25 我ら、聖者の列に加わらん

 そのアンゴラ猫の魂は、解放される。時を繰り返すという牢獄から。

 時を繰り返すという、永久の牢獄より。

 最後は、清らかな魂に戻って。最後は、清らかなアンゴラ猫に戻って。

 清らかなる魂は、永久より帰還する。


 「にゃー!」

 優しげに、嬉しそうにアンゴラ猫は鳴く。

 温もりある場所へ帰れる。

 主の元へ、帰れる。

 すっと、アンゴラ猫の姿が透明になっていく。帰還の時。

 その場に響くのは、甲高く喉を鳴らす音。

 残響のように遠ざかれば、その姿は光の粒となって消えていった。

 透き通り、消えるその最中にて、主を失った大剣は空しく音を立て倒れ。

 「!」

 また、他に。残る光のつぶては、不思議と凝集し一つの形を象りだす。

 何かこう、猫の尻尾のような?それっぽいけれど。

 でも違う。 

 そう、鞘だ。男の持つ、刀が収まりそうな。  

 他方。

 男もまた、神様の物語を見て、聞いたのだろう。唖然としていた。

 神様が消え、遺された鞘を見ては、よろよろと立ち上がり、その鞘を手に。

 「!!あつぃ!!」

 「?!」

 しかし、手にした鞘は異様に熱く。 

 何かこう、〝力〟を持っているかのよう。ああ、当たり前か。 

 僕が悟ることには、それは神様の肉体が散った後の、残滓。

 何らかのエネルギーを発していても、おかしくはない。 

 「……。」

 男は、だが、怯んだものの。

 そこは、荒神とやり合ったのだ、熱さなんて、すぐに慣れて。

 再び握るなら、今度は刀を納めるように動かしていく。

 鞘と刀が、口にて触れ合うなら。

 「!」

 その瞬間の時は止まり、琥珀の色へと変わる。

 男は、何事と一瞬戸惑うが。

 そも、元々その刀も、時を遡ってきた剣より生まれたものなのだから。

 不可能ではあるまいて。 

 さらには、神様の残滓と呼べる物も揃っているのだから、可能か。

 我に返ると、するすると刀を直していき。

 「?!」

 合わせて、時も遡っていく。 

 また、遡る、何度も行ったそれを、また。

 だが、違いも。世界が元に戻る最中にて、しかし軸は異なり。

 「!」

 導くか。 

 語られない物語。

 語られる時。

 清らかなる魂は、永久より帰還する。


 この醜悪なる世界、破壊(救う)ために。

 神さびた奇跡の玉よ、謳っておくれ。

 清らかなる魂は、永久より帰還する。

 

 祝詞のような言葉が響き。

 その戻った世界で、男の目に映ったのは。

 神社に似つかわしくない服装の、病弱な少女。

 僕は見たことがある、〝奇跡の少女〟。祈りを捧げて、幸福を願っていた。


 その人物こそ、神様の力が導いた存在。

 その〝奇跡〟を使い、帰還せよと。

 神様からそう言われているようで。


 男は自らを偽り、少女を守るためと接触し、帰還の時を待つ。

 願いを変えることを。

 幸せにあることを。

 少女は男を頼り、共に旅する。

 幸福を望む少女の傍ら、男は帰還の時を待つ。

 いつしか叶う帰還、そう期待を込めて生きてきたのに……。

 だのに、それは叶わない。

 僕のを叶えようとして、自らの手で、殺した。


 一緒に、砂漠の国だろうが。

 戦場だろうが。

 災害のあろうが、少女と共に赴いては。

 願いのための祈りに、旅路をいき。

 いつかは、叶えてくれると信じて。

 だのに、叶わない。

 もう、叶わない、術は失われたのだから。

 物語終わる。

 語られない物語、終わる。男の物語。

 世界は反転し、物凄い回転を見せて。

 

 物語始まる。

 それは、ここまでの僕のもので。

 やがて場面は、僕に向かって、男の放つ、刺突が迫るその瞬間へ。


 「!!!!!!」

 刺突が迫る。

 そう迫るのだ。

 というか、そんな世界にいきなり戻って、果たして僕に何をしろと?!

 何ができると?!

