3話 なこ

 ――三週間後。


 いつものように高校へ登校したリカは教室に入ると、


「……?」


 クラスメイトが一斉にリカへ向いたのだ。普段は陰のような自分への想定外な反応にリカは身構えたが、あっと声を出す。

 そうだ! 昨日はテレビで――……。


「ねえ!! 【まどもあぜるⅡ世】の新橋怜那のお姉ちゃんだったの!?」

「そうそう!! 昨日テレビ見ててビックリした!!」


 自宅取材の放送日だったのだ。キー局二十時代のバラエティ番組のため、放送を目にしたクラスメイトは多かっただろう。情報があっという間に伝搬している。


「えっと、その……まあ、そうだけど。ってうわ!?」


 するとクラスメイトが一挙にリカへと押し寄せて、


「サイン頼んでもいい!?」

「オレ、怜那ちゃんの大ファンなんだ!! サイン頼んでくれるか!!」

「あたしもあたしも!! お願い、怜那ちゃんにサイン頼んでくれる!?」


 自分も自分もと、ハイエナのようにサインを頼んでくるのでドン引きしつつも、


「と、とりあえずその話は後でいい? ホームルーム、始まるし」


 キーンコーンカーンコーン。ありがたいタイミングで救いのチャイムが鳴った。

 それからというものの――……。


「はあぁぁぁぁ……、とんでもない一日だって。勘弁してよ~……」


 クラスメイトのほか、先輩や後輩、挙句の果て教師にまで妹のサインをねだられる始末。ぐったり疲れ果てたリカは、顔出しでテレビ出演をした自分を呪う。

 放課後、後回しにしていたサインの件をクラスメイトから問われたリカは、


「怜那に頼んでみる。けど怜那も忙しいから三人まででいい? あみだ作るから待ってて」


 WEBサイトであみだくじを作成し、見事当選した三人は満面の笑みで喜ぶ。一方で落選し残念がるクラスメイトに、リカは冗談っぽく、


「私のサインなら何人でも書いてあげるけど?」


 と言ってみたが、返答どころか誰も聞いていない。


「…………」


 近いうちにサインを持ってくることを当選者に伝えたリカは、逃げるように教室から去った。避難ついでに図書室へ寄って宿題を済ませてから、校門には向かわず、昇降口の脇のベンチに腰を下ろす。夕日がグラウンドに差し、すっかり影が伸びている。部活動で精を出していた生徒も片づけを始めていた。


(はぁ、今日一日で怜那の知名度を思い知った気がする。ついでに一般女子高生わたしとの差も)


 いろいろ腹が立ってきたから、サイン色紙に怜那と偽って自分のサインを書いてやろうかと思案した時、


「あ、怜那ちゃんのお姉ちゃんだ☆」


 本日は“怜那”の名をどれほど耳にしたことか。舌打ち交じりでリカが顔を上げると、意外な姿がそこにはいた。


 赤坂莉南子。


 しかし数週間前にすれ違った時とはずいぶんと印象が違う。


「茶髪じゃなかった? パーマもかけてなかったっけ?」


 茶髪のロングパーマをハーフアップにまとめていた、見るからにギャルな外見だと記憶している。ただ、ハーフアップな型は変わらないが、髪は黒のストレート。リップやネイル、ピアスというギャルの名残はあるため、“清楚系ギャル”とでも評せばよいか。


「まあ、そうだね。気持ちを……入れ替えたかったから、イメチェン?」

「恋人と別れたの?」

「カレシなんていーまーせーんー。バンド一筋でしたし~」


 べぇと舌を出した莉南子は茶目っ気に言い返すと、


「昨日さぁ、テレビに出てたよね? 同級生でいたなーと思ってA組を覗いたら、ああやっぱりって。へぇ、怜那ちゃんのお姉ちゃんだったんだ」

「なに、怜那のサインが欲しいの? ごめん、定員に達しちゃったんでもう無理」

「そうなんだ。それは残念」


 ふん、とそっぽを向くリカ。どいつもこいつも妹目当て。ウンザリだ。


「音楽は、好き?」

「え?」

「部屋でイヤホン付けてたけど、音楽聴いてたんだよね。ラジオだった? けど音楽雑誌が床に積んであったし。音楽、好きなの?」

「好き……だけど。よく……聴いてる。ロックとかも」

「あは、あたしもよく聴く。特に好きなジャンルはロックとヒップホップかな」


 莉南子は裏表なく笑むと、


「――――ねえ、あたしとバンド組まない?」

「バ、バンド? わた……しと?」

「そう、バンド。メンバー探しててさ。新橋さん、音楽好きそうだからどうかなって」

「でも【パラレルタイム】ってバンドを組んでなかった? メンバーの追加? 脱退があったの?」


 すると莉南子はゆっくりと首を横に振って、


「解散した。ちょうど一週間前に解散ライブをしたばかり」

「解散……。そう、なんだ」


 この時リカは『バンド一筋でしたし~』という莉南子の発言が頭によぎる。


「音楽性の違いってヤツ?」

「ううん。理由は、その……。このままだとメンバーが嫌な思いをすることになるんじゃないかと思って、みんなで話し合って。そしたらみんなも同じことを思ってて」


 と、莉南子は語るが、詳細は口にしたくなさそうだ。リカも追求しない。


「でもあたし、バンドは続けたくて。三ヶ月後に高校生バンドのコンテストがあるんだけど、それに出るためにメンバーを探してるんだ。何人かに声をかけたけど断られちゃって」

「コンテストって、【gionギオン】がデビューのきっかけになった、あの?」

「それそれ! あたしメジャーデビューが夢なんだ。どう、興味ない? もちろん新橋さんが初心者なのはわかってる」

「…………」


 リカは押し黙る。

 突然バンドをやらないかと誘われたら、それは当然驚く。いや、音楽は好きだけれども、


(聴くのと発信するのとじゃ、また話が違うでしょ……)


 それでも、断りの言葉も出ない。ショートヘアの毛先をクルクル指で絡める。


「変わる……のかな」


 リカの小さな小さな独り言に、ん? と莉南子は聞き返すも、


「二日、時間くれない? しっかり考えたい。結論を出せたらまた連絡する」

「うん、待ってるから」

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