11 友達であると言われても
最後の夜だ、……不思議と寝付けないでいる。
隣のベッドの、浜凪はそう、悲壮することもなく静かに寝入っていて。
心音をモニターする音だけが、時計のように木霊しているだけだ。
「……。」
最後の夜に、眠れず何て言おう。あるいは、最後の夜だから。
この病院から出ていく前に、夜景でも見るか、考えを巡らせていて。
思うに、僕は、退院したらまた、鬱屈な日常に戻るのだ。
何の願いも叶えられないまま、怨讐の願いと共に、生き続ける。
それは、嫌だ。
僕は、浜凪ほどポジティブではない。
多分このまま出て行ったら、心が潰れてしまうかもね。
……考えてしまう。
一週間以上経っている。
きっと僕の家のポストには。
鬱屈の原因の一つ、就職活動の凄惨な結果があることだろう。
どれもこれも、祈ります、祈ります、祈ります、祈ります。
そう、健闘できないにも関わらず、健闘を祈られる。
希望を持てる一言は、ない。
救いの一言は、ない。
なら、進んでも僕は、何一つ希望も抱けないまま。……。
「……。」
思考区切り、窓を見る。
いっそ、開けて飛び降りてしまおうか。
ケガをしたら、またしばらく厄介だろう。
ま、浜凪が何と言うか分からないけれど。
でも、お祈りという名の、呪いを掛けられる手紙を受け取るぐらいならばいっそ。
そう、いっそ、完全に壊れてしまえば……。
「?!」
等々思いつつ、動こうとしたならば、おかしなことが起きていて。
この時、僕の体がなぜか動かないでいる。
金縛り?いいや。
肉体も脳も、まだ覚醒状態にある中で、このようなことはおかしい。
感覚としては、何か、押さえつけられているような?
声も、出せない。まさかここで、おかしな症状が出て?
もしそうならば、ナースコールをと思うものの、当然動かせない。
「?!」
僕が動くよりも先に、世界が明るい色に彩られていく、琥珀の色に。
もう、朝?いいや、まだ夜明けは遠い。
何より、なら僕の体が動かないことの説明がつかない。
「?!……っ?!」
その琥珀色に染まる世界にて、次に感じたのは何か。
僕の中から出てくるような感覚で。
辛うじて動く視界で見るならば、僕の胴体が光り。
そう、聖光のようなものに。
そこから、何か人のような存在が、その姿を緩慢に抜き出て象っていく。
「!!」
薄いシルエットながら、象られたその人物に、僕は目をはっとさせる。
猫の耳を頭に生やした、存在。
誰?ミケ?
違う。
……薄いながら見える銀髪は、神様だ。
全身が抜き出たなら、僕の体は軽くバウンドして。
誤魔化すように響く、鈴の音色。
「……!萩原……君?」
その音と、気配に気づいたか、浜凪が目を覚まして、声を出し。
「?!え、な、何?!ミケ……?ち、違う?だ、誰?」
その神様のような存在は、ゆっくりと浜凪へ近寄っていき。眼前にて、制止する。
その姿見て、浜凪は、戸惑ってしまい。
―人の子よ。よく頑張ったわね。あなたの願い、叶えに来たわ。
「え……?えぇ……?!」
―さあ、私を受け入れなさい。
「?!ぁあああああああああああ?!」
聞き覚えのある声で、しかし、透き通り、遠いような、言ってくる。
あの神様のような気がする。
その存在は、そうして、抱き締めるように浜凪に腕をやり。
その時、肉を突き刺すような音が響くなら。
存在の姿が浜凪に溶け込んでいくかのように消えていき。
反対に浜凪は、激痛か、叫んでいた。
だが、誰も来ない。ここは、切り取られた世界。誰も声を聞かない。
動きもない。
現に、切り取られたその瞬間から、心音をモニターしている機械も止まって。
