12 旅路に言葉をすくい

 浜凪もまた、自分を縛っていたような、患者の服を脱ぎ棄て。

 自分の一張羅と言わんばかりの、私服を羽織って出てきた。

 一般の服装、地味な色合いだけれども、患者の服よりはましだろう。

 ただ、久し振りに着たみたいで、何だか違和感だらけだよと言いたげだ。

 現に、覗く腕が細く、似つかわしくない。

 だが僕は、そんなことはないと、首を横に振って。

 違和感を拭い捨て、元の嬉しそうな笑顔に戻ったなら。

 「じゃあ、さ。一緒に旅行に行こうよ!早速!」

 「……え?!」

 いきなり何を言い出すかと思いきや、旅行を提案してきて。

 僕は急なそれに、目を丸くした。 

 何だか、ずれている気もする言葉だ。

 普通は、自分の家族に報告するんじゃないのかな?

 「……突然過ぎない?君だって、親とか家族とかいてさ、退院したよとか、報告しないの?」

 いきなりの提案から、動揺を抑えるために、まずと一言を。

 一般的に考え得ること述べて。

 「……。」 

 その時、浜凪は聞いて、暗い顔をした。

 言い過ぎたか、僕は少し後悔しそうだ。

 あんまり、家族の話をしなかったことから、もしかしてと勘ぐってしまう。

 けれども、にっこりと笑っては、その暗ささえ消して。

 「いいんだよ。」 

 その言葉にて、もうこれ以上追及することはできなくなる。

 僕は、浜凪が言うならと、諦めて。

 「……行くにしても、大丈夫なの?体とか、今朝動くようになったばかりで、あんまり無茶はできないはずだよ。」 

 話変えて、賛同することにしても、その行く当ては?

 また、体のことも少しだけ心配していて、問う。

 あ、僕自身、構わない。

 どうせ帰っても、〝お祈りの手紙〟ばかりだろうし。

 その結果として、怨讐を募らせるぐらいならば。 

 この時ぐらい、こうしてもいいだろう。 

 「ふふふ。じゃあ、出雲大社。広島からなら、便だって余裕であるよ!」

 さて、その回答は、出雲大社で。

 「……へぇ。」

 聞いて僕は、感心の溜息一つ。

 「また何で……?まあ、ここから旅行らしい先で、かつ、起き立ての体で無理なく行けそうな場所、観光地っていうのなら、適切だけど……。」 

 続けることには、僕の類推で。

 「……その通りと言えばいいんだけど、少し違うね。」

 「?」

 僕の類推への評価は、よく。

 しかし、何か足りないらしい。 

 それは……。

 「……それは?」

 「お礼参り、かな。」

 浜凪の回答は、だそうで。

 「……なるほど。」

 感心を僕は返して。

 足りなかったのは、お礼参りのこと。らしいなと思う。

 確かに。

 夜出現した、神様が、どうにかして浜凪を歩かせたんだ、お礼もしたくなるな。

 出雲大社なら、確かに都合いいな。

 見たその神様が、あの出雲大社で出会った神様なのだから。

 お礼も、座するその場所は、適切で。

 

