3 願いを叶える虹の輪斬られても

 確信する。いや、そうとしか考えられないだろう。

 この現実世界にて、違和感だらけのこの存在。

 形容するならば、そうとしか言えない。

 その確信に、僕は願いを言いそうになる。

 だが、嗚咽だらけで、言葉が紡げずにいて、……ええい。もどかしい。 

 「ほらほら。泣き止みなさい。もうあなたは、立派な大人なんだから。」

 神様は声を励ますような声を掛け、にっこりと微笑んできた。

 「……す、すみません……。」 

 言われて僕は、涙を止めようと、自分の顔に手を伸ばし。

 拭うものの、止まらずにいて。

 「……。」

 見かねたのか、神様は代わりに、手を伸ばして、僕の瞳を拭う。

 滴が散り、光の粒となって、舞った。

 「?!」

 嗚咽して、止まらないでいる涙が、この時ピタリと止まった。

 また、煌めく幻想のような、光の粒に思わず心奪われそうになってしまい。

 呆然とする。

 「……どうかしら?話せる?」 

 慈悲深い神様、笑み、これで話ができると言ってきて。

 僕は、こっくりと頷いた。

 「さあ、運のいい子。話してみなさいな。」

 「……うん。けど、僕は、運のいい人じゃないですよ。」

 「いいえ。私と出会えたのよ、これほど運のいいことはなくって?」

 「……分かりました。」

 始めにと、神様が聞いてくる。 

 しかし、僕は残念ながら運のいい人じゃない。そのことを弁解したものの。

 神様は否定してくれた。ならばと僕は、願い事を紡ぐために、一呼吸を置く。

 「……。」

 願い事、それは怨讐の願いであり。ここに来る前に、決めたこと。 

 「……僕の願い事は……。」

 震えながら、紡いで。

 「……世界を破壊してほしい。いや、無理ならせめて、力が欲しい。」

 「……そうだ……。そうだよ!あなたが無理なら、僕がやる!僕が力を求めて手に入れて、そうすれば……!こんな忌々しい世界を、破壊して……!!!」

 思い付いたもの、全て吐露するように。

 一方の神様は、どうだろう?怪訝そうな顔をしているのかもしれない?

 そうしたら、何だか、説教を言われそうだ。

 僕は、全て吐露した後、そっと見たならば。

 神様は、微笑のままで。そうか、静かに聞いていたんだ。

 「その願い、いいわねぇ。世界を変えたいと思うその心、偽りはないみたいだしね。じゃあ、叶えてあげるわ。自信もないあなた、十分に苦しんだもの。」

 続くコメント、否定はなく。むしろ、嬉しそうでもある。

 言葉に僕への愚弄はない。本当に、真摯に聞いてくれたんだ。

 その行為に僕は期待が高まるのを感じた。 

 願い聞いた神様はそっと立ち上がり、両手を合わせる。

 何か始まる、そう思った僕もまた、立ち上がり、見据えて。

 「!」

 途端、周囲の気迫が変わる。神様から発されるのは、神々しい光であり。

 その神々しい輝きに、この時ばかり、工事中の出雲大社、荘厳さも戻り。

 神様はこの時、薄目で、虚空を見つめて、口を動かしていて。

 耳にすることには、何か祝詞のようなもの。

 神様が紡ぐ祝詞に合わせて、光が揺らぎ。

 「?!」

 やがて形成する、空に現出する虹の輪、神様の頭上にて。

 明らかに、異質な光景であり、つまりは、神に通じる力。

 「……始めましょう。世界を、変えましょうね。」

 慈悲深い言葉残したなら、いよいよと僕は期待に胸躍らせて。

 笑みを浮かべて光景を見つめて。

 一方虹の輪は回転し、何かを起こすかのようで。

 そうだ。僕は確信する。

 終わるのだ、僕の苦痛が、鬱屈が、怨讐が。

 終わるのだ。僕は、安らかな顔となり、その終わりを見つめて。

 そっと、終わりの際に、安らかに目を瞑り、瓦解する世界を思う。 

 

 ……などと思っていたのに……。


 「?!きゃぁあ?!」

 「?!」

 突然響く、衣を裂く悲鳴に僕は、目を見開いて。

 その世界、光景見たなら、僕は愕然とした。

 琥珀色の世界に、似つかわしくない赤黒が舞う。

 また、虹の輪は、きれいに両断されていて。

 咄嗟で理解ができないが、何が?……攻撃……されたのか?神様が。

 だからか、不意の攻撃を受けながらも、鮮血流す腕を押さえてなお。

 どこか今度、僕に見せた表情とは一変して、睨むかの様相であった。 

 「……がっ?!」

 追撃を警戒していたにも関わらず、不意の追撃は来て。

 神様は、今度は胴を貫かれてしまう。貫いたそれは、刀のよう。

 舞う、赤黒。

 見開いた瞳は、驚愕であり、そして、光薄れていって。

 口からは、同じような赤黒を垂らし、力、失せ始めて。

 確信させる、……願いは叶わなかったと?