 このままじゃ、僕は貫かれてしまう!

 このまま、萩原桃音に殺されてしまう!未来の僕に!!

 僕は、現実に戻ってきたと思うものの、だからこそ。

 顔を歪めてしまう。 

 今まであった、色々なことと相まっても。 

 こんないきなり、今まで幻覚でも見せられていたのに、いきなり!

 どうすれば?!

 これじゃ、まるでさっきのは走馬灯かよ!!

 どうすれば?!

 ……琥珀色の世界にあって、思考が逡巡する。 

 ――できるでしょ?今のあなたなら。

 「!」 

 折に響くや、神様の声。 

 どこか、残響のように遠く、それでいて、はっきりと心に響くよう。 

 ――あなたは、何を見てきたのかしら?

 「!」

 ――……そう、未来のあなたね。……ということは?

 「!!」

 諭すよう。 

 諭されるなら、僕の心は。

 思考は。

 答えを導き出そうとして。

 ……つまりは……。

 ――できるでしょ?

 「!!……。」

 〝つまり〟を導く前に、声は遠退いて。

 ……全て言わないままに。 

 だけど、分かっていると、思考は告げて。 

 そう。

 あの男が見せた過去において。 

 つまり僕であったのだから、僕だって、……成せると。 

 殺される前に、退けられると。

 ……そうか。

 僕は、目を瞑って。

 きっと、迫る刃を睨んでは。

 「おぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 咆哮して、手を振り、凪ぐ。 

 スローモーションの世界において、凪ぐ先にうねりが産まれ。 

 「?!なんだっ?!」

 突撃姿勢のままの男を、逆方向に薙ぎ払うのだ。 

 男は、いきなりなことにぎょっとして。

 鋭い視線から、理解できないことに驚きを示している。 

 「……っ!」

 だが、相手も〝僕〟である。 

 いや、僕があの男なのだから……。 

 男は、だからと言って、そのまま薙ぎ払われることを良しとするまい。

 宙で反転しては、また切っ先を僕に向けるのだ。 

 流石は、とんでもない修羅場とやら抜けてきただけはあるね。 

 「……。」 

 相手に打ち勝つには? 

 薙ぎ払うとか、先のやれ、大地を歪めるとか、そんなこと。

 驚くことでもないなら。

 相手に、打ち勝つには? 

 「……!」

 ――……!

 何かこう、頭の中に妙な感触を得る。 

 誰かが、指し示すような。

 何事?僕に、何が起こっている? 

 理解よりも先に、事象だけが来る。

 眼前の風景が不意にぼやけて。

 誰もいない、瓦礫の世界に。

 そこにひっそりと佇むのは、一振りの大剣。 

 ああ、神様の……。 

 ――来なさい!〝クロノス・ギア〟!!

 「!!」

 神様の手が伸びて、命じるように。

 僕の手もまた、命じるように手を伸ばす。 

 求めるように。 

 望むように。 

 僕もまた……。

 「来い!〝クロノス・ギア〟!!」

 言葉でも望むように。 

 するとどうだろう。

 静かであった大剣が、蠢いて。

 ――来なさい!〝クロノス・ギア〟!!

 「来い!〝クロノス・ギア〟!!」 

 極めつけに、俺と神様の声がシンクロして。

 同じセリフが口から出た。

 「!」 

 呼応する。

 大剣は、呼応する、その声に、言葉に。

 大地に突き刺さる大剣は、刀身の歯車を回して。

 浮遊するなら僕の手に収まるように。 

 「!!」 

 不意の重さ、思った以上のそれに、つい驚いてしまうが。

 「!!」

 だが、生き残るためには仕方ないと我慢して握り締め、振り上げた。

 空間が揺らぎ、あの、今にも攻撃が始まる瞬間へと。 

 男と対峙している、その風景へと変わって。

 「?!き、貴様!!!それをどこで!!!……くぅっ!!!」 

 やがて再び対峙することになるや、男はまた、驚愕に。

 加えて、悔しさも露にしていた。 

 「言ったはずだ!!!どうせ死ぬなら、あんたを殺してやるって!!!!!」 

 「!!」

 だから言ってやる。

 この対峙の際に言ったことを、また。

 どうせなら、殺してやる。 

 今はその重みも違うだろう。 

 どうせそれでしか、助からないだろう?

