9 また会いましょう
「……ごめんよ。ぼくはこんな体なんだ。だから、君たちときちんと目を合わせることができないんだ。……首から下、動かないんだ。」
その沈黙を破ったのは、誘った当人で。
辛いながらも、笑顔見せながら言ってくる。
僕は黙して、聞いていて。
少女は、まだ絶句のまま、微かに感じる壮絶に、当然何も言えないでいる。
「……ごめんよ。って。謝ってばかりだ。あはは。じゃあ、暗い話題はこれくらいにして、自己紹介するよ。ぼくは、〝浜凪通(はまなぎ とおる)〟。」
「!」
「!!」
それは、言い難い状態を提示したからとその人は、自ら話題を変え。
自分の名前を出してくる。ただ、それでも謝ってばかりで、悲しそうで。
話題が変わったと僕と少女は気付き。
僕が、今度は口を動かした。
「萩原桃音。廃人一歩手前だ。他に何のとりえもない。」
自己紹介、返して。多分、聞いていたなら知っていると思うけれども、ね。
「あはははっ!廃人だなんて!君は立って歩けるじゃないか。僕みたいに、頭部をやられて、歩けない体じゃないんだから。君、おかしなことを言うね。もうちょっと、仏頂面じゃなくて、おちゃらけに言えば、愛想もいいのに。」
「……。」
自虐だと、僕のは笑われるが。
バカにするものじゃない、純粋に面白がる様子だ。
その通りに、自己紹介の際も、仏頂面だったかもね。
「……ととっ。笑っちゃった。ごめんね。」
笑い過ぎたと、浜凪は言って、本日何度目か、謝ってくる。
「……別にいいよ。気にしていない。だってさ、今まで誇れるものが何にもないんだから。」
その笑いが、純粋に面白いということだと僕は気付いていて。
故、何も咎めることもしない。
「まあ、そんなことより、いつからそういう状態?」
話変わって、僕から浜凪へ話題を。
「……。」
一瞬押し黙ることには、多分言いたくないのかもしれないと。
僕はなら、いいやとこれ以上言わないよう努めようとする。
「……半年前からだよ。」
「!」
だが、口を開いて。意外さに、少しはっとして聞き入ろうと見たならば。
表情は一転して、暗そうだ。
「常識のない、嫌な人間に階段から突き落とされて、頭を強く打って、脳に障害ができて、二度と歩けないし、手も動かせなくなったんだ。まあ、不幸なのはもっと前からだけども、聞きたい?いや、聞きたいよね、ぼくばっかり、君の話聞いていたから。」
「……うん。」
それでも続ける。僕は相槌を打って、聞き続けようと。
ゆっくりだが、続けて。
「ぼくは、高校に入っても嫌な奴に絡まれてね、憎くてしょうがなかったんだよ。大学でもそう。道を歩けば、また嫌な奴に絡まれてお金を取られ、ネットでも野次られ、陰口を叩かれて、挙句、浮浪者に絡まれて突き落とされてこうなった、……端折ってるけど、こんなところかな?……君と同じだね。ふふっ。」
「……だね。」
締め括ことには、僕と同じ境遇のようで。親近感さえ、湧いてきた。
「……僕のも、聞くかい?」
それだけ長く話したら、僕もお返ししたくなるよと、続くものの。
「……いいよ。ごめんよ、盗み聞きみたいだけれども、聞いていたし、それに君だって辛いはずだよ?体に悪い。」
「……そう。」
話遮られ、断られてしまうものの、だが、配慮だ。
何せ、この僕が口にするそれは清らかなものじゃない。
怨讐の混じる、どす黒いもので。
かつ、それを言うと、僕の傷が疼くと気付いて。
言わないでいいと労わるように言ってきて。
「……ありがとう……。」
その配慮に僕は、感謝し、締めた。
「!ところで……。」
「?」
また話題が変わる。
浜凪は視線を僕じゃなく、傍にいる少女に向けて。
「そこの女の子、神様なの?」
「!」
話を振って来た。振られた少女は、少し申し訳なさそうにしていて。
「……え、ええ。一応は……。」
少し苦しそうに言った。
僕は、話を聞いていたから分かるが、修行中の……。
「またまたごめんね、ずっと話を隣で聞いていたから。つい気になってね、聞いてみたくなったんだ。神様って、どうなのかなって。」
またまた始まりには、謝罪加えて、純粋に聞いてきて。
「……うっ。その……。」
その純粋さに、少女は恥ずかしそうに顔を赤くし、俯く。
それは、修行中の身で、力もあまりない。
いわゆる、神様と言われるほどの、身ではないがために。
「……。」
言葉区切り、ちらちらと浜凪を見つめては、微かに息を吐いて。
躊躇いを捨てて、口をもごもごと動かした。
その、浜凪の純粋な問いに、答えるために。
また、手混ぜもして、もどかしそうに。
「う……私……。修行中で……。ほ、ほんと、そう……。格式何て、私、なさそうでしょ?」
震える唇で、ぽつぽつ紡いでいく。
「……ごめんなさい。ええと、浜凪……さん?の期待するような、何かこう、恋愛とか、健康とか、金運とか司っている、すごい神様じゃないの。うぅ。」
言うことには、すごい神様ではないと。辛そうに、顔を伏せた。
