16 語られる時
他人。
誰か?見れば、僕はピンとくる。
こんな大地なのに、さも何もなかったかのように、優雅に歩み寄る。
……銀髪の長く美しい髪で、猫耳、やや似つかわしくない、巫女服の。
僕に、男に近付くなら、そっと優しく笑みを見せた。
神様だ。僕は、見覚えがあって、きっと見たら、希望を抱きそうだが。
男については、初めてなのだから、訝し気だってある。
こんな状況に、怪しむのは自然だね。
だが、訝しむのもそこそこに、男はやがて、苛立つ顔を向けて。
歯痒そうな表情となっていた。
「……だったら……。」
歯痒さに、口調は震えさせて。
「だったら……どうすればいい!!!いつもいつもいつも、不幸ばかり与えて、それでいて、奪うことだけはいとも簡単にして。幸せでありたかった、そんな願いを叶えないなら、……どんな神様を皆殺しに、してまでも……!!!」
紡いでは、震えながらも立ち上がり、強く見据えて。
言われても、神様は顔色一つ変えない。
ただただ、静かに見守っているだけ。
「……まあまあ、冷静になりなさいな。」
そうして静かなまま、冷静に言ってくるが。
……今の男にとってそれは、苛立ちとやらに油を注ぐだけだ。
やがては肩を震えさせ。
「ふざけるな!!!!」
悪態一つ、ついた。
ついた上で、拳を振り上げて、殴りかかろうとする。
冷静ではいられない。
拳には。
幸せの願い常に叶えられず。
怨讐の願い、叶えらえる。
幸せでありたかった。
だが、幸せじゃない。
そうであるのに、ぬけぬけと冷静でいろとな。
……いられるわけがない、そう込めて。
荒ぶる拳では、普通の人なら、思いっきりに痛手を負うだろう。
ああまあ、そこは神様なのだから、大丈夫だろうけれど。
あの男のように、刀をもって斬り裂かれるわけでもない。
「!」
その通りにか。
神様は、その獣のような勢いの男を前にしても平然として。
軽く、手をかざすだけで。
「?!がぁああああ?!」
それだけで男は。
成す術なく地に頭を擦り付けるように、その場に叩き伏せられてしまった。
痛そうな音だって聞こえて、僕はつい、目を背けたくなった。
「聞こえなかったかしら?冷静になりなさい。折角、私が来たのだから。」
「?!」
痛そうにしながらも、震えながら顔を上げて。
さて、神様の言い様は、さもそうであるかのようで。
気付いたなら、もごもごと口を動かしたくあって。
「か……神……さま?」
ようやく、その言葉を紡ぐ。
「ま、そうね。」
神様は、静かに頷いた。
「……っ!」
だが、同意するなら男はすぐに逆上してきて。
見つめていたのを、睨み付けることにしては。
「……ぉおおおお!!!」
地面を蹴って立ってはすぐに、吠えて、殴りかかってきた。
そこにはやはり、先ほどの感情が込めてあり。
いや、神様だと断定するなら、なおのこと強めて。
八つ当たりなのではなく、本気で殴りにかかる。
……それもそうか。
ある意味、恨みがあるのだから。
「だから冷静になりなさいな。」
「?!のあぁあああああああああ!!!!」
そうであっても、ああ所詮、人か。
赤子の手を捻るような、そんな感じだが。
今度は何もせず、ただ見据えて。なお、一瞬瞳が光ったかと思えば。
立ち上がり、襲い掛かる男をまた、手を使わずに地に叩き伏せる。
叩き伏せられた男は、それこそ絶叫するレベルの悲鳴を上げた。
骨だって折れたかもしれない。
……とはいっても、バックパックがなぜか防いでしまっているかも?
そうはいっても、痛みはあるだろうて。
まあそれよりも、傍ら見ていて、すごいなと思ってしまう。
荒ぶる男を容易く手玉に取るなんて。
「……うぅぅぅ……。」
他方。男は、叩き伏せされてもなお、呻きながらも睨み付けていて。
もしかしたら、また回復したら、殴りかかりそう。
とても、冷静ではあるまいて。
そんな男であっても、神様は慈悲深いや。
屈んで覗き込んできては、話を聞こうとしてくれる。
「それで、あなたは何が望み?今なら叶えられるわよ、予約はないから。」
「!!」
もちろん、聞くことは、願いのことで。
男は意外な言い様に、つい目を丸くした。
普通なら、不敬に咎められそうな事態だろうて。
しかし、神様は咎めることはせず。
むしろ、笑みを浮かべては、男に聞いてきた。
「……。」
が、素直に男は頷きやしない。
それもそのはず、見ず知らずの存在が、願いを叶えてくれるって言われても。
すぐに信じられやしないだろうて。
「……じゃあ、もし、私が時間を戻せたら、あなたはどうする?……言われても、信じられないなら、やって見せましょうか?」
「!」
そうであるなら神様は、なら、と証明してあげようかとも。
信じられないなら、信じられるような方法を示すと。
言われたなら、男はなおもきょとんとしたままである。
言われたこと、頭の中で反芻して。
「それで、あなたが思い描いた道を選んで、やり直すの。ほら、人類の夢って、そんなものじゃないかしら?どう?それに、あなたがやったことも全部なかったことにして、やり直すの。」
「!!……。」
傍ら。
神様は言い続けて、薦めてもきた。
男は、躊躇しているか、すぐには返事をせずに。
思案して。
というか、現状では、それしか選択肢がない。
戻れるなら、リセットできるなら、それしか……。
