2話 妹との差

 ただいまの一言を添えながらリカは帰宅すると、


「おかえりー」


 そう返してくれたのは妹の怜那れなだった。リカがリビングに顔を出すと、妹はソファを占領するように寝ころびながら、顔の向きを変えてリカに笑む。


「なんだ、帰ってたんだ。ていうか自分を見てるの? 研究熱心だね」


 テレビに映るのは、先ほどのカフェにて見た、ビルのディスプレイを占領していた【まどもあぜるⅡ世】のセンターの少女。そして彼女は目の前で寝ころぶ妹と同一人物。


「研究しないとあっという間に追い抜かれちゃうし。とーぜんの努力ですよ」

「はいはい」


 一つ年下の怜那は三年前にオーディションでアイドルグループへ入り、今ではグループのセンターに君臨している。身内が芸能人とか、そういったきっかけではない。両親は他の家庭より収入が優れているだけの一般人。アイドルへの純粋な憧れが発端で、小学校を卒業するころに芸能界へ挑んだ勇気はたいしたものだ。

 リカは私室に行こうと妹に背を向けると、


「あのさ、今週末にテレビ局がウチに取材しに来るみたいで、リカも顔出してくれない? 家族を紹介したくてさ。パパとママの許可はもう取ったけど、いい?」

「私が? ていうか怜那が妹だってこと、高校の誰にも言ってないし。騒がれるのが面倒なんだよね」

「なんなら顔をぼかしとく?」

「お父さんとお母さんは顔出すの?」


「出すってさ」

「だったら私も顔出しでいいけど。それに……まあ、ブランドモノの服をくれるから。恩返しはしないと」

「私のお下がりじゃん、それは気にしなくていいってば。じゃ、当日は私のことを褒めまくって顔赤くさせてね。よろしく~」

「はーい」


 そして日曜日。テレビ局のスタッフが自宅を訪れ、怜那のプライベートや家族揃っての食事風景、両親のインタビューなどを撮影する。


「お姉さんのプライベートも撮影してよかったですか?」

「まあ、……いいですけど」


 イヤホンを耳に音楽を聴き、ファッション雑誌を捲る私室での姿を撮影される。部屋を綺麗にする習慣があって助かった。髪は崩れてないかな、変な表情してないかな、など考えながら、緊張しつつも普段どおりの振る舞いを心がける。カメラ慣れしていた妹が今更ながらに遠い存在と思えてしまった。本当に芸能人なんだ。


 『お姉さんにとって怜那はどのような存在ですか』とスタッフから訊かれ、


「たまにケンカしますけど、仲はいいと思います。この前の休みの日も一緒にタピオカミルクティーを飲みに行きましたし」


 普段の怜那の様子を答えてから、彼女への率直な思いをこう口にする。


「アイドルになりたいために両親へ無茶を言った時も自信を持って意見を押し通して、努力家で、夢を叶えて、尊敬してます」


 口から出るのはあくまで本心で、妹を称える言葉ばかり。けれど、心の隅ではそんな妹のことが――……。



 二十時過ぎにスタッフは帰っていった。リビングでは両親と妹が談笑している。インタビューの時に髪にクセがついていたことを父が嘆いていたり、メイクが微妙だったと母が後悔していたり、それにおかしくなって妹が笑っていたり。

 そこにリカはいない。


「日曜日だけど、なんか疲れた」


 ベランダに出て夜風に当たるリカ。闇に溶けたショートヘアが首元を擽る。マンション二十階からの、ビルや他のマンションが連なる夜の摩天楼はいつ見ても飽きない。まったく、煌びやかな世界だとつくづく思う。

 柵に肘を預けながら顔を上げると、雲のない闇夜に星々が散っている。真っ先に一番星が目に飛び込んで、それが今日の妹と重なった。


「怜那は光、私は影」


 妹から譲り受けたブランドモノの服で自らを装飾しつつ、誰にも聞かせない独り言。

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