2 世界コハク色であっても
モノローグ、終わり。……すまないね、聞き苦しい言葉ばかりで。
「……。」
そうして、無言のまま、そっと立ち上がり、徐に準備をする。
出掛ける、準備だ。
どこへ?愚問だね、今僕がいる地は、神様の住まう地。
なら、行く場所はもう決まっているだろう、出雲大社だ。
バックパックを用意するよ。
なぁに、学生の時分、高そうなバックパック何て買えやしない。
ナイロン製の、使い込み過ぎてボロボロの物だよ。
その中に、大切な物を詰め込んでいく。
……一世を風靡した、小さいノートパソコン、〝NP100〟。
……大好きなアニメや漫画の、ポストカード幾つか。
……きれいで、星空のような煌めきを反射する、水晶玉。
それら、思い出の物で、大切な物。
こんな鬱屈たる世界にて、しかし手放せない大切な物で。
こんな鬱屈だろうて。
にもかかわらず。
この時ばかりはらしくなく。
大切そうに、慈しむように一瞥して、バックパックへ詰め込んで。
ぱっとしない、服装と合わせたら、……安くて、街から遠い。
せいぜい寝泊まりしかできないアパートの戸を開けて、出雲大社への旅路につく。
「……。」
鬱屈たる心持で、外に出た所で、……心躍るわけがない。
嘲笑うような、この地方では珍しい、陽気。
沸々と憎しみがまた湧き、途端、ぎりっと歯ぎしり。
同じく、血が出るかのような勢いで、拳を握り締めた。
他が幸せで、自分が幸せじゃないのが、憎らしい!
もし……。
もしさ。出雲大社に行ったなら、神様に、願ってやりたい。
この……。この鬱屈たる世界、破壊してくれと。
それが叶わなくても、力をくれと。
……いいや、何でもいい。この鬱屈消えるなら、何でもいいんだ。
「……っ!」
僕は、顔を見せないようにして、駆け出す。
鬱屈、憎悪、苛立ち、痛み、悲壮、吐き気、記憶、何もかも忘れたい。
……考えたくない、その一心で、旅路走り、駅へ向かって。
「はーっ……!はーっ……!」
当たり前だが。
とりあえず出雲大社行きの便がある駅までそれなりに離れているんだ。
運動部じゃない僕が、全力疾走したんだ、息も上がる。
夏場の暑さもない最近であっても、溢れる汗、季節外れで。
それはきっと、違和感だらけだろう。
息が上がって、顔を下げていたが。
上げてなお、歯を食い縛り、怒りの形相にて駅を、空を見て。
駅から出雲大社へ行くという、意志はしかし、変わらずにあった。
「……。」
少し息をつき、冷静になって見渡してみると。
……違和感故の、物珍しさがてら見られる……、ということもない。
誰も彼も、僕なんて見ていない。
駅舎は、ガラス張りで光の通りがよく、非常に綺麗ながら。
人影、しかし少なく、つまりは閑散としていて。
閑散とした趣に、僕は安定した呼吸と共に、安堵して。
……そうだね、この寂しさは、僕にとっては癒しであった。
「……。」
駅舎の奥から、列車の到着する音が聞こえてくる。
発車準備が整った合図であり。
また、駅員が、この閑散たる駅に登場しては、改札を始める。
僕は、その様子を見るなり、足を向けて改札をくぐり、出雲大社へ向かう。
その列車の旅路、物珍しいものがあるわけじゃない。
……ちょっと失礼だけれども、ね。車窓近くに座っては、流れる風景見ながら。
さて、風景。長閑な田畑、線路挟んで向かい側は、大きな湖。それだけだ。
でも、僕にとっては、その方がよく。
心動かない今の僕では、むしろ考えないだけましか。
車内も静かだ。
賑わう季節じゃない、ここも閑散としていて。同じく、安心感を抱いて。
そんな安心感ながら、やがて出雲大社駅へ辿り着いた。
駅の到着に、停車する軋む音、また、到着のアナウンス空しく。