 いいやそれよりも。

 ……何が、起こったんだ?!僕は、まだ、思考できないでいた。 

 「!!」

 すると、こと切れようとする神様の背中の空間揺らぎ。

 何者かの姿が象られて彩られていく。

 ……現れたのは、一人の男だ。

 銀髪で、また、作業員の服装をし。

 その背中には、ビジネスマンが用いる、良質なバックパックが背負われていた。

 その手には、似つかわしくない得物一振り添えて。

 刀である。

 だが、ただの刀じゃない。

 知ったる日本刀の、銀とも金属の黒とも捉えられる色合いではなく。

 ……金色に近いものであり。

 琥珀色の風合いにも、負けじと色を反射していた。

 では、黄金の刀か?いや、違う。およそ、刀剣に向く素材じゃない。

 合金にしても、だ。

 では、これは……?

 男は、さっと軽々と肉体より抜き放って見せつけることには。

 重厚な様はなく、本当に、ただの棒きれを振るかのような軽快さ。

 単なる刀ではないね。

 「!」

 閃きが一つ、それはルチル。そう、見ればルチルの放つ、金色と似た色。

 で、あるならば、それは、……チタン製。

 ……いや、これなんて余談だったね。

 刀抜き放たれたなら、神様はだらりと肉体を崩して倒れ、動かなくなる。

 一目でわかるが、……死んだ、か。

 そうだろうか?分からない。

 さて。

 そうして男は、刀一払い、付着した血を吹き飛ばしたなら。

 今度は切っ先を僕に向けて、また、鋭い視線を放ってきた。

 「!」

 心臓を捕らえられたと思わんばかりの鋭さと。

 神様が見せた、琥珀の色の瞳、見せてきて僕は、……動けなくなった。

 「萩原桃音。消えろ。」

 「……っ?!」

 思考も判断も、そのため動かない僕は。

 もちろんそう言われて何と答えることもできずにいて。

 ……返事待ってくれない。もう男は、手にした刀を凪いだ。

 理解を越えた動きながらも、分かることはあった。

 斬り裂かれた痛みと、失血の、体が冷える感覚。

 不意の暗転、視界は失せて。つまり、僕はここで、……死ぬ……。

 一切の、願い叶うこともなく。消えてしまう……のか……。


 「?!」

 けれども僕は、死ななかった。

 僕はまるで気絶していたかのよう、意識を急に取り戻して、起き上がった。

 起き上がって見渡すに、そこは出雲大社の、社殿を臨む場所で。

 僕が願いを、怨讐の願いを吐露した場所。

 最初の場所。

 僕は、幻でも見せられていたか、狐につままれたか、理解できない状態である。

 その幻に、時間を無駄にしたか。

 もう、夕暮れは過ぎ去り、夜の闇が迫っている。

 あの、琥珀色の美しい世界はもうここにはなくて。

 「……。」

 他、人の姿も見受けられない。静寂。

 街が眠ろうとする、静寂。

 僕もまた、理解できない沈黙のまま。

 立ち上がって同じく眠りの地へ向かおうとする。

 「……っ!!」

 その際に、嗚咽に似た感覚が溢れ。

 そう、今までの鬱屈が蘇り。

 加えて今度はただ単に、狐に化かされたかと。

 あるいは、神様にからかわれたのかもしれないとの疑念からの怒りが。

 「……くそっ!!」

 悪態一つ吐いて、空を見上げれば雲一つない空と、宵闇に浮かぶ星空で。

 それが余計に、火に油を注ぐ結果になってしまう。

 それがため、心の中に浮かび上がったのは、余計な怨讐だ。

 もし、僕に力が手に入ったならば。

 世界はおろか、何の願いも叶えず、僕を弄んだ神様まで、滅ぼしてやる!

