17 清らかなる魂は

 「……な……ぜ?」

 立ち上がり、そんな情景を見ては、まず出たのはその言葉だ。

 〝なぜ〟だろうか。

 その答えを、答えてくれるのはここにはいない、孤独。 

 瓦礫。

 瓦解。 

 「……っ!」

 折に、見えたのは、こんなにもかかわらず、いまだ神々しさを湛える。

 神の社である。 

 あの神様が住まう、……のか。

 瓦礫故、僕には確信しかねるが。

 そうであっても、男にとっては関係ない。

 こんなにもかかわらず、まだ瓦解せずにあり続けるか。

 それが、逆鱗に触れよう。

 まるで、人の命なんて、人生なんて、関係ないと嘲笑うかのよう。

 気に食わず、顔を歪めるなら、その社を目指して歩みだす。

 松の並木通りなんて、最早見る影もない、観光地として名高い様も。

 気に食わない男には関係なく。

 そもそも、気に留めない僕にも、関係はない。 

 男は、また、その社望む場所に辿り着けば。

 「……っ!!」

 息を大きく吸い。

 「なぜだぁ!!!!俺は、望んでいないぞ!!!こんな結末!!こんなことになるなんて、どうしてだぁ!!!!」

 軽く、叫ぶような悲鳴交じりで、男はまくし立てて。

 社は、だが答えない。

 神様は、だが答えのために、現れない。

 「……そうかよっ!それが神様かよ!!どうせ滅ぼす願いが叶うってんなら、ならこれでも叶うかぁ?!ああ?!」

 それが、火に油を注ぐか。 

 苛立ち交じり、吐き出しつつ。挙句は、喧嘩でも売るか。

 「このまま貴様ら神様も、滅んでしまえ!!!!こんな願いしか叶えられないならもういらねぇ!!!!」 

 何様か、とんでもないことを口にして。 

 「叶えてみせろよぉ!!!時を戻したみたいにさぁぁ!!!おらぁぁ!!!」

 もっと願うこともあるだろうに。

 苛立つ男には、冷静さもない。

 咆哮交じりの、願い出。

 「?!ごほぉ?!」

 「!」 

 ……神様からの罰?いや違う。

 男は思いっきり吠えたがために、えづいて。

 嘔吐、それも、鮮血の混じる、赤黒いもの。

 身体を押さえて、どこか痛そうにもして。

 ああそうか。

 そも、男は先ほどまで瓦礫の下敷きであったのだから。

 いくら無傷っぽくとも、ダメージはあったみたい。 

 咳き込みながら男は、やがて跪くように。

 「……っ!……っ!!」

 それでも、苦しさは紛れないでいて。

 荒々しい呼吸を漏らしていた。  

 あまりの苦しさに、見れば誰もが手を差し伸べよう。

 だが、孤独たるこの瓦解した世界に、……誰も差し伸べやしない。

 痛みが冷たく、辛く刺さり。

 涙だって、溢れていた。

 「……っ!!」

 ようやくか。 

 そんな男の身体に手を当ててくれたよ、そう。

 あの神様が。

 銀色で、猫耳の巫女。

 優しく、慈愛に満ちた笑みをもって、優しく。

 「……!!」

 また、その手から伝わる温もりが、癒しを与えてか。

 こそばゆさに男は軽く体を弾ませて。

 さらには、見る見る内に、ボロボロの作業着といい、傷といい全てが癒えて。

 その証明として、息苦しい荒々しい様子はなくなっていく。

