10 さよならが近付いても

 僕が目を覚ましたとなると、医師たちは僕に様々な検査をしていく。

 レントゲンやMRI、血液検査やら……。

 「……。」

 どの結果見ても、悪くはなく。

 その都度、大したことなしに、鼻息を一つ吐いて。

 何事もなく、幸いであったことは喜ぶべき所にも関わらず、喜べない。

 が、現状、打開されたわけでもない、僕の怨讐未だ残り。 

 また、だからとすぐ退院でもなく、経過観察もあるか、残されて退屈。

 「!」

 などと思っていたら、両親が訪ねてきて。

 僕がケガしたと聞いて、遥々長崎から訪ねてきたのだ。

 本来なら、喜ぶべきだが、何度も言っている通り、怨讐残りで、笑えない。

 「!!」

 聞くに僕は、一週間は眠っていたらしい。これには驚きで。

 場所は広島、かつ、そこの市民病院。

 あの時、ミケの失敗に巻き込まれた場所の近くみたい。

 それは、そこで知った。

 両親は口々に、心配した言葉を掛けて。

 都度僕は、頷き、心配掛けたねと、返して。

 だが、そんなことはないと、首を横に振り。

 どこか、安堵した表情も見せて、やがて去っていく。

 一息ついたなら、待っていましたとばかりのタイミングで。 

 スーツ姿の男たちが訪ねてくる。

 パリッとした卸し立て、そんなスーツではなく。

 様々に出歩き、使い倒した物。

 嫌に威圧感もある。警察官だ。証明に、警察手帳を見せられて。

 「!」 

 威圧に僕は、一瞬身を引いてしまいそうになる。

 悪いことは、何もしていないはずなのに。

 いや、悪いことではないが、ピンときたことが一つ。

 それは、暴行事件について、何か聞きたいことがあるということで。

 それが、僕が目覚めたこのタイミングだ。……やれやれ、忙しいことで。

 何せ、倒れていたのが繁華街で、それこそ、いいイメージがない。

 そんな中、暴行されて僕が倒れていたなら、聞きたくもなる。

 問われることに、僕は逡巡する。

 原因それは、見習い神様こと、ミケのせいで。

 なお、そんなこと話せるわけがない。

 あれは失敗で、かつ、故意じゃない。

 ミケを犯人として言うのも、気が引ける。

 それに、言ったところで信じてもらえない。

 言ったら僕は、今度は脳に異常があるじゃないのかと、検査されてしまう。

 多分、異常はないと言われるオチだろうけど。

 「!」

 おっと、こんな時、まったく都合のいい奴がいたな。閃きが一つ。

 さて打撲、それも多数。

 その最大の原因は、僕を〝ありがたく〟説教したあの男、あの銀髪の男だ。

 閃いたこと、述べたなら。

 刑事の人は、ほうほうと興味津々の様子で、メモしていた。奴の特徴だろう。

 ありがとう、そう一礼して刑事さんは去っていった。

 「……。」

 鼻息一つ、吐いて思う。

 さあ、震えるがいい!!あの男、シータとか言ってたっけ?ふん。

 忌々しいあの銀髪男が、警察に捕まって、やがて僕に土下座する。

 そういう風になったら、この心も多少張れるだろう。

 想像、やがてこちらも安堵に。

 また、いきなり多くのことがあって疲弊もある溜息が漏れた。

 「……今日はやけに、賑やかだったね。」

 「!」

 隣の浜凪が、言ってきた。

 「……ああ、色々と……ね。事件とか……。それに……。うっ……。」

 警察のことを口にするついでに、家族が訪ねてきたことも言いたくなったが。

 気付いた僕は、途端区切る。 

 思えば、浜凪に、家族はいるのか?

