21 ……清らかなる魂は、永遠(とこしえ)より帰還する

 「……ふぅん。」

 神様は、男が示した場所を見て、男をも見比べては、何か感じたか。

 納得した様子を見せて。

 口元に、笑みを浮かべては。

 ……だが、笑みが慈しむそれではなく、何か、小バカにするような雰囲気だ。

 「あなた、最初、帰還を望んだわよね?」

 「!」

 「……まあ、正確には最初は、崩壊を望んでいたでしょうけれど。」

 そう聞かれ、男ははっとなる。けれど、違和感もある。

 一度目、〝日常〟へ帰ることを、変わることを望んだ。

 知っている風だが。

 はたして、同じか?姿形は同じであっても。

 ……時間が違う。

 崩壊の先にて、そして、それを越えた先にて。

 ……時間が違うのだ。 

 だから、世界が違う。 

 「そうして、剣を鍛えて……。けれど、あなたは間違いを犯したわ。」

 「?!」

 続けることには、間違いと。男は、ますますはっとして。

 まだ、神様は続けて。

 「あなたは停滞を望んだ、だから前に進んではいけない。ループするの、永久に。牢獄に、時の牢獄に囚われて。けれど、あなたは、進むことを望んだ。それが間違い。崩壊を止めて、その先の未来を得ようとした、その間違いが、あなたの時間軸を狂わせた。」

 「つまりあなたは、〝世界から乖離〟したのよ。もう、戻れない。もうあなたは、あなたの時間を生きるあなたじゃない。あなたのいた元の時間軸は、消失した。つまりあなたは、もうあなたじゃないのよ。」

 

 「萩原桃音。自ら、世界を崩壊することを望んだのに、それを覆すために願いを変更した、愚か者。」

 「!!!!!!」

 「?!」

 最後言い切り。その言葉、驚愕を辺りに響かせる。

 男は元より、最後に言い切られた単語に、僕までも。

 ……いいや、ならば辻褄も合う。だから、指して、批判して。

 その通りだが認めたくはない、この憎らしい銀髪男は、そう、僕だったのだ。

 難しい話を無理矢理理解しろ、なんてのは無茶振りだが。

 時間軸の違う自分であるとすれば、納得しよう。

 もしかしたら、だから消したいのかもしれない、僕を。

 以前に、そもそも、その崩壊の願いこそ、あの銀髪男の、未来の僕の願いで。

 当然、理解難しいけれど、からこそ、ラスボスみたいに〝僕〟が登場したのだ。

 視線を男に戻したら、悲しみを堪えようと歯を食い縛っていた。

 受け入れがたい、この状況を。

 他方、罵倒にあって。

 それは、努力を無駄にする。

 それは、想いをねじ伏せる。

 それは、願いを踏みにじる。

 それから湧き上がる、悲しみを。いいや、悲しみだけじゃない、怒りも。

 堪えていた。また、あの最初の地点と同じように。

 「だったら……。」

 出てこようとする苛立ちを噛み砕くように口を動かしては、言葉を紡ぐ。

 けれど、結局口から溢れてしまう、そう口を動かした時点で。

 「だったらどうすればよかったんだよ!俺は、あんな世界を変えたかった!!だから、願ったのに!!!帰ったのに!!邪魔しようとする者は皆、殺してきたのに!そうして、俺が望む形になったと思ったら、俺の居場所がない!!どうすれば、良かったんだ!!!!」