 なら早速と、僕ら移動のためにチケットを求めてバスセンターへ。

 病院から近いのは、まあ都合よく。

 「!」

 気付くことがあり、いきなり買いに行っても。

 早々すぐのチケットは手に入らないと思う。僕は浜凪に向くと。

 「心配いらないよ。手に入るから。」

 「……?」

 全て察されて、笑顔で懸念を払拭される。

 やけに自信満々なところも感じ、僕は疑問に首を傾げて。

 浜凪は、チケット売り場にて、僕の先頭に立ち、求めていく。

 すると、宣言通り、二人分のチケットを獲得してきた。

 それも、すぐの時間の便だ。

 「?!」

 何をしたか分からないが、単純にすごいと思ってしまう。

 僕は、つい驚愕してしまった。

 「さあ、行こう。」

 浜凪はチケット二枚持って、僕を手招いて。

 らしくないように、格好良く思えて。

 だが。

 「……ありがとう。けど、支払いは?」

 一方の僕は、らしいや、雰囲気に水を差すかのように。

 俗世的に問いを述べてしまう。

 浜凪に払わせてしまったと、申し訳なさそうに。

 浜凪は、そんなことはいいと、僕からの支払いを拒否。

 どうやら、そこまで嬉しいのかもしれないな。

 自分が動けるようになったことが。

 なら、気分に水を差すのも悪い、僕は了解した。

 手招き乗ったバスは、一切の滞りなく動く。

 道中、久し振りと言わんばかりに興奮気味な浜凪に、僕はやや、引いてしまった。

 高速道路を抜け、山の曲がりくねった中国山地の、国道を抜けて。 

 ……曇りだらけの島根へ向かって行く。

 「……。」

 広島から乗った時は、快かったのも。

 今住む地方に近づくにつれ、段々と鬱屈が蘇ってきて。

 余計、顔が暗くなった。

 やがて、出雲市駅に到着する。夕刻が迫る時間だったか。

 そこは、そう、出雲大社をモチーフにした、駅舎で。

 夕刻に社風の建物、輝いていて。琥珀の色に、そろそろ染まりそう。

 この前の、出雲大社駅とは違い。

 こちらは、中心地の駅のためか、大きく、また人の往来もそこそこあった。 

 夕刻迫るこの時は、帰宅の時間のよう。

 「……。」

 賑やかさに、心躍りそうに一瞬なったものの。

 だが、僕の現状がそうさせてはくれない。

 怨讐未だ、ここにあって、だから。 

 暗い表情戻ってしまう。

 「ねぇ。こっち。」 

 「!」

 怨讐の黒に染まる、僕を勇気づけるかのように、浜凪は言って。

 僕を手招いてきて。

 そこは、私鉄の駅。そう、ここから直接、あの出雲大社駅に向かえる。

 気付いた僕は、浜凪について行き。

 

 「……。」

 行くのはよかったが、生憎発車のベルが鳴り、これでは間に合いそうもない。

 他の便には時間がまだあって。諦めに僕は、鼻息一つ。致し方ない、待つか。

 「大丈夫。見れば分かるよ。」

 「?」 

 浜凪はポジティブにしていて。言っては、呑気に改札をくぐり。

 どこからくる自信だか、僕は首を傾げてしまう。

 ついて行き、僕もまた切符かい、改札抜けてホームに。

 「?!」

 見えた電車、なぜか未だ発車せずにいて。何事か見渡してみれば。

 何と、老人がホームにいて、ゆっくりとした歩調で列車に乗り込んでいる。 

 どうやら、粋な車掌が、その老人のために、少しの時間止めていたのだ。

 そのおかげか、僕らは間に合って。

 「……。」

 隣にいる浜凪は、その情景に、さも慈しむような視線送っていて。

 一方の僕はどうしてこれが分かったのだろう、疑問に思ってしまう。

 出雲市駅から出雲大社駅まで、真っ直ぐの移動。出雲の町中を行く。 

 前回の移動は、山間を行くルートで、湖と畑だけの退屈なルートだったけど。

 今回は町中のため、道中は違って見えた。

 人の営み見えて、さらに、幸せそうな顔さえ。

 「……っ!」

 そんなもの見て、僕はまた、歯軋りして、睨んでしまう。 

 怨讐がまた溢れてしまい。あぁ、旅路が怨讐に汚れてしまう。

 気を紛らわすために、浜凪を見ると。

 久し振りの旅路に、心躍る様子、見て取れて。

 その表情手前、怨讐を僕はまた奥に隠した。

 あの時見た、レトロの駅舎へ到着する。

 あの時と同じ、琥珀色に染まりそうな時刻に到着する。

 「……ふふふっ!」

 その美しい光景に、ホームに降り立ったなら感嘆交じりに浜凪は微笑んで。

 「……。」

 僕は、笑えないままだ。

 レトロの駅舎潜り抜けて、出雲大社への参道へ。

 あの時と同じように、参道はポールに埋め込まれた明かりに照らされていて。

 斜陽が琥珀色に染まり、全てあの時と同じように輝いていた。

 導くように、照らして。浜凪は先導するように、その道を行く。

 僕は、その後を追った。 

 