 聞きそびれていて、僕は自分が言おうとした先を、紡ぐのを躊躇ってしまう。

 「……家族、訪ねて来たんだよね。」

 「!!」

 助け舟、浜凪は、僕が言いかけた先を、紡いでいく。

 言われても僕は、そこから先、何を言えばいいか分からずにいて。

 「……気にしなくていいよ!」

 「……だけど……。」

 僕が気にしていると察して、浜凪は言って、和らげてくる。

 躊躇いあって僕はやはり口が上手く動かせずにいた。

 「ぼくにもいるんだけどね。最初は来ていたんだけど、今は、もう。もうね、ぼくは一生このままなんだ。だから、誰も……。」

 「……。」

 加えてくることには、己の身の上で。

 僕は黙して聞く。和らいだ顔、その奥には寂しさがあり。

 「……でもね、だからと言って、ぼくは他人の幸せを妬んだりしない。ぼくは君みたいに、僕に話してくれる、そんな存在がいるだけで十分なんだ。だからさ気にしないで。」

 にも関わらず、笑顔で言い切り、僕の懸念さえ、拭い捨てて。

 「……そっか。……ごめん。君には、辛い思いをさせたね。」

 そんな僕は、ただ謝るだけでしかなく。

 「ううん。気にしなくていいよ。」

 そんな僕に、優しく浜凪は声を掛けてくれた。

 「……。」

 「……。」

 その後に、また二人沈黙してしまう。

 眠るにも早すぎて、だけども、話題がやはり見つからないでいる。

 「ねぇ。」

 「?」

 沈黙を破ったのは、お喋りの浜凪で。

 「もしさ。」

 「うん。」

 「外、とか出歩けるなら、外の様子、ぼくにも教えてよ。どうなっているのか気になるんだ。だって、この体じゃ、窓も見れない。」 

 「……。」

 それは、僕への願い。

 首から下が動かず、ただひたすら、天井ばかりを見る毎日。

 ならば救いに、僕に頼みを託して。

 そうであるならば。

 それしか見れない自分に、それしかない自分の毎日に、華が生まれる。

 僕は無下にすることはない。

 「分かった。」

 静かに願いを聞いては、頷いた。

 聞き入れてくれたと、浜凪は終始嬉しそうにしていた。

 翌朝には僕は、病院内を出歩ける状態になっていた。

 縛り付けて窮屈の、心電図用のケーブルも、他何かのチューブも外されて。

 ただ、鈍痛に感じる点滴は相変わらずそのままだ。

 そこはだめかと、残念そうに僕は溜息を一つ。

 持ち歩くには、正直邪魔な気のする金属棒だが。

 退院前日までは、着けていないといけないのかもしれない。

 それでも幸せか、……隣のベッドの浜凪よりも。

 「?!」

 なお、歩こうとベッドから立ったなら、軽くふらついてしまう。

 そこは、看護師が介助してくれて。

 震える足ながらも、少しずつ歩いていけば。

 思い出すようにしっかり歩けるようになっていく。

 「……。」

 まだ入院中。

 浜凪との約束もあり、僕は院内をウロウロ歩くながらも、情報収集にも努めた。

 ……。

 伝わる情報はどれも暗い物ばかりだよ。

 まあ、テレビだけしか収集する当てはないけれど。

 やれ地震がどうのこうの。防災対策はどうの。原子力発電所がどうの。

 経済が、犯罪が。

 ……煽るような。

 あるいは反発したくなるようなニュースのコメンテイターの言葉。

 どこか的を得ていない。

 鬱屈は結局解消されていなくて。相変わらず、暗いものばかり。

 ……溜息一つ、ついては病室に戻り、仕入れた情報、浜凪に伝える。 

 正直、喜ぶものじゃない。

 にもかかわらず、浜凪は新鮮だとばかりに、喜んでいて。

 ……その精神、僕は羨ましく思えてきた。

 相手は、僕よりも重症で、動けないはずなのに、ポジティブで。

 僕は、軽症で、動けるのにネガティブ。対比された僕ら二人、不可思議だ。

 何が、浜凪をそうさせている?

 秘訣を知りたいね。

 ……聞いたら、どうやら諦めに似た印象を受けてしまい。

 だからこそ、他の幸福を祈っていると。 

 ……何だか、これも的外れかな。

 正直、僕には合わない。

 今の僕は、怨讐に囚われている。そんな僕が、他の幸福を祈れるわけもなく。

 その日、そのような会話で過ぎて行った。


 次の日も変わりなく。

 僕は病院内ぶらつくだけぶらつく。

 片手には、やはり点滴で。

 入ってくる情報鬱屈で変わりなく。こうも変わりないと、退屈で仕方なく。 

 正直、ゲーム機か何か持ってきて、病室で何かしていた方が気が紛れそうだ。

 もっとも、許可されないだろうけれど。

 今日は、その退屈さに、溜息一つ、ついて。

 「!」

 いや、一つだけ違うことが起きたね。

 医者に呼ばれるなり、また、検査、経過観察。からの、退院の知らせだ。

 翌日には、退院できると言われて。

 やはり、それだけ大したことはなかったんだな。

 安堵に近い溜息。それと、少し申し訳なさも出てはくる。

 それは、残る浜凪のことであり。

 病室に戻っては、さて、言うべきか迷ってしまう。

 「……退院するんでしょ?」

 「!!」

 その迷いから、かの浜凪は見抜き、代わりに言ってくる。 

 出された言葉、僕には浜凪を一人にしてしまう決別の言葉になると感じ。

 「……うん。明日ね……。」

 だからと言って、いいや違うと言ったところで、変わるわけじゃない。

 余計傷付けるだろう、僕ははっきりと言って。

 「良かったじゃない!」

 それを浜凪は、さも自分のことのように喜んだ。その表情に、寂しさはなく。

 「……いいの?一人になるんじゃ?」

 懸念はある。こうして、隣で話してくれた、そんな人を残していくことに。

 僕は問う。

 「気にしなくていいよ。君には、君の人生があるじゃないか。僕は、こうして話してくれただけでも、嬉しいんだよ。」

 明るく、背中押すように言う浜凪、僕は頷けず。

 「それに、退院したからって、ここに来ちゃいけないって、わけじゃない。」

 「!」

 「約束だよ!お見舞い、来てよね?そうしたら、外の世界のこと、もっと教えてよ。」

 「……うん。」

 続くことは、約束で。

 別に今生の別れじゃない、見舞いに来ればいい。

 なら、ここでの懸念も、和らいでくる。 

 僕は頷いて、その約束をした。

 「……けど、ふふ、立って見送ることができないのが、残念かな。あ~あ。神様来ないかな。その見送るだけでも、いいのに。」 

 ただし、残念そうなことはあるみたいで。

 言うことには、病院の玄関まで。

 退院のその瞬間に立ち会えたらな、ということだった。 

 「……なら、願い事でもしてみる?案外、ミケが叶えてくれるかもね。」

 その残念がる言葉、皮切りとして僕が続く。

 話題として、神様を上げたのだから、なら、ミケを出しても構うまい。

 「あっはは!いいね。ミケちゃんがすっごい神様になって、いきなりぼくの目の前に現れて、願い事叶えて……。動けるようになってさ。そうしたら……。」

 「……。」

 「ん?そうしたらぼく、退院できるよね?あっはは!そしたらさ、萩原君、どこか旅行に行かない?」

 「……それは、いいね。」 

 そうしたら、楽しそうに夢を語りだしてきた。

 願いが叶って、体が動くようになったらってことで。

 そこから展開されることに、浜凪は楽しそうにしている。

 考えを邪魔することはない、僕は素直に賛同した。

 突然決まった病院最後の日に、今は願い事の話をして。約束を交わして。


 そうして、最後の夜を迎えた。

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