24 ならば我ら語りて

 世界が止まったなら、幼子のいた場所は社ではなく、……主と過ごした家の中。

 その眼下に苦しむ主がいた。

 「!ご主人様っ!……。」

 第一声。だが次に言葉は必要ない。

 次に続いたのは、これから助けるのだという、意志。

 やり直せるのだ、幼子は希望を胸にそう思った。

 やることは分かっている。

 「待ってて!助けるから。きっと、助けるから!」

 その言葉を残して、主と過ごした一軒家を出る、あの、時が戻る前のように。


 やることは分かっている。

 主を助ける。救いの手を差し伸べる誰かは、きっといる。探してみせると。


 しかれども世界は冷徹だった。

 幼子の救いの言葉を、誰も聞きはしない。

 その容姿の奇怪さが、話を聞くことさえ躊躇させていた。これも、前と同じ。

 いや、違いはあった。

 心無い人は、その猫耳生やした娘を邪魔だと蹴り飛ばし。

 あるいは同い年と思える子供たちは、容赦なく石を投げつけ、痛めつける。

 縋っても縋っても誰も耳を傾けない。

 面白がる無垢な子供らは、容赦なく痛めつける。

 結局のところ、待っていた結末は救済ではなく、同じ、死滅だけだった。

 死の広がる床の間に、伏せて涙する幼子。その姿は、ボロボロだった。

 今度は蹴飛ばされ、傷だらけになって。全身至る所のあざは痛々しかった。

 そうしてまでも主を助けたかったけれど、世界は冷徹に跳ね除け。

 結果主を殺してしまった。今際の際、その瞬間さえ、今度は立ち会えないでいた。

 「っ……!っ……!」

 嗚咽する幼子、主を失った悲しみにか……。

 布団を握り締める力が強くなる幼子、涙を我慢しようというためにか……。


 ……否……。


 「……うぅぁああああああああああああああ!!!」

 号泣と間違いそうになる咆哮が響き渡る。しかし号泣ではない。

 牙を剥き出した獣のような顔立ちは、悲しみのそれではない。

 激怒の様相である。

 激怒、それは自分の不甲斐なさ?いいや、主への救済のために奔走したそれが。

 裏切られた形への、激怒。それは、幼子を無碍に扱った人々への、激怒。

 呼応するように蠢く懐中時計、それはあの大剣へと変貌した。

 怒りに呼応して歯軋りするように軋む歯車、重さのあまり、歯を食いしばり。

 震えながらも持つ幼子。とても幼い子供にはもてない代物のはずだが。

 怒りにタガが外れたのは、持ち続けていた。

 「あぁああああああ!!!」

 震えながらも凪いだなら、時は戻る。


 戻った幼子は、……殺しの舞踏を踊る。

 

 荒ぶる獣と化した幼子は、怒りのままその大剣を振るい続けた。

 その大剣を前に、人々は遥かに無力。

 彼女を蹴飛ばした男は、両断され。

 子供らは幼子にぶつけた石つぶてと同じだけの石つぶてを弾丸のように打たれ。

 見るも無残な肉塊へと化せられる。

 止める者は皆無。

 その幼子は、幼子にして、虎のように荒ぶる存在になっていたのだ。

 誰も止めることなんてできはしない。

 それを見た人々は、まず麻酔銃での無力化を図るものの。

 象が倒れるほどの麻酔を打ち込んだところで、その幼子が倒れることはなかった。

 銃弾は、まるで無意味である。

 弾き返され、撃った者が怪我をするだけであった。

 止める者は、皆無。

 その時に、世界は琥珀色に染まり、また、時は逆転する。

 それは丁度、幼子の主が死した時と同じであった。


 ――幼子は、幼子にして、ループする。さしずめ、牢獄に捕らえられたように。


 何度も同じ時を繰り返して、幼子は成長する。

 幼子は、あの神様と同じになった。

 だが、もう何度も繰り返したが故に、心は麻痺し、その瞳に希望の光はない。

 主への救済?もうあの激怒した瞬間から。

 彼女に〝救済〟という文字はなくなっていたのだ。

 あるのは、……〝滅〟の文字だけ。

 もう殺すことに何ら感情も動かなくなっていた。

 彼女が腕を振るうならば、町は簡単に崩壊する。

 そう、この時にはもう、あの〝神様〟に近い状態になっていたのだ。

 そんな彼女はまた、ひとしきり殺した後、またループを繰り返そうとするのだ。

 まるでそう、自分にされたように、世界を凌辱する。

 破壊と再生を繰り返して、世界を凌辱する。 

 誰のため? 