 本当の願いは、自分が幸せであったこと。

 当たり前で、ありきたりで。

 苦しんだ末に男には、こうも悲痛な現実が突きつけられる。 

 どうしてこうも、純粋な願いだというのに。

 のに、神様は……。

 「なのに、神様はなぜ酷いことを言う!俺の努力は、俺の苦労は、どうなるんだ!」

 こう、自分の努力を無に帰す言葉しか出てこないのか。

 言われている神様は、……どこ吹く風のように聞き流しているようで。

 終わったかと見て、口を動かすことには。

 「あなた、この〝日常〟が大切だと言ったわね?……ねぇ?」

 「?!」

 呆れたような顔となって言っては。

 神様は、〝僕〟が埋もれた場所へと視線を移す。 

 何がある?そこに。 

 男もまた、視線をやった。 

 「!!」

 丁度そのタイミングで、埋もれた場所が蠢けば。 

 「うぁああああああああああああああああああああああ!!!!」

 咆哮、それも、怨讐の響きと同じほどに。

 挙句、埋め立てられた場所が吹き飛んで。

 未来の〝僕〟が荒々しく姿を現す。

 それこそ、化け物のよう。

 ボロボロになった作業着、荒々しい呼吸、まさしく。 

 その瞳は、……僕と同じ、怒りの色合いに染まっていて。

 まさしく、そうまさしく化け物だ。

 ……埋め立てられただけだから、まあ、殺されてはいないだろうけど。 

 それであっても、この〝僕〟もまた、タフなものだよ。

 その荒々しい呼吸を吐きつつも、〝僕〟がすることは。

 「?!」

 しかし、一転して、祈るかのように両手を合わせる。 

 荒々しさから、一転の静けさ、僕は息を呑んだ。

 男は、ぎょっとしたまま、何が起こるか、つい注目を。  

 そうして、注目が集まるなら。 

 「!!」

 〝僕〟に後光が射し、かつ、光の膜が展開。

 文様も浮かび、回りだす。空はリングが、それも、巨大な、形成されて。

 煌めいたかと思うと、衝撃波を放ち、轟音を轟かせて。

 この地、いいや、世界中に響き渡らせていく。 

 「?!」

 その様子に、男は目を瞑り、顔を背け。

 その間に、……世界は瓦解する。

 人々の作り上げた摩天楼は、地震に衝撃に次から次へと壊されていく。

 人々の作り上げた象徴も、皆瓦解していく。

 人々は、運の悪いものは皆、そう消滅した。

 消滅したんだ。

 世界は簡単に崩壊したのだ。

 開いた口が、僕は塞がらない。

 未来の僕は、成せたのだ。

 開いた口が、男は塞がらない。

 まさか自分が、もう一人の自分がそんなことをやるなんて。 

 そして、何とかしようとした、世界さえ破壊し尽くされた。

 「?!」

 「……ぁ……。」

 それでいて、〝僕〟は、力尽きるか。 

 小さく、何か事切れるように息を吐いて、先ほどの勢い嘘のよう。

 静かに倒れ込んで、……動かなくなってしまう。 

 「……ふふっ。」 

 見て、神様は、嘲ることもなく。 

 憐れむこともない、慈しむかのように、その〝僕〟へと笑みを与え。

 「……まぁ、人の世界なんて、こんなものね。」 

 男を見ては、さも簡単だと言わんばかりにして、軽く溜息をついた。

 「……。」 

 男は、……言葉を失っている。 

 さっきから、この情景に何も言えないのだ。 

 この瓦礫に。

 そして、腑にも落ちないことに。

 そして、努力も水泡ということに。 

 所詮人間の努力なんて、アリのようなものでしかなく。

 ……徒労であると、言わしめるような。 

 「……さて、お話でもしましょうか?どうせ、あなたも繰り返すんでしょうから、時間なんて、いくらでもあるでしょうし、ね?」

 「……。」

 何だか、慈しむ姿でありながらも、だが、嘲りさえ見え隠れする様子であって。

 神様は、物言わぬ男に、それでも続けていて。 

 「人間の愚かさ、ね?結構厄介よ?あなたもそうでしょうけど?」

 「……。」

 「調子に乗るとろくなことしないのよね。テリトリーを侵害したり、財産を奪い合ったり。果ては、信じるものの相違だけで戦争をする、おかしな話ね。脆い世界に価値なんてないのに。だからね、教えてあげるの。人の愚かさを。」