その中で、激痛を和らげれるのは僕だけ。
だが、ほとんど動かないでいる僕は、声も上げられず。
「……っ!」
いいや、微かに動けるようになった。
僕は、その体鞭打つように動かして、手を差し出して。
浜凪に伸ばす。
しかし僕は、この時残念ながら、心配をしていたんじゃない。
救いのために、手を伸ばしたんじゃない。
悲しいかな、己の願い、怨讐の願い叶えるために、手を伸ばしていた。
何でもいい。
僕の怨讐、叶えられるなら、何でもいい。
どうか、鬱屈が、怨讐が消えるなら。
自分勝手だね。だが、そうなのだ。
僕の、怨讐を晴らせるのは、それしかないのだ。
「!!」
光が、存在が、溶けて消えていく。
琥珀の色合いも、やがて元の暗闇に戻りつつあり。
それでも僕は、存在追いかけるために、手を懸命に伸ばすものの。
「?!」
不意に、何か、突き飛ばされるような感覚を与えられ、僕は意識を失った。
「?!」
次に目を覚ました時は、もう朝で。病室には朝の陽光が射しこんでいた。
病院の窮屈な空気ではなく、外の新鮮な、清々しい空気も感じる。
何事かと体を上げてみたならば。
ああ、そうだ。体は夜とは違って、よく動く。……やはり、夢幻?
「!!」
そうして、見たならば、いつの間にか窓が開かれ。
また、一人誰かが、窓辺に佇んでいて。不可思議に僕は、目を丸くする。
病院関係者か?いいや違う、入院患者の服装で。
見覚えのある姿。
痩せて、細い腕といい、それで立っているのが不思議だと思う足といい。
そうその姿その人物、……それは、浜凪か?
まさかなと、僕は隣のベッドに目をやると、また目を丸くしてしまう。
そこに姿はない。あるのは、引き剥がされたケーブル、チューブの類で。
動けないはずで、いるはずの人間がそこにいない。
じゃあ、あの窓辺の人物は?
まさか、浜凪?!
「……。」
何が起こったんだ?
理解できない僕は。
空のベッドと窓辺に佇む人物を交互に見比べてしまってならない。
「!」
気付いたか、その人物がこちらを向いて。
「やあ、おはよう、萩原君。今日は、君の門出には相応しい日だね?」
いつもの笑顔も向けて、いつも通りに挨拶を交わす。
確信した、他ならぬ浜凪。
驚きに、生返事でしか応ぜず。
構わず浜凪は、その笑顔を向けていた。
「……な、なあ。」
「?」
ようやく思考が、朝の寝ぼけもあった思考が。
正常になったなら僕は、その状況に一石を投じるように口を開く。
浜凪は、何だい?と言いたげで首を傾げ。
「……どうしたんだ?体……。動かなかったはずじゃ……。」
問うことは決まっている、なぜ動けるようになった?眼前に起きたこと、未だ理解できないでいる僕は、戸惑いながらも聞いて。
「神様が来たんだ。いいや、萩原君が、神様を連れてきたんだよ!それでさ、僕を治したんだ。誰も治せなかったのに、治してみせたんだよ!ふふふ。君の言う通り、願ってよかったよ!」
「……?」
その回答は、とても嬉しそうであり。
そう、願いが叶って、神様が来てくれたということで。
それは、僕がもたらしたことだと。
加えてくるものの、僕には何が何だか分からない。
「言ってたんだよ、神様。萩原君の中にいて、ずっと隠れていたって。それで助けたい、それこそ本当に助けたい人間がいたら、出てきたんだって。でも、その後はどこに行ったか、分からないけどね。」
「?!ちょっと待って。」
続けられる言葉に、僕は待ったを掛ける。
全く理解できないけれど、神様なら、まあ、いいとしても、だ。
僕は言葉聞いて、今不満が溢れるのを感じる。
ならなぜ、僕を救わない!
僕の中にいたの何のなら、なぜ僕を救わない?