 ……萩原桃音。

 「……っ!……っ!」

 嗚咽する?

 絶望に?肩を震わせているが。

 「いいだろう!!いいだろう!!!!!!!貴様も気付いたなら、十分にいいだろうな!!俺もまた、いい加減苛立ちもいい具合だ!!叶わないのなら、いっそうのこと破壊し尽くしてやりたいほどに!!貴様ごと!」

 いいや。

 そんなわけがない。 

 あんなタフな男が、この程度で嘆くわけがない。 

 吠えるさ、吠える。 

 苛立ち吐露に。

 これ幸いと、全力でいくようで。

 「ぬぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 本気になるか。

 咆哮して。

 だから負けじと僕も。

 「うぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 吠える。 

 吠えたなら揺らぐ、空間が。 

 そして2人して、ぶつかる。 

 剣と剣、刃と刃、ぶつかって。

 ぶつかったその瞬間のまま。 

 「!」

 だが、単にぶつかっただけじゃない。

 相手の姿そのままなのに、衝撃だけが幾重にも叩き込まれてくる。  

 それは、神様と対峙した時、男がしたこと。

 一見、一撃に見えるが。

 一瞬にして下がり、揺らいで刺突を繰り返す。 

 目に留まらない、パイルバンカーみたいなこと。

 ……見たことあるがため。 

 だったら、同じことをしてやると。 

 「?!」

 僕もまた、ぶつかるように見えて。

 無限の一瞬にて、大剣を凪ぐことを続けた。 

 刃がぶつかるが、残念ながら質量の巨大な方が上回ろう。

 男は、伝わる衝撃に苦悶が浮かんできた。 

 そして。

 「!!!」 

 鋭い金属音が響いてきたなら、男の持つ刀が、ここにきて負けた。

 折れ飛び散り。

 しかし、僕の一撃は、止まることはない。 

 そのまま、憎らしい男を、凪ぐ。 

 そのまま、……未来の僕であろう男を、凪ぐ。 

 「……ぁ……。」

 小さな息が聞こえて。

 男は、眼前にて横一文字に両断されていく。 

 血は、飛び散らない。

 光の粒が、代わりに飛び散って。

 「……っ!……っ!」 

 男は、ここにきて悔しそうに嘆くか、そのような表情を。

 動く手で、求めるように手を伸ばすが。

 「……消えろ、愚か者。」

 残酷にも僕は、救いを与えない。

 その伸ばされた手さえ、憎らしいものに見えて。

 大剣を翻してはまた、凪ぐ。 

 残酷かな、その様子に救いさえ与えない。 

 残酷にか、男は驚愕の表情を浮かべながら。

 光のつぶてと一緒に散る。 

 

 愚かしき者よ。 

 愚かしき者よ。抗って、抗って。

 また、戻る。

 ……あるべき場所へ帰れ、招かれざる者よ。

 

 語られない物語、語られよ。

 そして、目障りな男を、還せ。

 

 そうした言葉だけが、僕の脳裏に浮かび、……何事もなかったかのように。

 消える。 

 

 「……ぅはぁあああああああああああああああああああああ……。」

 深く、疲労したような吐息で。 

 僕はその場に座り込んでしまう。 

 力が抜けて。

 手にしていた大剣も、滑り落としてしまう。 

 空間に静かに、金属が倒れる音が響いた。

 「……。」 

 激戦の果てに、静けさ。

 この、琥珀色の世界に、何事もなかったかのような、静寂。 

 しかし、横たわる2つの肉体。 

 1つは、ミケ。

 1つは、奇跡の少女の。

 息はあるか?僕は確かめたくもなるが、生憎と。

 感じる疲労が立つことを億劫にさせる。 

 「……!」

 そうこうしてたら、まるで天に召されるように。

 2人の身体から光の粒が飛び立っていき、その姿も見えなくなっていく。 

 おまけに、大剣も、元通りの懐中時計に戻っていくか。

 姿形が変質して。 

 やがてこの琥珀色の世界、僕だけに。

 僕だけの、静けさに。 

 「……。」

 からこそ、僕もまた、静かであった。

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