 「……。」

 男は聞いているが、表情は変わらぬまま。

 「だからね、あなたがたとえ足掻いても、この〝日常〟が壊れるのを止めることはできないのよ。あなたはループする時の中で、幸せを味わい続けていればよかったじゃないの、それを止めようと足掻いて。……世界は壊れるの、私の意志通りに。そして、あなたの意志通りに。けれどね、本当を言うと、あなたは、すごいわね。世界各地の、崩壊の予兆を止めてしまったもの。」

 「……っ!」

 「そこもまた、愚かなのよね。自分が望んだのに、ダメだと抗って。それが、あなたを世界から乖離させた。ああ、愚かで愚かで、そして、可愛い!うふふっ。足掻く様子も何もかも、可愛いわ。」

 続けて、世界は滅ぶべくして滅ぶとのこと。

 締め括りには、男が最初に望んだのに、今度は世界を救おうと望む。 

 矛盾。

 でもそれが、らしくてかわいいとさえ。

 耳にしているか?男は、静かでいて。

 ……その瞳から、一筋涙が流れる。

 聞くに聞き終えて、やがて男は膝をついて、項垂れて。

 「……っ?!……っ!!」

 嗚咽にか、体を跳ねさせて。

 「……なかったことにして……ください……!あの願いを。返して、ください、俺の……居場所を……っ!」

 やがては、懇願を口にする。 

 神様は。

 「……できないわ。」

 だが、返せない、慰めは。

 結局は、なるようにしかならない。 

 変わることは、覆すことは、できないと。

 故、冷たい言の葉、男には嘆きだけが堆積する。

 「アドバイスぐらいなら。一つ。」

 「……。」 

 このままでも、哀れと思いか、神様は、言葉掛け続ける。

 「やり直せばいいの。時間を戻せばいいの。そうして、あなたが生きたかった時間をやり直し続ければいい。とこしえの囚われになってしまうけれど、辛い未来が待つなら、やり直し続ければいい、抗うこともなく。それなら、いいんじゃないかしら?」

 「……。」

 「……。」

 そのアドバイス。

 繰り返すこと、男がやり続けたことを、ただひたすら。

 壊れたなら、巻き戻して、日常を続けて。

 それは、男が求める未来か?

 違う。

 現に、聞いていて男は、首を縦には振らない。

 神様は、これ以上は、何もないと、言葉を紡ぐことはない。

 違うと、震えながらも小さく首を横に振って。

 「……違う……。そうじゃない……。それじゃ、変わらない……。それじゃ、繰り返すだけだ……。違うんだ……。俺は、未来が……。幸せが……。」

 「……帰る場所として……、〝萩原桃音〟として……っ!!!」

 出し切って男は、徐に立ち上がり。

 両手を広げて、顔を天高く見据えるほど上げては。

 「……ぁあああああああああああああああ!!!!!」

 咆哮。

 涙流れてなお、咆哮、つまりは慟哭。

 涙と共に剥がれ落ちる、嘆き。

 慟哭と共に崩れ落ちる、縛り。

 流したい、認めたくない、現実。

 取り戻したい、日常。

 それら踏まえて。

 慟哭に呼応し、溢れる光、力。男に後光が射し。

 後押しするかのように、男に力を与えるか。

 慟哭しきったなら、男は足元の刀手に取り。

 神様に向けてその切っ先を突きつける。

 瞳を見開き、鋭く神様を見据えて。

 「なかったことにする!!戻る!戻す!!たとえ、これが神様の決めたことであっても、神様を殺してまで!俺は、幸せを掴んでみせる!!」

 「そこに俺の居場所がないなら、作り出す。」

 「そこに、別の〝俺〟がいるなら、殺してでも!あんたを殺して変わるなら、殺してでも……っ!!!!!」

 嘆き吐き出し、力を沸かせ。

 睨む眼光は、鋭さを増し。気迫はもう、人間のそれではない。

 湧く力は、最早人間には有り余るものだろう。

 いかなる人間が、いかなる立場の人間が来ようとも、裁くことはできない。

 止めることはできない。

 絶対たる、力だ。

 そうとも、神様に相対する、力。

 人の身にて、それを扱うか。

 僕は、震えそうになった。

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