 救わない、どこかの神様のため。

 何のため? 

 目的は、……もうないのだろう。

 では、その彼女を止める者は、皆無……。

 ……ではなかった。

 

 町を破壊し尽くした先に見えるのは、悲しい顔を浮かべる女性。

 三毛の長い髪に猫の耳と、尻尾を生やし、神様と同じように巫女装束を着た。

 ……女性。いや、女性というにはやや幼さが残り。

 少女というには、遅すぎる、少し中途半端な年頃。

 雰囲気がやや大人びているが、〝ミケ〟だ。


 それは世界のあまりな様相を見かねた〝神〟が使わした、救いの者か。


 ミケは両の手を広げては、もうやめるようその視線で訴えた。

 「……そう。私の邪魔をするのね?私の復讐の邪魔を。」

  神様は冷ややかに、眉一つ動かすことなく言う。

 ミケは、鋭い視線を向けた。

 「うん、そう。邪魔しに来たわ。やめさせるために、ね。この、暖かい町を壊させないために。この、暖かい人たちを殺させないために。」

 返答は、やっぱり僕の知っているミケみたい。

 あのミケも、きっとそう言うかも、そんな風に。

 またこのミケは。

 いくつもの苦難を乗り越えて、成長した存在ではないかと思う。

 その成長したミケの返答に、ふんっと鼻息一つ。

 「……だったら。」

 「だったらあの時私を、私のご主人様を助けに来なさいよ!」


 と返答に一言を。

 それは壊れた神様の心の片隅に残った、幼子の感情の吐露。

 救いを求めて奔走した、感情の欠片。

 一瞬その瞳に光が宿り、あの幼子の純粋な瞳が垣間見えた。

 ミケの返答は目を瞑り、首を横に振るだけ。できないと。

 「ならだめね。私は止められない。止めることはできないわ。止めたいならば、あの時私を、私のご主人様を助けるべきだったのに。もう遅い。もう止められない。止めることはない。さあ、どきなさい。どうせ人は愚か。何度も同じ時間を繰り返しても、人が出す解答は全て同じで、変わらなかった。だから殺すの。滅ぼすの。彼らを許さない。私を救わなかった、私のご主人様を救わなかった人たちを。今ものうのうと過ごしている人々はいる。だから許さない。」


 「だから滅ぼすの、何度も同じ時間を。それが私の復讐で、〝呪詛〟。」

 期待はほとんどないことを知っていた。だから心踊らすこともない。

 すぐにその瞳が、光ない瞳に戻ってしまう。

 諦めに似た、感情。

 諦めていないのは、ミケで、今もまだ神様を止めるつもりでいる。

 「止める!何としてでも、止める!守る!!私は、〝神様〟になったのだから!」

 と。

 その一言に、ピクリと眉を動かす神様。

 〝神様〟という単語に、反応したようだ。

 その反応と同時に、無感情から、怒りが牙を現してきた。

 「ああ、その言葉はいいわね。私を昂ぶらせてくれるのだから。さあ!止めてみなさいよ、あなたが愛しく思う全てを守るためにっ!」

 「!!」

 不意に感情が戻り、突撃する神様の一撃に。

 ミケは咄嗟に構えて防御する。光の壁が形成され、神様の攻撃を防御する。

 一撃を防御するも、ガラスが割られるような音で、その壁は破壊されていく。

 人に対して振るい続けた一撃ではなく、それよりも重く強い。

 それは、その大剣の一撃に、怒りの感情を載せているからだろう。

 怒り、人々への怒り。

 ……救わなかった神様への、怒り。故に怒る、その〝時を統べる神〟は。


 反撃のないミケへの追撃は、世界を琥珀色に染めてからの一撃。

 壁の弱まった部分を見据え。

 大剣を振り下げて、力と遠心力伴って、振り抜くのだ。

 琥珀の色が消え、鋭い金属の光の一閃が迸る。

 「?!うにゃぁ?!」

 防御は間に合わない。

 時を止められては、元もこうもないからね。

 気高き様子とはことなる、意外な悲鳴。

 ざっくりと、両断されるほどの勢いであっただろうが。 

 そこは、やはりミケも神様になったのだね、無事のようだ。 

 だが、膝をつく形にはなってしまった。 

 「ふふ……。」

 何を思いついたか、ほくそ笑む神様。

 徐に無抵抗なミケの首根っこを掴み、壊れた町並みを凝視させる。

 「今最高な気分だわ、神よ。いいことを思いついたの。あなたに、あなたの守りたかった全てをこの私の手で破壊しつくしてあげるの。」

 「!!」

 その目的は、破壊すること。

 『ワールドエンド』をこの手で引き起こすということ。

 神様は楽しそうに笑む。それが、それこそが最終目的であるかのように。

 できる?