ホームに降りたなら、そんな時間か、斜陽に彩られて。
賑わいない空間故、人の姿ほとんどなく、つまり僕一人。
「……。」
今の僕に相応しい。何も、語ることはない。
閑散のホームから改札を抜けると。
明治時代かと思わせるレトロな駅舎に入り。
頭上の飾られたステンドグラスに目が行く。
斜陽のオレンジが通り抜け、ステンドグラスのカラフルを。
セピア交じりにして、駅舎の床を彩る。
その駅舎、出雲大社に近いながらも人の姿なく。
寂しさは、だが、孤独ではなく、癒しの空気になって僕を撫でて。
「……。」
相応しく、やはり何も語ることはない。
駅舎抜け、出雲大社への街道を踏むならば、世界は既に斜陽にて彩られ。
夕刻だからで、街道を飾るポールに仕込まれたライトが。
応じるように街道を彩る。
「……っ!」
それはきっと、清浄な僕ならば、美しいと言っただろう。
だが、今の僕では無理で。
……ここでは、残念ながら語らせてもらう、憎々しい言葉、言わせてもらうよ。
また、街彩る太陽が憎らしく、晴れが憎らしい。
睨み付けるように太陽を向いたならば。
「……っ!!!!」
入る光景に、苛立ち堪えた声漏れながらも、今度は歯ぎしりさえ混じる。
その夕刻にて、迫る夜と去る昼の合間。
黄色ともオレンジとも。
あるいは金色に近いと捉えられる、琥珀の色合いであって。
つまりは、琥珀色の世界と、美しく彩っていて。
……腹立たしかった。
……けれど、丁度良くもある、これから僕が叶えようとする願いに。
いいぐらいに花を添えてくれるだろう。
苛立ち交じりに、歩を大社へ向け、進んでいった。
きっと息を呑んだだろう、大鳥居。
きっと息を呑んだだろう、石庭の石敷き詰めた参道、松林の門。
けれども僕には響かない。
きっと残念に思っただろう、大社の社殿は今、無機質な覆いで覆われていて。
それは僕にらしいと響いて来る。
この時出雲大社は、社殿が修繕中であり。
荘厳な佇まいを僕に見せつけることはなく、神聖さも、幾らか減していた。
「……。」
それでいて僕は、残念がることはない。
別に、願いが叶えられるならば、特段情景なんて気にはしない。
この、怨讐の願い叶えられるなら、構わない。
この、美しく彩られた世界、壊れるなら、構わない。
「っ!……っ!!」
息整えると、鬱屈と怨讐が体で暴れて、僕は嘔吐しそうになり。
いいや。
もうここにて、怨讐が裂いて出てきそうだ。
神座する大社臨み、歯を食いしばり。
体押さえて膝をついて、祈るかのような体勢になったならば。
やがてここぞと、怨讐が僕の押さえを払って出てきたよ。
「……どうしてだ……。どうして僕なんだ!いつもいつも、上にいる人間は得をして、僕は、僕はどこに行ったって、いつもこんなズダボロなんだ!!!皆は得をして、僕は損をして、傷ついて、それでも耐えて。それでいてなぜ、幸福になれない?!どうして!!なぜ!!いつもいつもいつも、苦しみだけ与えて。」
叫ぶように。
残念ながら、誰もいないこの声は、遠くまで反響しそうで。
「僕は、普通の人間だ!!普通に生きて、普通に結婚して、普通に、そう普通に幸せになりたかった、普通の人間だ!!!それなのに……。神様、あなたたちは見ているだけで、いつもいつもいつもいつも!いつもいつもいつもいつもいつもいつも、苦痛だけ与えて!!!!!」
堰を切った故に止まらない、叫び。
止められない、嘆き。
もうこのまま、自分が空っぽになってしまっても構わない。
空っぽになってしまおうよ。
空っぽの方が、幸せだろうよ。
「それが、神様かよ!!!苦痛だけ与えて、幸せを与えない!!!」
呪詛が漏れる、神様への。
