6 最悪の旅路の中でも
後悔にも、痛みにも蹲ってしばらくしたら、引いて。
怒りも、怨讐も、その頃には引いて。
ようやく、立ち上がったなら。
ポストや自分の家を尻目に、忘れ去るために道を駆けだした。
一昨日とは違う道、目指すはより遠い所目指せる。
大きな駅、あるいは、高速バスの停車場。
家から大分遠いながらも、僕は道中駆け抜けて。
道にいる人間の姿、目に止めないように駆けて。それもまた、一昨日のよう。
駆けに駆けたなら、……同じように息も上がり。
それでも体動かし、チケットカウンターで、適当に。
まあ、僕の財布と相談もして、バスのチケットを取る。
行き場所も適当さ。
島根から、西でも東でも南でもいい、適当。
忘れられるなら、どこでも構わない、適当。
取ったチケット見て、乗車場所見つけて待ち、行先通りのバスに乗り込んだ。
「……。」
高速バスの座席に乗って、ようやく一息ついて。
家から駆け出してからずっとだった、席に座ったなら、ようやく体が休めて。
それに、家から休みなく、全速力出して駆けるなんて。
端から見えれば、おかしいと言われても仕方ない。
けれども僕は、余裕なんてなく、気にも止めず。
ともかく体休めて、さて行先はと見れば、〝広島〟であった。
何も考えずに、予約したが、南を引いたみたいだ。
「……はぁ……。」
安堵し、軽い溜息が漏れて、瞼は重くなり。
車窓見る以前に僕は先に、夢の旅に出てしまう。
がっかりかな、夢なんて見てなくて。
ぐらりと大きな揺れと、アナウンスに、はっとして。
顔を上げたなら、終点が迫っていて。
気付いて見渡したなら、見覚えはない。
住んでいる場所と比べると、高いビルが立ち。
また、道路の、車線と車線の間を、路面電車が我が物顔で唸り、走り抜ける。
真新しいビル群といい、行き交う人の活気といい、それら都会の様相。
それにしても、違和感のある建物も車窓から見えて。
似つかわしくない、いいや異彩といえるか、その廃墟があり。
つまりは、原爆ドーム。
つまりは、広島という街であると、僕は理解する。
だからで、いつもと違う風景に、僕は少し心が弾みそうになった。
……のを、後悔する。
バスセンターを降りて、外に出たならば、流石都会と思うほどの人波。
なお、これだけで後悔するわけがない。
見渡す限りの人、人、人、……幸せそうであり、憎たらしいったらありゃしない。
幸せじゃない僕が、こんな所にいても吐き気を催すほど憎たらしく。
だから、後悔していた。
やっぱり、来るんじゃなかったと。
けれども、帰りのチケット得ようにも、すぐは残念ながら遅くあって。
嫌でも、何かで時間を潰すしかない。
静かに悪態ついて、街をぶらつくことにする。
やれ都会の街並み、活気よく。
遠く、僕の所にまで、威勢のいい客引きの声も聞こえるよ。
色々な店が、それぞれにセールの看板を出し。
ゲームやアニメの専門店では、それこそアニメ何かの衣装を身にまとって。
イベントやら開催している。
見るからに、どいつもこいつも元気があって、かつ幸せそうで。
逆に元気のない僕は、憎らしく恨めしく、……怒りが溢れそうだった。
「……。」
だからと、ここで怒りを爆発させても意味はない。そこはぐっとこらえて。
……だったのに、ある人影目にして、それも思い返されそうだ。
コスプレか。
猫耳で、巫女さんの服装。ただ、髪の色は、言うなれば。
三毛猫のそれであり、あの時、出雲大社で見た神様とは、幾分違う。
その少女目に付いたなら、リフレイン。
そう、あの男の顔と、昨日の暴行事件思い起こされ、気分が悪くなった。
「……っ!」
怨讐が腹で煮えくり返り、僕はその場を後に。
どこか、人気のない所へ走っていく。
「……はーっ!はーっ!!ぐぅう!!げほぉ!!!!」
路地裏?
少し違う。路地裏に近いが、昼間人気のない、飲み屋街だ。
僕は、がむしゃらに走り、そこへ辿り着いたか。
そうして僕は、煮えくり返る怨讐を、嘔吐せんばかりにむせて。
……後悔ここにあって。
「……っ!」
ぎりっと歯ぎしり、拳握り締めて、壁を殴り。
幸せでないこの身を、いいや、この時代をますます呪いたくなった。
自分が悪いか?どうすればいい?
時代が悪いか?破壊したい。
そうとも。
そもそも、あの時神様が、あの男にやられなければ。
今頃僕は、幸せだったかもしれないのだ。
リフレイン、リフレイン……怒りは反響して。
握り締めている拳に、余計力は入り。
このままでは、呪詛のあまり。
この見知らぬ地さえも、怨讐の願いで染め上げかねない。
……そうであっても、片隅に僕は願い続けているのだ、救済を。
この怨讐、翻って僕の祈りでもある。
「……あの……っ!」
「!」
するとどうだろう、救いの手は来て……なのか?