あの時、シータとかいう、腹立たしい男を前にしても、なぜ何もしない?
いたなら、なぜ?
なぜ?なぜ?
……ああ、この時になぜなぜばかりが増えて、収拾がつかなくなりそうだ。
「……っ!」
苛立ちまた来て、軽くぎりっと歯軋り。
怨讐噛み潰して。軽く唸りもしたが体は正常、痛みはなかった。
「?どうしたの?」
そんな僕の顔、不安そうに浜凪は覗いてきて。
「……何でもないよ。」
それら全て、不満と〝なぜ〟の混じり合った混沌で。
しかし、不満ぶつける相手は浜凪ではない、僕はそう言って、区切った。
浜凪のベッドから、緊急事態を知らせる音が響く。
当然のことで、浜凪はそうモニターされていたのだ。
外されていたら、警報も鳴ろう。
慌ててくる看護師、医師、緊急事態かと見たならば、確かにそうで。
だが、医療行為の必要なものじゃなく。
見たならば皆、浜凪が立っていることに、驚愕している様子だ。
また、当然ながら、浜凪はそのまま検査されてしまう。
僕はその間、やれやれ真面目だね、浜凪の検査が終わるのを待っていた。
服装は元の、私服で整え。
かつ、大切な物が入ったバックパック、戻されて手にして。
「……。」
一方で、浜凪の検査には時間が掛かるみたいで、間が空いた。
「!」
その空き時間、埋めるように鳴る、携帯電話。
浜凪のことは置いて、何だろうと見れば、それは母親からの電話であった。
「……もしもし。」
《……!……。》
手に取ったなら、今日が退院と聞いて、喜ぶ声と。
今日来れないことを詫びる悲しそうな声。
申し訳なさそうに、していたが。
「いいよ。僕だって、もう成人しているんだ。一人で何でもできるようにならないと……。うん。分かった。……就職活動は、相変わらずだよ。着信だってないし、家に帰ったら、きっと〝お祈り手紙〟ばかりだよ。うん、それじゃ、元気で。うん、年末には帰ると思う。じゃあ……。」
《……!……。》
僕だって、いつまでも子供じゃないんだ。
一人で決断しないと、と言っては、フォローして。
電話の向こうの母は、やがて笑顔になり、元気でねと締め括り。
通話の終了に、僕は携帯電話のボタンを押して、閉じた。
「……。」
閉じた上で、天井向いて、一息。元気出してと言われても、正直現状無理だ。
怨讐未だ、解決していない。
笑えや、しない。
元気も、出ない。
今日は退院のはずなのに。
心底喜べず僕は、思いっきり深い溜息ついて、項垂れ床を見る。
「!」
と、向いた時に影が濃くなり。
何だと再び顔を上げたなら、そこには笑顔の浜凪がいて。
それも、とてつもなく笑顔。
「お待たせ。待ってくれていたんだね?」
言うことには、待たせて申し訳ないということで。
けれど、どこか嬉しそうでもある。
「うん。君を一人にするのも、何だかな、とね。」
答える。一人にして、このまま出ていくのも、何だ、折角隣にいて。
色々話をした仲なのに、無粋。
それくらいは、してもいいな。
「……。」
聞いていた浜凪は、言われてより嬉しそうにして。
また、瞳も潤んでいるのが見えた。
「……ねぇ。」
「?」
続くことには。
「……ぼくたち、友達だよね?」
「!!」
友達で。
そう、今まで話をして、ここで待ってくれる、そんな存在。
それは、友達以外にありえない。気付いて僕は、はっとなった。
なら、無粋に一蹴するのも癪だ。そこまで言われたなら、否定するのもね。
「……そうだね。」
否定せず僕は、浜凪の言葉にそう答えた。
聞いたなら、もう気絶しそうなほど嬉しそうにして。
それはそれは、その体では、そのまま倒れそうな勢いだったよ。
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