それは、失敗を思い出してのことだ。
特に、彼女の傍にいる僕が、まさしくその結果で。
結果僕は病院に入院することになった。
顔を上げ、ちらりと、僕を一瞥しては、続けて。
「……多分信じてもらえないと思うけど、……萩原さんのケガ、私が原因なのよ……。私が、力の使い方を間違えて。うぅ……。まさか、人を傷つけちゃうなんて、私、神様失格だよね……。」
締め括ってはまた、辛さのあまり、顔を伏せる。
「……。」
浜凪は、静かに聞いていて。
その辛そうな彼女の表情、見据えて。
何かを感じ取ったなら、口元に笑みを浮かべては。
「失格じゃないと思うよ。」
「……え?!」
言葉紡ぐ。
その意外な言葉に、少女は目を丸くさせ、顔を上げて浜凪をまじまじと見つめて。
なおも続く、浜凪の。
「ぼくが言うのもなんだけど、最初は誰でも初心者、それも、修行中だったと思うんだ。だからさ、失敗してもいいんじゃないかな?失敗して、分析して、そうやって、成長していく、……そんなものかな。ふふふ。神様じゃないのに、何を言っているんだろうね?」
笑顔で締め括る。
もう歩けない、立てない状態でありながらも、仏のように語るその様子に。
「……っ。」
少女は、体をピクリとさせては、何か隠すように顔を伏せて。
「……言われた……。」
何だか、諭されたと顔を上げ、軽く瞳を拭い、そっと笑って向き直った。
「そうね。そう言われるなら、私はまだまだ、修行不足ね。ありがとう、浜凪さん。……これからでも、神様の世界に戻って、修行しないと。」
僕や浜凪に言うことには、神様の世界に戻って、修行をすると宣言して。
決意新たに、失敗を糧に、成長のためにと少女は決意して。立っては、握り拳作り、気合を入れた。
今にも、旅立ちそうな勢いだ。
このまま、神様の世界への門を開いて、修行に出掛けるのかもしれない。
「……待って。」
「!」
その勢い、弱める言葉は、浜凪から放たれて。
「名前。君の名前。名無しじゃ、可哀そうだよ。」
「あ……。」
言うことには、少女への名前であり。
浜凪が話を聞いていたなら、彼女に名前がないことは知っている。
その上で、少女に、そう言うそれは、残酷か?
いいや、違う。そうではない。
このまま、名の知らぬ少女のままでは、可哀そうだ、まあ、僕も思う。
聞いていて少女は、また、顔を赤くして。また、もじもじと手をして。
「じゃあ、らしい名前を付けよう。」
浜凪は続けて。
「ミケ、なんてどう?君らしいと思うけど。」
「……なるほどね。らしいな。」
導き出すことには、……らしい名前で。
僕は納得したが、しかしこれは、猫に付けるようなものだ。
神様に付けるものか、甚だ疑問だ。
「!!」
聞いていた少女は、それでもよかったようだ、どこか、嬉しそうにする。
そっと笑い、浜凪に向き直ったなら。
「……えと、ありがとう!……そうね。私らしいわね。」
言って、頭を下げる。
元気が出てきたようだ、少女は。
いいや、ミケは、改めて姿勢を正し、服装を整えて、向いては。
「じゃあ、改めて。私、修行するね!修行して、立派な神様になる!その時はまた。……ええと、その、そうでなくても、何かあったら、私を、私のその名前を呼んで。どこからでも、飛んでくるわ!」
改めて、言う。そっと、希望に満ちた顔を向けて。
「……ああ。」
僕は、静かに言う。その希望の明るさに、目を細めて。
僕には、あまりにも明るすぎる、その感情は。まるで、眩しいや。
「うん!待っているよ。」
浜凪は、彼女に負けない笑顔で見送るつもりだ、言っては、希望の言葉残し。
「うん!」
ミケは言って、その場で目を瞑り、両手を合わせた。
リンと鳴る、鈴の音が響いたなら、世界が琥珀の色に染まり。
その時、僕らの周囲の時間も、写真の一幕のように切り取られ。
聞こえていた、病院の音も、遠退いて。
ミケは、やがて光に包まれる。聖光。
それは、あの時失敗しなければ、僕にも浴びせていた清らかなもので。
今は、少女だけを照らして。
その光が、ミケの姿を溶かしていったなら、……姿は消えて。
琥珀の色も、聖光が遠退くその時には戻る。
僕らの病院の一室は、途端、沈黙だけが、残る。
やがて、遠くからは、病院の様々な雑音が蘇ってきて。
そう、ミケは、まだまだ修行中の神様は、旅立ったのだ、それを理解した。
「……。」
「……。」
残った僕と浜凪二人、やはり沈黙してその光景を見ていて。
多分、その不可思議の余韻、未だ残る。
……さて、どう、言葉を紡ごう、僕は思い付かないでいた。
「……すごいね。」
その中で、言葉紡いだのは、浜凪で。僕は、こっくりと頷く。
「……神様の世界って、どういう所なんだろうね。天国とか?」
「……さあ……。」
続けては、期待の眼差しを宙に送り。傍らの僕は、……生返事で。
琥珀色の世界の余韻、やがて過ぎて行った。
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