 「……っ!」

 しかし、息飲み込む音のみで、表に出しやしないが、願いは心の中で呟いた。

 

 そうして僕は、鬱屈な帰路につき、鬱屈な日常に帰っていく。

 もう夜遅い。

 大学生で一人暮らしの僕は、門限はない。

 咎められることもない。孤独が、この時は幸いにも思えて。

 「……。」

 寂しさに僕は沈黙だけで部屋に戻っていき。

 その際感じる、嫌な疲労感。 

 幻まで、見るほどなのだろう、もう、どうでもいいと僕は、眠ろうとして。

 体は無造作にベッドに放り、だがバックパックだけは、丁寧に。

 天井仰いで、目を瞑る。

 睡眠はやけにすんなり入る。

 ……次目を開けたなら、もう朝であって。

 窓から入ってくるのは、清々しいと思うべき朝の陽光と。

 軽快で、気がよくなりそうなはずの、小鳥の声。

 が、当然気分は上がらず。

 せめて見渡せば、世界が変わっていたなら、それでもよかったが。

 世界が変わっていることもなく。

 結局はもどかしい。

 もどかしいまま、僕は、ベッドから立ち上がり。

 ふと、気付くことには、昨日の昼間の服装をしたまま眠っていたために。

 気持ちが悪くある。ああ、汗だくであったのもあっただろう。

 特にどこに行くこともないが。

 同じ服装を連日というのも癪で、僕は着ていた服を、苛立ち交じりに剥ぎ棄てた。

 「?!な、何だこれ……っ?!」

 と、露になる自分の肌に、思わず絶句する。

 そこには、太い線状の痣が、胴に刻まれている。

 ……当然だが、出雲大社に行くまで、こんな傷はない。

 じゃあこれは……?

 「……。まさか……?」

 あることが思い浮かんでくる。

 それは、神様と会って、挙句、あの銀髪の男に出会い。

 その後いきなり斬られた……のか?

 だとすると、あれは現実ということになる。

 「……。」

 だとすると、僕は、体が震えだしてくる。

 恐怖?いいや。

 いいや、それは微かで、むしろ怒りに、だ。

 そう、その男が、僕の願いを邪魔したんだ、怒りに震え、吠えそうになった。

 「っ!くそぉ!!!」

 いいや、吠えた。

 吠えた上で、着ていた服を床に叩きつけて。

 八当たるように挙句踏みつけて。

 「……っ!……っ!!!」

 溢れる怒りに、唸り押さえて声詰まって。

 煮えくり返って、腹が痛くなりそう。

 ああ、そうしたなら、多少収まって冷静になれたかな。


 別の服に着替えて。

 昨日背負った、大切な物入りバックパック持ち、今日も外へ出る。 

 生憎、貧乏学生故、家でインターネットしようにもできずにいる。

 授業の単位取り終えてもいて、特にすることもない。

 今、有り余る時間を潰す当ては大学のキャンパス内にしかなく。

 就職活動?その予定もない。

 当て探しにアパートの部屋出て、階段を降り。

 陳腐な踊り場に出たなら、目に付くのはポスト。

 自分のポスト探したなら、嫌にぎゅうぎゅうの窮屈な状態であった。

 その様子に嫌気がさすものの仕方なく。

 近寄って開けたなら。

 出てくるのは広告のチラシや大したことのない連絡の紙ばかり。

 小さく舌打ち打って、くしゃくしゃ丸めて。

 「!」

 と、探る内、企業名が書かれた封筒がいくつか出てきた。

 書類在中と書かれてあることからも、……中は予想できて。

 就職活動の結果だろう。

 ……期待はしていない。

 だが、残念ながら心の底には。

 未だ期待している自分がいるみたいで、少しドキドキする。

 「……。」

 一つ開けてみて、さて中身は。『……祈ります。』で締め括られる文章で。

 もう一つ開けてみては、『……祈ります。』で締め括られて。

 もう一つ……。また、同じように。

 祈ります。祈ります。祈ります。祈ります。

 「……ぁあああああああああああ!!!!」

 眼前に溜まりに溜まった『祈ります』の文言に。

 僕は発狂に近い声を上げて、それら手紙、無造作に破り。

 ぐしゃぐしゃに丸めて、地面に叩きつけ踏みつけて。

 そう、不採用で、不合格。

 これら、今朝からくすぶっていた僕の心に。 

 燃料を与えて、燃え上がらせてしまう。

 「……っ!……っ!!!!……っ!!!」

 悪態加えて、憎しみに書類を踏みつけて。

 挙句、その紙の塊、近くにあったゴミ箱に、叩きつけるようにぶち込んだ。

 その朝の一幕終えたけれども、怒り収まらず、ついでに壁を蹴飛ばして出掛けた。

 ……だが、壊れもすれば、気も晴れたものを。

 壊れもせず逆に痛み与えられ、僕の怒りは余計に燃え広がってしまう。

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