愛嬌は全く勝てないけど」

「バンドに愛嬌なんかいらいないよ。つまりクールになれるってこと、でしょ?」


 と、ウインク決め顔のなこは、これでもないくらい愛嬌に満ちている。


「それなら……いいけど」


 ここまで褒められることは珍しいのでリカはたじろいだ。


「ボーカルの件は、わかった。引き受けるよ。歌の練習頑張るから」

「あたしもギターで引っ張っていけるように頑張りますので。お世辞にもうまい部類じゃないから」


 パートが決まると、なこから曲を提供されるリカ。なんでも前のバンドで一番人気だった曲だそうで、この曲でコンテストに挑みたいそうだ。その曲で歌唱の予習をしてくることをリカは約束する。

 あ、そうだ! と発したのはなこで、


「バンド名どうしよっか? エントリーの締め切りが近くて、急で申し訳ないけど今から決めていい? 決まらなかったら【リカとなこ】でもいいけどね」

「ええ……、クールはどこにいったの? 売れるためにはバンド名も大事でしょ」


 リカは苦笑したが、悩ましげに腕組みをして、


「私、あまりネーミングセンスはないんだよね。なこ、いい案ある?」

「う~ん。シンプルで覚えやすいのがいいとは思うけど。せっかくだしあたしとリカちゃんにちなんだのがいいなあ」

「私たちにちなんだ……。あ、『理華』と『莉南子』でお互い名前が『リ』から始まる。『Ri』が複数だから――【Ri'sリズ】なんてどう?」


 リカがスマートフォンに入力した候補を見せると、なこは花が咲いたような笑顔で、


「サイコー、気に入った! 【Ri'sリズ】で決定!」

「気に入ってくれてよかった。うん、私もこれがいい」


 こうして【Ri'sリズ】を結成したなことリカは、改めて硬い握手を交わし、


「よろしく。目指せグランプリ!」

「こちらこそよろしく。なこの力になれるように頑張るよ」

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