4 世間知らずに意見を言っても
こんなむしゃくしゃした感情のまま、大学に来たところで。
何をやればいいと言うんだ。
ああ、やることもないや。
「……。いてて……。」
まだ痛む足、少しさすって、ようやく大学のキャンパスに赴いた。
大したイベントもない、国立であっても、田舎であるが災いして。
人はやはりまばらであり。また、そびえる高い研究棟も、どこか寂しそうだ。
「……。」
寂しさは逆に僕を癒す、少しだけど。一息ついて、さて当て探しだ。
「!」
……ああ、それは、すぐに見つかったよ。
イベントでもあるのか?いいや、違う。
一際目立つ人間が、少女が大学構内に佇んでいて。
同じように寂しそうな建物を臨んでいた。
いくら、狭いキャンパスといえど人多い。
そうであっても目立つ人間は目立つが。
……そんな女性、いいや、何だか女性というには幼い少女。
見たことはなく、その様相が余計に珍しく思える。
「……。」
失礼だが、僕はじっとその少女を見つめてしまう。
観察することに、栄養状態がよくないか、痩せていて、元気がなさそうだ。
雰囲気も、弱々しく、心が弱っている僕が。
その気がなく、呼び掛けに肩を叩いても、崩れてしまいそうなほどに。
そうであっても、不思議なことに、弱々しさの中に。
異質な気迫を感じたりもするが、……これについて僕は、何とも言えない。
では、この少女、何でここにいるのだろう。
迷ったのだろうか。疑問にも思う。
……まあ、よければ、案内もしてもいい。
僕は、こんな弱った心ながらも、親切心はまだあるみたいで。
より近寄って、声を掛けようとしたならば。
「……この世界……好きですか……?」
「?!」
僕よりも先に、少女は不意に口を開く。僕に気付いて声を掛けた?
いや、どうも違う。
投げ掛けるにしては、どうも違うみたいで。
「……私は大好きです。世界は全て美しくて、優しい。皆優しく、皆手を取り合って生きています……。その様子は、何物にも変えがたいものです……。」
「……。」
なおも優しく紡がれていく言葉。
それはやはり、僕に投げ掛けられたものではなく。
神様か誰か、あるいは自分自身に投げ掛けられた言葉のようだ。
聞いて、早とちりな自分に、僕は少し赤面してしまう。
何だ、ただの独り言か。
そう一蹴してしまっていいや。……普通なら、僕もそう思っただろう。
けど、残念かな、今の僕は、多少収まったとはいえ、未だ怒り消えてなく。
かつ、少女、世間知らずかな。
世界のこと、よく知らずにぬけぬけと語る、僕は我慢ならずにいて。
その言葉、嫌に僕の逆鱗に触れてきて。
……しかし、確かに。
冷静に見て、宗教家の語る説法ならいい。
……気に入らないなら聞き流すか、気に入ったなら賛同するか。
論理的に見て、こう思うと言うのならいい……僕は譲ろう。
だがしかし、この少女はどう見ても、学校にも行っていないようで。
また、世界の全てを知らない。
その人物が、世界を語るか!
心の中の鬱屈も相まって我慢ならずに僕は。
「その考えは、素敵だね。」
こちらも、合わせるように口を開いた。
素晴らしいと、表向き言い付けて、拍手も交えて。
なお内心、共感なんてしちゃいない。
続けて口を動かすことには。
「でも、君は知っておいた方がいい。世界は、決して美しいものじゃない、いや、美しいと思っているものは、所詮汚物を隠すための虚飾であると。世界は、美しくない。優しくない。なぜなら、文明が、人間の世界が始まってから今日まで、人はただ、己の欲望のまま、自然を蹂躙してきている。それが、現実だ。いざとなったら、自分可愛さに赤の他人は見捨てるよ。」
「?!え?!」
彼女は、一人で呟いていたと思っていて。
僕が。
見ず知らずの人物が、そう声掛けることは予想していなく。
僕の方を見て、驚きの色を見せる。
だけじゃない、僕が言う、彼女と正反対のことに、思考が相反して停止して、か。
僕の告げた意見に、何も言えない。
構いやしない。彼女だって、一方に行ったのだから。
僕も、この勢いのまま、より続けさせてもらうよ。
また、先の言葉皮切りに、抱いた怨讐たちが、これ幸いと口元まで溢れ来て。
「君、きっと外を知らないんだろう?ずっと、家のベッドの上とかで。僕が立っている世界なんて、汚物の上。人の持つ醜い性質が露になって気持ち悪かったよ。誰も、助けに来ない、助けてくれない。」
端から見れば、他人の、部外者に何を言っているのだろう。
思っただろうけど僕は、込み上げた怨讐飲み込めず、溢れる傍から吐き出して。
「世界ってのはな、美しいんじゃない!!生きている人間が、その黒い欲望のまま、己さえよければという下らない感情のまま世界を動かしている!!そんな世界に存在するのは、宝石みたいな美しさじゃない!ドス黒い、どぶ色をしたものでしかないんだ!!その世界に生き、その世界に翻弄され、そして僕は、大切な時間を失った!この呪われた運命、いかにしてやろうかね!!今にも破壊したいよ、何もかも!!」
吐く。自分の中に堆積した、鬱屈、憎悪、怨讐、全てぶちまけて。
気が付けば、赤の他人に、罵声のように浴びせ。
「……はーっ!はーっ!」
恥ずかしいながら、息が上がってしまった。だがそれでいい。僕は思う。
この怨讐、とりあえずここに全て出したと。
満足感もあって、息上がりも、辛く感じることはない。
……さて、罵声を浴びせられた、世間知らずのお嬢さんは。
いかなる表情をしているか、気になり見ると。
「?!」
驚きの色から、罵声のように価値観の否定をされたにも関わらず。
少女は慈悲深く笑む。
今度は僕が、驚いてしまった。
一体なぜと、僕は内心問うてしまう。
「……いいえ、そんなことはありませんよ。世界は温かいです。温かさに満ち溢れていますよ……。皆の心の中は、あなたの言うようなものばかりではありません。皆優しいんです。今、世界は混沌としているのは、人がその存在を忘れているだけだと思っています。きっと、気づいた誰かが導きさえすれば……。」
今度は僕に、彼女の意見が言われる。論破のそれではなく。
まるで、導くかのような、慈悲深い言葉で。
聖母を思わせる、一瞬そう思った。
「っ!!!」
だからと、僕が受け入れるわけがない。
当然だ、何も解決なんてしていない。
この僕の鬱屈、怨讐、それで消えるなら苦労はしないさ。
だが、現実、消えていない!!