 できる。今の神様なら。

 もう神様は、あの清らかな白のアンゴラ猫ではない。

 もう神様は、あの無力で無垢な幼子ではない。

 見れば、神様の手に光が収束するではないか。

 収束した光は、神様の遥か頭上の、天高く放たれた。

 ――おぉおおおおおおおおおおおお!!

 怨嗟の声が、歓喜し追従する。そして完成したのは、あの天のリングだった。


 世界は壊れる、砂上の楼閣のごとく。

 所詮人の力は、神様の力に及ばない。防ぐ術は、皆無。


 その世界の崩壊において。

 この時間軸にいる彼女の主もまた、崩壊の余波に消し飛ばされるのだ。

 その世界の崩壊において、……幼き神様自身もまた、消し飛ばされるのだ。

 世界が彼女から乖離した?

 彼女が世界から乖離した。

 しかれどもそれを知ることはなく、知るつもりもない。

 知っていたとして、もう今の神様にはどうでもよいのだ。

 世界を呪詛で埋めて、『ワールドエンド』を主に捧げる。

 世界を破壊し尽くすことによって、助けなかった人々への呪詛とする。

 繰り返される虐殺は、魂たちを救わない。

 今度は、世界が舞台となり、呪詛を受け、世界の死が主に捧げられる。

 神様は、壊れる人々の嘆きに歓喜し、高らかに笑う。


 「ふふ……。うふふ……あはははははははっ!!!!」


 壊れたように、笑う。いや、ループが始まったその時から、すでに壊れていた。

 その世界において、〝神様〟であるミケは……。

 「やめてよっ!壊さないでよっ!!」

 悲鳴にも似た声をあげ、必死に抵抗した。

 したが、だからといって彼女に何かできるわけでもない。

 それでも、抵抗せずにはいられない。凝視したくない、けれども。

 神様に首根っこを捕まれては、嫌でも目にする。嫌でも悲鳴を耳にする。

 彼女の心は悲鳴を上げ、それが、抵抗につながっていたのだ。

 だからといって、何かできるわけでもない。

 傍らにほくそ笑むは神様。

 おそらくこの時点で、神様に抗う者はいなくなっていた。

 ひとしきり笑い終えた神様は、ミケを見るや、また邪悪な笑みを浮かべる。

 「どうせあなたも、このままなら死ぬのでしょう?なら、あなたのその力、頂くわ!」

 そう言ったなら、その首筋目がけて牙を立てた。

 「!!!にゃぁああ?!」

 思わぬ行動に、ミケは悲鳴を上げる。

 プツリと何かが破裂する音が響いたなら、大量の血が溢れ。

 それは神様の喉を、荒神の喉を、……荒ぶる獣の喉を潤していく。

 その光景は、弱肉強食を体現していたと言える。

 弱き者は、こうして食われるのだと。

 ミケの力が弱まっていくのが見える。

 最後、だらりと手が落ちたなら、それが死なのだと理解した。


 ただ喉を潤したかっただけか?いいや。

 おそらくそうすることにより、更なる力を手に入れたのだろう。

 気迫は増す、おそらく神様とは、こういう存在なのだと言わしめるほどに。

 神様は何をする?

 したのは、時を遡り、同じことを繰り返す。

 世界の破壊をもたらす『ワールドエンド』を繰り返す。

 当初の目的は何処?もう、彼女には破壊以外の目的はない。

 呪詛を放つ意外に目的はない。

 繰り返せば繰り返すほど、神様は享楽を得たいと思うようになる。

 それは、この世界を破壊したいと願う者たちの前に現れ。

 破壊の手助けをさせるというもの。

 力を与えて……。


 それがあの銀髪の男が切り捨てた者たちで。

 それがあの時間軸にいた〝萩原桃音〟で。

 それが友人、浜凪通だった。


 さて、その破壊は、世界への呪詛は、終わる。

 銀髪の男が終わらせる。銀髪の男の一撃で終わる。

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