 大鳥居、松の門、くぐったなら眼前に迫るのは。

 出雲大社の本殿……を臨めたはずの場所へ。 

 修繕工事中故、雰囲気も神聖さも、半減していて。

 そのためか、時期も悪く。

 時刻も時刻、夕刻で、人もほとんどいない、寂しさ漂う。

 「……ふぅ。」

 台無しだろう、……浜凪がね。溜息一つついて。

 ちらりと見たが、失望している様子はない。

 降り立った時と同じ、笑顔を見せたまま。

 ならいいか、僕は気にしないようにした。

 「……それで、賽銭でも入れる?神様を呼ぶ?」

 お礼参りなら、どうすると僕は聞いて。

 「……。」

 だが、返答はない。それがやけに珍しく、僕は疑問に首を傾けて。 

 無言で浜凪は歩き、より本殿へと。

 何だかこの時、何か操られているかのように動いていて。

 「……?」

 疑問増えたまま、僕は後を追う。

 「?!」

 「あ……ぐぅ?!」

 そうしたなら、浜凪は跪くように足を崩す。

 突然何が、と僕は目を丸くし、寄り添おうと動き。

 いや待て、まさか無理が祟って?!そうかもしれない。

 思うに僕は、浜凪は今までベッドの上だったんだ。

 ここまでの長距離移動なんて無理だったんだよ。

 ここで倒れられると、気分が悪い。  

 「なあ、無理だったんじゃ……?!」

 僕は言う。さらに、手を差し出して、帰ろう。

 いや、どこか休める場所へ行こうとして。

 「……いいんだ。これで、いいんだっ!ぼくはこれで……。」

 「?!」

 その手、掛けた言葉払いのけられ、言うことには。

 きつそうにしながらも、何か決意した風もあり。 

 「歩けるようになっただけじゃなく……。役に立つんだ……。」

 「?!何を……?」 

 続けることには、歩けるようになった願いだけじゃなく、〝役に立つ〟、だと?

 何を言っている?

 僕はオウム返しに、聞いて。

 「神様……の……。あがぁああああああ?!」

 「?!」

 その答えだが、叫びに消えて。

 叫んだなら、全身からビキビキとひび割れる音が聞こえて。

 挙句、その頭と尻から、獣の耳と尻尾が生えてきた。

 猫、だ。銀色の……。それはあの……。

 「……神様……。」

 出雲大社で出会い、僕の願いを叶えようとして。

 ……あの男に、刺された、あの神様を思わせて、呟く。

 そうだ。あの、神様だ!

 だが、なぜ?一体、その神様は、何を浜凪にしている?

 「なぜ?ね、ねえ。何が起こって……?」

 理解できない状況に、つい聞いてしまい。

 「……神様……弱っててさ……。清らかな……願いが……。だから、ぼく、体を捧げて……。その代わり、動けるようにしてくれて……。で、でも、ぼく、何だか合わないみたいで……。でも……でも……っ!」

 苦しそうだが、答えてくれた。

 「……。」

 聞いていても、話が見えず、理解できないでいる。

 「うぁああああああああ!!!」

 また、僕の疑問さえ掻き消す勢いで、浜凪は叫んで。

 僕は、見ていることしかできない。

 「!」

 すると、体まで発光してしていて。

 僕は手助けより、見入ってしまう。

 それは神様が見せた、神々しい光景に違いなく。

 その通りに、風がどこからともなく舞い。

 やがて世界は琥珀色にて、留められてしまう。 

 神々しい光の輪が、浜凪の頭上に出現しては、回りだす。

 ……重ね重ね言うが、神様が見せた、奇跡の一幕。

 僕の、怨讐の願いが、叶おうとする瞬間。

 これはそう、あの時の続き。

 感じた僕は、残酷かな、止めることができない。

 できやしない、それが望みであるから。

 できやしない、たとえそれで、友達が……。

 ―おぉおおおおおおお!!!

 さて、どこからともなく、響く、地より湧く、重い声。歓喜を纏い。

 何事か、思ったものの、すぐに理解する。これら、怨嗟。

 僕と同じ、怨讐の願いたち。だからで、不思議と恐怖はなく。

 人から剥がれ、あるいは、人そのものが身を投じ。

 人が世界を嘆き。

 人生を嘆き、運命を嘆き、絶望を嘆いた、……塊。

 世界の終わり叶うこの時に救われない魂たちが、救いのためにここに集う。

 「……そうだね……。皆、そうだね……。苦しいよね?ぼくもそうだったよ、でもさ、これで一緒だね……?」

 ―おおぉおおお!!

 呟いて宥める浜凪に、続く怨嗟たち、歓喜し。

 ―……そうだ……。そうだよ!あなたが無理なら、僕がやる!僕が力を求めて手に入れて、そうすれば……!こんな忌々しい世界を、破壊して……!!!

 「!萩原君!……そうだね。君も、そうだね……っ!」

 「……。」

 怨嗟の中に、自分が吐露した言葉も見つけ。

 浜凪はそれさえ、掬って、慈しむように語りかけてくれた。

 なお、僕は黙したまま、それを見届けるしかない。

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