 そうなったら、それこそ元気で飛び回れそう。

 それで、まずは、お礼でも言いそうなものだが。

 男は怒りを露わにしては、徐に立ち上がると。 

 「……のっ!!!!」

 折角癒してくれたはずの神様に掴みかからんばかりに、振り返っては。

 睨みつけて。 

 さらには、無礼極まりなく、胸倉まで掴みかかる。

 「……だよ。何でだよぉぉぉ!!!!俺は、何も、間違えたことはしていない、前みたいに間違った道は進んでいなぁぁい!!!だのに……!!!」

 言いたいこと、ぶちまける、その前ぶりとして。 

 苦しかった息の荒々しい音は、今や怒りの荒々しさに変わっていて。

 神様へと、掴みかかってきた。

 苛立ち、それは、この世界の様子に。 

 苛立ち、それは、どうにでもできたのに、やらなかったことへの。

 しかし、これほどの悪意を受けたにもかかわらず、神様は涼しい顔をしていた。

 「……頭を冷やしなさいな。」 

 「?!おわぁ?!」

 から、そっと手で、掴んできた手を払いのけた。

 軽い。

 ただ、タッチするだけで。それだけで男は、弾かれて。

 宙を漂う。

 しかし、突き飛ばされたわけでもないがために、男は宙になぜが静止させられて。

 何もない宙にて、溺れたようにもがくのみ。

 これでは、手出しが文字通りできないでいた。

 「……その様子から、私が〝何か〟知っているみたいね。まあ、それで恨まれても私じゃ何のことやら、よく分からないわ。……で、何をして欲しいの?」

 「!!」

 頭を冷やさせて、から、男を見据えては、静かに言う。

 知っているかのような口ぶり。

 現に知っていて。

 何せ、男はこの前に神様と会って、時を戻してもらい。

 また、別の人生を歩めるとしてもらって。

 だけれども、結局はこのように瓦解した。

 ……冷静にはなったが、故に心には苛立ちがまだ残っていると思う。

 苛立ちを見据えてもなお、神様は男に対し、願いを問う。 

 「……。」

 男は、こんなことになってしまったことに、願いに対して不審があるか。 

 最初と同じように、躊躇がある。

 そうとも、騙されるんじゃないかとも。

 だが、神様の奇跡を知っているからこそ、完全に不審がることもできない。

 状況変えるにはやはり、神様しかいないのだから。

 「……な、なら、また戻してくれ。そして、……ええと。」

 「ふぅん。〝また〟ね。」

 「……。」

 からこそ、余裕がない男は、身体を改めることもなく。

 そのまま、宙に浮いたままで、願いを言う。

 しかし、中途半端な感も否めず。

 かつ、神様自身も、どこか知っているかのようで不可思議。

 様子に、僕も怪しむが、何よりも男もだ。

 それには、訝し気に思うが。

 「まあいいわ、戻すならできるから。」

 「……。」

 神様は、男が抱く不審が、吐露されるよりも前に。 

 願われたことを実行に移す。

 最初、神様がしたように。

 目を瞑り、手を合わせた。

 瓦礫の世界、琥珀色の世界に染まり。

 土煙も風も、止んでは、時を遡上する。

 そうして、また、男は時を遡ったのだ。

 