「いい……のか?それで、なかったことにして……。で、でも、そうなると代償として何か、要求とか……?」
諭されて、男はたどたどしく紡ぐ。
躊躇は表れていて。
見ず知らずの存在が、願いを叶えるとしても。
たとえ、それしか方法がないとしても、なお。
それこそ、悪い誘いじゃないかとも勘ぐってもいて。
「いいえ、私は何も要求しないわ。だから、そのまま素直にあなたは願いを言えばいいの。」
「!」
対して、神様は、慈悲深く笑みを浮かべて。
男が願うことを、促した。
「……。」
すぐにはまだ、応じまい。
「……分かった。」
多少の間を開けて、納得に頷き、躊躇いを拭っては。
言うか。
そのためにも、男は改めるためにも、身体を起こして。
「!」
姿勢を正そうとしていたなら、ふと、神様は手を差し伸べてきた。
ここまでしてくれるのか?!驚きに男は思いつつ。
差し伸べられた手を取って。
神様は構わず、そっと身体を起こしてくれた。
そうして、向かい合って。
姿勢を改めたなら。
「……お願いだ。」
紡ぎだす。
「……時を戻してくれ。そして、俺が、俺があんな願いを抱かない、あんな裏切り者だらけの世界にいない、そんな選択肢ができるように、してくれ!」
願いを。
叶えられるなら、してほしい。
あんな、鬱屈たる、酷く醜い、そんな世界から離れて。
自分の理想であり、幸せである、そんな世界を。
必死に、それこそ、心の中に溜まっていたもの、願い、吐き出して。
……言えばきっと、悪い顔をされるか?
無理だと、拒否されるか?
言った傍から男は、それを想像してつい目を瞑った。
「……。」
間を開けて、見れば。
「!」
だが、神様は悪い顔もせず、むしろ、先の慈悲深い表情のままであって。
「……いいわ。叶えてあげるわ。見てて。」
「!」
言うや、願いを、聞き届けた、と。
男は目にして、嬉しそうに笑みを浮かべて。
その笑顔に合わせて神様は、さっそくと取り掛かるか。
儀式めいたこと、だがせずに。
むしろ簡素。神様はして、両手を合わせて、目を閉じる、それだけで。
「!!」
見ていて僕が驚くことには、それだけで、世界を琥珀色に切り取って。
また、そっと目を開くなら。
合わせるように全てが、ビデオの逆再生のように動いていく。
瓦解していた建物が、元ある場所に戻るように。
潰されていた人が、生気を取り戻して、またあるべき場所に戻っていき。
完全に、何事もなかったかのようで。だが、それだけでは終わらない。
逆再生はなおも進んで。
自然に死した者さえ、戻る。
そうとも。
時が戻る、それも年単位でか。
「……ふぅ。」
神様はある時点において、溜息をついて。
さも、緊張を解すかのように。
すると、琥珀の色合いも薄れて。
「……。」
見ていた男は、光景に呆然としている。
見ていた僕は、感心していた。
これが、神様が起こせる奇跡かとも。
男は、思考が追い付かないでいたか、何の感想も口にできないでいて。
「さ、終わったわ。」
「!」
そこで、神様が終わったと告げるなら、男はようやく我を取り戻す。
我を取り戻して男は、見据えて。
「え、ええと、その、ありがとう。」
「お礼はいいわ。」
お礼を素直に述べて。
が、神様はお礼を言われるほどのことではないとして。
「さ、行きなさい。新しい人生を、ね。」
「!……あ、ああ!」
やがて色彩が元に戻りつつある中、神様は背中を押してくれた。
男はやや夢でも見ているか?と抱きつつも、押されるままに頷いて。
元の、大社へ向かう道を引き返そうとしていた。
「!」
立ち止まるなら、また振り返って。
でも、言葉が浮かばないが、手を振った。
神様は、やはり慈悲深い笑みのまま、応じるように手を振り返して。
「……じゃあ、〝また〟ね。」
「……?」
……少しだけ、意味深な様子を残して、見送った。
疑問抱くが、そもそも、まだ夢見心地。
顕在前に、男は新しい人生のために、走り出した。
走り出す傍らにおいて、神様の姿は見えなくなり。
合わせてか、残響のように遠くから、音がやがて戻ってきた。
そして時は動き出し、世界は元の色彩となって、また進む。
そうとも、時を遡り、〝なかった〟ことにして、男は新しい人生を歩むのだ。
幸せだったと思う。
自分を解雇したような会社は避けて。
きついながらも、勤めたり。
……苦しさも感じるが。
……楽しさが窺い知れる。まあ、とりあえず、羨ましい限りだ。
僕としては、先の崩壊した世界が好みなのに。
その生に、僕は嫉妬さえ抱いた。
いっそのこと、また崩壊したら?なんてのを、傍らに思う。
「?!」
と思ったからか。
案外と、あっさりとその生は終わりを告げる。
……崩壊したのだ、また。
ああ、僕が願ったからじゃない。
これは、……多分過去の映像みたいなものだから。
その崩壊の情景は、ああ、まあ、男が願ったその瞬間に起きたことが、また。
「……。」
そうして、瓦礫だらけの世界、男はそれこそ、瓦礫の下敷きにあったが。
持ち物といい、バックパックといい、そして、命といい無事であったのは、タフ。
「……うぐぐぐ……。」
呻きながらも、瓦解した世界に男は立ち上がった。
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