なら、その聖なる言葉、無意味であり。
僕は、聞いていて、またむかつきを覚えて。
「……だったら!!そういう自分が導けよ!!」
吐き出した。
ならば、言い出しっぺがやれ。言い出しっぺがして、導いてみせろ。
僕を、いや、僕だけじゃない。
きっとこの空の下、僕のような人もいるはずだ!!救ってみせろよ!!
意地悪か?
いいや、現に僕こそ、救いを求めているのだから。
「世界を救ってみせろよ!」
今ここで、神のみが起こせる奇跡で、神のみが示せる、清浄な光で。
救ってみせろよ、僕を世界を。
臨界点を越え、堰を越えた怨讐、止められず。
罵声のように口汚く、あるいは本当に罵声のようで。
吐き出され続ける言葉の数々、だがきっと、祈りだったのだろう、僕の。
言い切って、少女を見るが。
「!!!」
その慈悲深い表情、変えることはなく。
これほど言ったにも関わらずと、僕はまたまた驚きを隠せないでいる。
「……そうですね。こんな身でありながら、大それたこと言うのも。そうですよね、私が導くべきなんでしょう。……でも私は、時間がないんです。もう、私は長く生きられなくて。」
反対として、少女が言うものの、この時は俯き加減で。
どうやら、己の無知を認めて恥じているみたいだ。
「でも、もしかしたら私の言葉を聴いた、別の人が私の代わりに導いてくれるかもしれない、だから……来たんですよ。」
また元の笑顔に戻っては、続けることはおめでたいとさえ思う言動で。
呆れてくる。
きっと誰も、君の言葉に耳を傾けやしないよ。
あまりにも、現実に即していないその考えに。
もう、これじゃ、何を言っても無駄だ。けど、いい暇潰しにはなったかもね。
「……それに、世界を救う礎になれるなら、私は喜んでこの身を神に差し出します!」
暇潰しの締め括りに、少女は自己犠牲を誓って。
「ほう?」
それはそれは、見ものだな。
これはこれは、暇潰しの最後に、素晴らしい芸でも見せてくれるのかい?
意地悪に、いいや、バカにするような残酷さに、思う。
どう、自らを犠牲にする?
何をどう、うごかすのだろう。え?超能力でも見せてくれるのかい?
さあ、見せておくれよ。
どのようにして、犠牲となって、己の誓いを果たすのか。
一方の少女、慈悲深い笑み絶やさずに。祈る姿勢で、手を胸元で組んで。
もう、言葉紡ぐこともない。
例の神様みたいに、祝詞を繰り返すようなことはないか。
「!!」
それでも祈りは深まって。途端、少女自身から光が発されてきているじゃないか。
思わぬそれに、心奪われそうになる。
柔らかな光ながらも、陽光にさえ負けないほどに輝いて。明らかな異質だ。
……その祈りに、異質な事象に僕は、翻って期待感が湧いてしまう。
あれほど、罵声を浴びせたにも関わらず、だ。
湧く期待感に、僕は前のめりになり、少女に触れそうになるほど手を伸ばして。
それは、……希望の光か。
他、言葉にいい表すことができない。
それは、……福音。
すべからく、神様のみが起こせる〝奇跡〟であって。
と、フラッシュバックする、出雲大社での一場面。
つまりは、救済。
僕の、怨讐の、世界への怨讐の、叶う時。
……始まるのだ、浄化が……。僕は、安らぎに頬が緩みそうになり。
「そのバカげた妄想は捨てろ。」
「?!」
しかし響く、この安らぎ壊す、鋭い一言。
また、聞き覚えある故、僕は目を見開いて。
加えて、歯を剥き出しに、ギリギリ軋ませて。
反対に。
少女は知り合いか、その声がしたなら、目を開き、ぱっと顔を明るくして。
明るい視線送る。
僕は辿ったなら、そこには、やはり、と思う人物がいた。
昨日、夢か幻か、琥珀色の世界で出会い、神様をその手に掛けた銀髪の男。
作業服と、高品質なバックパック。
似つかわしくない鞘入りの刀という得物、他ならぬその男。
幻でないなら。
現実であるなら、余計に苛立ちも膨れ上がろう。
逆に、昨日もそうだが、今日もまた鋭い視線を僕に送っている。
見た僕は、溢れる怒り、このままぶちまけそうで。
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