僕の後ろから、声が掛けられて。なお、少女の声のようだ。
僕は振り向いたなら、そこにいたのは、さっき目に付いた。
専門店でイベント内にいた、猫耳コスプレ巫女だ。三毛猫風の、髪の色合いで。
また、素晴らしいな、今時のコスプレグッズは。
意志を示すように動くのか、耳も尻尾も。
普通の状態なら、心ときめいたかもしれないね、けど今は。
一方の少女は、僕が振り向いた際、睨まれたと軽く怯え。
また、表すように耳も尻尾も怯えて震え。
だが、勇気だし、僕に寄り添おうと近寄って来た。
また、長い袖の中まさぐったなら。
ペットボトル入りの水を取り出し僕に差し出してくれて。
「よかったら……。そのこれを……。」
「……。」
具合が悪いと見たか。ただし、まだ怯えの色はあり、上手く言葉を紡げない。
僕は、軽く一瞥し、受け取っては喉を鳴らすように一気に飲み干す。
「……はーっ!はーっ!!」
荒い呼吸吐き出して、口を拭い。
空になったペットボトル、そのまま、怒りの拳のまま、荒々しく握り潰し。
「……ありがとう。」
そうであっても、心配して来てくれたであろう少女に、礼は述べて。
そのまま立ち去ろうとした。
「!」
だが、今度少女は手を握ってきて。
思わぬそれに、僕は意外そうな顔をその少女に向けた。
……なぜ止める?
「……ええと、まだ、よくなってないんじゃない?」
「……。」
僕の内情を見透かして、言ってきたのか、核心を突いたように言ってきて。
それに僕は、頷くことはしない。
素直になれず、また、関係のないその少女が、手助けしようとしても僕は。
まして、知り合ったのが今この瞬間、むしろ僕は警戒する。
介抱してくれたのはいいとしても、無関係だ。
たとえ、内情を見透かしていて助けようとしても、所詮人だ、何ができるという。
所詮他人だ、何ができるという。
僕を救えるのは、他ならぬ奇跡、怨讐の願い果たす以外なく。
「……別に、いいだろう、コスプレ娘……。もう、放っておいてくれ……!」
故に僕は鬱屈に言って、温情さえ、その手ごと振り払ってしまう。
「…こ、コス……っ?!」
「……?」
差し出した手払われた少女は、驚くものの、上がる声は何か違う。
どうも、振り払われたことにではない。僕はそれが気になってしょうがない。
「コスプレですって?!こ、これは本物よ!本物の猫耳と、尻尾よ!」
言われたのが、コスプレのことであり。
僕に言われたと少女は、途端、口調が変わり、ややきつめになって。
言ったことの証明に、自分の猫の耳と尻尾を指差し、動かして、見せつける。
機械のような、無機質な動きではなく。
滑らかで、それこそ本物の生物のような動きだ。
「……。」
きつく言われ、証明を示されて僕は、押し黙って見ていて。
やがて、わけが分からなくなり、僕は脱兎するかのように駆けだした。
「あ……っ?!」
背後、そのコスプレ少女の声が聞こえたが、残響のように遠ざかって。
僕は、嫌な予感がしてならない。
わけが分からない、それも相手は本気で言うのだから。
これはトラブルの予兆でしかないと。
万が一、やれどっかの宗教団体の勧誘なら、なお悪い。
こういうのは、関わらないのがいい。
今までの人生でも、そのような、ろくな目に遭わないことはあったはずだ。
そう、触らぬ神に祟りなし、だよ。
「ああ、待ちなさいっ!」
僕のことはまだ諦めきれないのか、少女、同じように駆けてきて。
その声から推測するに、距離は大分離れていて。
もし、曲がり角に入ったならその少女を撒くことができるだろう。
「……待ちなさい、まだ話は……。くっ……。」
遠退いていく、少女の声、最後、諦めに言葉区切り。
「?!」
だがその時に、清らかな鈴の音を耳にする。聞き覚えのある、音のような。
何より、その瞬間に、世界が琥珀の色に包まれてしまう。
まるで、写真を切り取ったかのように、全て静止して。
街の、あらゆる動きが、固定され。
美しい琥珀の色合いに、僕までも。
「?!ぐぁ?!」
……が、僕の方は、動きを、運動エネルギーを奪われただけのようで。
そのまま前のめりに、倒れてしまう。
……不思議なものだが、……なぜだろう?
思考しようにも、その前に僕は地面に顔ごと突っ込んでしまい。
「むぐぅ?!」
地面、アーケードのタイル張りで、アスファルトよりましだが。
固いことに変わりなく、衝撃と痛みこちらに与えられて。
なお、歯や鼻、頭を打つことは防げたのだが、体を打ち付けてしまう。
体、今も痣だらけで。
痛みが余計走り、あの男に付けられたものだ、怒りついで走る。
顔を上げ、体を起き上がらせたなら僕は、怒りのあまり。
歯を剥き出しにして睨み付けるように振り向いた。
「ふぃ~。追いついた。結構疲れるのよ、これ……。ひぃ?!」
追い付いてきた少女は、僕のその形相を逸らすことなく。
思いっきり見てしまい、軽く飛び退きそうな感じになる。
「このっ!!!あんたなぁああ!!!」
怯えさえるのが何だ、怒り止まらず。声荒げ、咆哮し。
不思議と、咆哮は嫌に反響し。
止まった世界、アーケードの真ん中にも関わらず、誰も聞きやしない。
僕と少女以外、動いていなくて。
……だから何だと、僕は構わず。
今にもその少女に掴み掛らんとばかりに、足音を激しく立てながら、歩み寄る。
少女は軽く焦りながら。
「そ、そのごめんなさい。つい、あなたにダメージ与えたのは、悪かったと思うわ。だ、だから……ね?そ、それよりもっとあなたのことを……。」
「いいも悪いもあるか!!!こっちはただでさえ、苛ついてんだ!不幸だし、就職活動も上手くいかない!ろくな目に遭わない!それも、今日も。全く、一体僕の何がいけないんだ!!!」
「ひぃっ!!」
両手で拝み手しながらも、許しを乞うたが。
残念ながら、くすぶっていた火が燃えて。
まだ鎮静化しない現状炎上し、口汚くても言い放ってしまう。
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