「それが、神様なのかよ!!ふざけるな!!ふざけるなよ!!!!!普通に生きて、何が悪い!!普通の将来を望んで、何が悪い!!それさえ潰すというのなら、僕は、僕はこの世界を、神様を呪ってやる!!呪い殺してやる!!世界を、あんたらを!!!それが嫌だというのなら、変えて見せろよ!!この苦痛だらけで、醜い、悪しか存在しない世界を!!!!」
呪詛はより深まり、挙句僕は、喉が擦り切れんばかりだ。
目を見開き、充血するかのように力強く。
手を開き、獣が爪を立てるように石畳に食い込ませようとして。
声だけじゃない、全身から全て、呪詛を放出するかのようだ。
しかし空しい空間。
誰も聞いてはいない。それが、僕を余計に激情させて。
つまり願いは、聞き届けられないと、感じて。
「う……。ぅううううう!!!!!」
怒りに唸り声、漏れて。
「うぁああああああああああああ!!!!!!」
もう言葉浮かばない僕は、唸る勢いのままに。
呪詛を纏った咆哮をこの、琥珀色に彩られた社にて放つ。
途端流れる、もう消えたと思った涙。
天を仰いだなら、滝のように溢れて。その様つまりは、慟哭。
……慟哭。
叶わぬ願いに、叶わぬ怨讐への。
慟哭に同調して、全身が震え、また、合わせて風景さえ震えているように思えて。
「人の子よ。虚ろな社を前にして願っても無意味よ。」
「?!」
誰かが僕に声を掛けてくる。少女の声のようだが。
耳にした僕は、はっとなり周りを見渡してもその姿はなく。
「!!」
不意に風が凪ぎ、周辺の舞い上げたなら、……宙に静止する。
まるで、時が止まったかのように。
琥珀色の、美しい情景が、そのまま写真のように切り取られて。
「?!」
揺らぐ。眼前の、社のある方向が。また、清らかな鈴の音が・
足音のように響いてきたなら、揺らぐ空間から何者かが姿を現そうとしていた。
現れたのは、巫女装束の少女で。
琥珀の色合いに染まりつつも分かる銀髪に、琥珀の色合いに相応しい、金色の瞳。
違和感はあり、その頭頂部に存在する、猫の耳。腰の方から見える、猫の尾。
その登場する存在は、そのため異質。
では、この存在は何だ?急に現れる、この存在は、何だ?
……。答えは、思い浮かばない。
「!」
リンと鳴る鈴の音一つ、響いたならば。
その少女、僕に接近して。徐に手を差し出し、僕の頬を撫でた。
登場も急で、この行為も急故に、僕の思考は追いつかずにいる。
一方の少女は、慈しむように笑みをその口元に浮かべて。
「よしよし……。」
子供をあやすように、言葉を紡いだ。
その時、自分の溢れ出る怨讐が、鎮まり返るのを感じた。
鬱屈も、身を潜めて。頭に上った、火のように熱い感覚も、同じく。
それは、慈悲。
それは、僕が掛けてほしかった、優しさ。
もっと前に。
ずっと前に。
神様から、世界から、掛けて欲しかった。
故に僕は、安堵と共に込み上げるもの感じ、顔が震えてきて。
「頑張ったわね。さあ、言ってごらんなさい?」
「!」
僕の怒りが、悲壮が、怨讐が鎮まるこの時に、少女は僕に聞いて来る。
そっと顔を覗き込んできたならば、琥珀の色の瞳、輝いていて。
僕は、成されるがまま、口が震えながら言葉を紡ぎそうになる。
また、掛けられた言葉、労いにも聞こえ。
「……っ!……っ!!!」
慈しみに、癒しを求めていたのだろう、僕は口だけじゃなく。
体まで震えてきてしまい。嗚咽も、混じり、やがて、涙が溢れてきて伝う。
それは、感涙。
先の、慟哭に見せた涙ではなく、だ。
なら、ここで、慈しみ見せるこの存在、その正体とは。
神様だよ。
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