 同じようにして、また、同じ経験を。

 転職だってしても、それこそ、同じ。

 ……そして、同じように崩壊するのだ。

 全てが瓦礫に変わり。

 「……。」

 知っていて、男は、今度は無事のよう。

 崩壊しない場所に、あらかじめ行っていて。

 崩壊すると、分かっているから、まずは無事な場所に。 

 こうなる前に、崩壊するから、なんてことを言い、助けようともしたが。

 聞き入れてもらえず。

 所詮、古錆びた、預言だのと世迷い事だとかで。

 だから、今回も孤独に。

 そうして、崩壊しない場所に、佇んでいるのだ。

 そうとも。

 神様のいる、あの社だ。  

 「……っ!」 

 おいて、苛立ちに男は、歯痒い顔をして。 

 2回も遡上しても、だが、やはり同じように崩壊するのだ。

 それこそ、定められたように、この時に、同じように。 

 僕も、日付はよく見ていないが、確かに、同じ時間、同じタイミング。 

 そうなると、定められているとしか。 

 その男の歯痒さには、だとすれば、もどかしさも含まれているのかも。 

 まあ、僕からすれば、ていのいい憂さ晴らしだけども。  

 さて、その男が歯痒さあまりに、社を睨みつけていて。 

 ただし、今回は叫んだりとか、していない。 

 静かに睨みつけて、待つ。

 待つ間、退屈だって感じよう。

 でも、時を遡上した男にとっては、あんまり意味はなく。

 「!」

 待ちかねたかと僕が思っていると、この瓦礫だらけの静かな世界で。 

 足音が一つ、木霊してくる。

 優雅に歩いてくるような、緩やかなリズムで。 

 誰だかなんて、愚問。

 神様だ。

 「あら、こんな時でもお客さん?」

 その神様が、男を見つけて一言。 

 さも、初めましてと言わんばかりで。

 かつ、呑気なものだ。世界が瓦解しているというのに、気にも留めない。 

 その声に、様子に反して、男は荒々しく、足音を立てては神様に向かう。

 それこそ、また掴みかからんとしているかのようだ。 

 が、男は掴みかかりやしない、むしろ、らしくなく。 

 深々と頭を下げてきた。 

 「あら?なぁに?こんな時に、頭を下げるなんて、まるでお願いでもあるかのようね?ふふっ。」 

 神様は、面白そうに見ていては、言ってくる。   

 「お願いだ。」

 神様の言った通り、やはりお願いらしい。 

 願い、また、遡上?

 「これができるのは、あなたしかいない。どうか俺に……。」

 頭を下げたまま、顔を見ることもない。 

 男は続けて。 

 

 「……力を、ください。」

 「!!」

 

 「……世界が壊れるのを、止めたい。そのための、力を。……俺が、言うのもなんだけども……。」

 それは、願いは、力を求めての。

 ……最初願うのとは異なって。

 今となっては、守ろうという意思に。

 「……確かに俺は、かつてここで、おぞましい願いを願った。次は、戻ることを願い、また、戻って。でも、それじゃダメだった。それじゃ、結局は同じように瓦解してしまうだけだ。もちろん、資格があるとも思っていないけど、叶うなら、力を、ください。そして、俺を、元の日常に戻してください。」

 締めくくりに、心に思ったことを。

 選択肢、それを正しいと思うことを採って。

 そして、新しい幸せを手にしていたのに、これなら。

 なら、守るために、力を欲する。

 そうして、世界の崩壊を防ぎさえすれば、幸せになれると。

 ……男はそう、戻るだけではなく、戦うことを心に決めたのだ。

 「……。」

 願いを語る。 

 終えて、静かな時間がただただ過ぎて。

 なお、顔を下に向けたままであるがため、一体神様がどんな表情をしているか。 

 それは見えないでいる。

 「顔を上げて。」 

 「!」

 ようやく許しがきたか、それぐらい時間をおいて。 

 神様は、男に声を掛け、促してくる。 

 男は、顔を上げるなら。

 神様は、だが、おかしいとか思っていなく、慈悲深い笑みのまま。 

 「……戻るだけじゃなく、世界のために戦いたい、ね。いいじゃないかしら?その意志、汲み取ってあげるわ。じゃあ、見てて。」

 「!」 

 願いを汲み取って。

 そのために、か、何かを袖口から取り出して見せた。

 ……出てきたのは、時計なんかに使われる歯車1個。

 ちっぽけすぎて、これじゃ、何にもならないと僕なら思うだろう。 

 だが、そこは神様だ。

 ちゃんと、意味があった。

 神様が出したその歯車、神様の手で撫でられるなら、形状を変化させていき。 

 両刃の剣、それも柄には歯車があてがわれた物になったのだ。

 金色と思われる、きれいな剣。

 だが、金ではあるまい。刀剣にはおよそ向かないだろう。

 「これをあなたに授けるわ。これは、時を遡れる、ってことは当たり前にできる物だから。他は、使ってあなたが工夫してみせなさい。」

 「!!」

 それを、神様は男に託す。

 曰く、単なる剣ではなく、神様が与える、力のある剣。 

 丁寧に、両手に載せて、男へと手向けた。

 男は、丁寧に受け取って。

 その柄に、手を載せて、……誇らしく掲げた。

 その瞬間に、神様じゃないくせに世界が琥珀の色に染まる。 

 神様が言った通り、時を止めることができるみたい。

 「それじゃ、〝また〟。それと、〝頑張って〟ね。」

 そうなると、また遡上が始まるだろう。 

 その際において、神様はまた、含みの言葉を手向けて、男を送った。

 男は、見送られるままに、琥珀色の世界から、また時を遡上するのだ。

 

 今度は、日常を繰り返すのではない。

 日常を守るのだ。

 その意志をもって。

 

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