白灰の騎士団

第21話 白灰の騎士団

 北方限界国の密使として白灰が動くにあたり、まず先遣隊が現地へ赴き、進路の安全確認、宿場の確保、各地の権力者との交渉、現地調査を行う。それから"白灰"のシェルウ、キリ、グージィの三名を含む本隊が赴き、名目である亡者の浄化、あるいは亜神討伐にかかる段取りだ。

 使節団の名は結局"白灰騎士団"となった。この白灰騎士団は、シェルウたち三名の他、神官三名、見習いの騎士含む護衛三名、学者二名、斥候一名、補給や雑務を取持つ三名の計十五名からなる。騎士団とは言うが、実質的には少人数の部隊だ。竜や馬は進路に合わせて借りたり預けたりしており、騎士団の正確な所有は竜八匹だけだ。

 表向きの顔役を担う光の神官の青年アズランは、パド祭事長からの斡旋である。温和で人当たりが良く、かつてシェルウに現代の情勢の諸々を学ばせた馴染みであり、カトラ地方での止雨の儀式にも参加していた。彼が選ばれた理由は自身の資質もあるが、シェルウの戒律と禁忌の性質上、あらかじめ関わりのある者がふさわしいという判断もあった。

「実を言うと、パド祭事長はずっとあなたのことを心配していらしたのです。冥神の使徒、白灰の騎士としてのあなたではなく、カーラ様の子としてのあなたを」

 また、アズランは言った。「あなたの出生が公になったときのことまで考えておいででした。口止めされなかったでしょう。もしもの時は、カーラ様の名誉を回復するおつもりだったんですよ。その準備までなさっていた」


 内三名はカトラ地方での現地調査でキリが雇ったギルドの者で、女斥候の他に女傭兵と学者が参加した。カトラ地方での白灰の活動に感化されたとのことで、彼らの方から参加を希望したのである。大柄の女傭兵は荒くれの家業にも関わらず落ち着いた物腰で、名をイオと言った。

「よぼよぼの爺さんかと思ってたけど、あたしよりも若いんじゃないかい?白灰様」

 彼女は異国の辺境の出で、その地域での戦神にあたる神の加護を受けている。亜神のしもべや亡者の狩り出しを商いとしていたが、特に亡者の"剥ぎ取り"に嫌気が差したという。異形化していても元は人間である。人外の硬い毛皮や鱗を剥いだ際、そこに生前の面影を見つけるたび彼女はその主に許しを願った。

「あたしの神様は戦いの神様だけど、略奪の神じゃない。前にあんたの奥さんが作った契約書には、まず自分の身を守り、仲間を守り、できる限り戦いを避けろとあった。戦いを避けるための戦いだ。神様にとっちゃ気に入らないかも知れないけど、あたしにはそっちの方がいい」

「儂は実地調査がしたいだけだ。おまけに資金まで出るんだから言うことなしだ」

 学者のプローシュプケは、神殿や学院に籍を置いていたこともあるという。

「知識はそれだけで神聖なものだ。役にたとうが立つまいが。しかし金を出す連中にとってはそうではないからな」

 斥候の女リンドーは、祖先の獣の血が色濃く現れている。発声器官が標準語に不向きなのもあってか、全く寡黙だ。

「白灰様の…奥様。キリの姉御は、大したタマです」

「全くです。彼女がいなければ、わたしはとっくにのたれ死んでいたでしょう」シェルウは言った。

 実際、白灰としての意向を皆に伝え、場の指揮や日程調整を切り盛りしているのはキリであった。シェルウが多数の者との接触を避けるためでもあるし、その体調面を考慮したものでもある。シェルウは小康しているとはいえ、以前芳しくない。

 こころの神に仕える女神官ブーテニカが読心と祝福を兼ねた癒しを試みたが、シェルウの根治には至らなかった。

「原始の神に魅入られた者は初めて見ました。常人であれば発狂しています。白灰様の素養のため、この程度で済んでいるのでしょう」

「"これ"はおそらく、今のわたしに必要なことなのだと感じます。祝福についての理解が…」シェルウは言った。

「…こころというものは、何かに向かって動いたものです。動いた結果がこころなのです。神々の御意志を読み取る重要さはわかります。いえ、白灰様においては、わたしなどよりもはるかにそれが多いことでしょう。でも、キリ様やグージィ様の愛もしっかり見据えて差し上げて」


 キリはたびたび日程を遅らせることを主張し、そのたびアズランは気を揉んだ。先方の予定もあり、延期のたびに新しく連絡を入れ、予定を調整し直さなければならない。先延ばしが繰り返されると、皆の士気にも影響が出てくる。

「思ってたより退屈だね」イオがぼやいた。

「そうですね。…こうも足踏みしてしまうと、先方で集まっている兵たちにも申し訳がない」騎士見習いのササクリは騎士団の中でグージィの次に若年である。

「余計なことは考えるな。白灰どのの奥方の意見を尊重しろ」彼の祖父である老兵のガストンは言った。

「でも、白灰様は行くって言ってるんだろ。キリの姉御が大将なのかい?この騎士団は」


「明日発とう。いつまでも足踏みするわけにはいかない。それに、あまり日程を変えてばかりだと、アズランたちの負担にもなる」シェルウはキリに提案した。

「いけません。少なくとも、あなた様が次の眠りを取ってからです」キリは頑なに断った。三日に一度の眠りを取って、次の目覚めがはっきりしている保証はない。

 キリは辺境の生まれにも関わらず、いつの間にかその身ひとつで、騎士団の神官たちのような立場のある者たちとも渡り合っている。しかし、シェルウにとっては気負い過ぎているように思えた。最近はグージィへの当たりも強い。騎士団の者たちとは別で、シェルウの食事を用意するキリに対し、シェルウは言った。

「キリ、少し休んでくれ。彼らは優秀だし、我々のことも分かろうとしてくれている。きみの仕事を、できる限り彼らに委ねて。グージィもいる」

「彼らに委ねて、結果あなた様の破滅を招くことがあったらと思うと…不安なのです。わたしには、あなた様の他には何も無い。お許しください。薬で眠るあなたをみるたび、そのまま竜の背に乗せて辺境へ逃げることを想像します」


 グージィに茶を用意してもらい、キリとシェルウで少し話すことにした。

 キリは疲れていた。彼女はシェルウのために、いつもよく働いていた。彼女の仕事で疲れを見せたことは一度もなかったが、シェルウが原始の神との戦いでひどく傷ついたことは、よほど堪えたようだった。さらにシェルウの体調管理に、騎士団での仕事も増えた。彼らが信用に足るかどうか、キリは常に目を配らせておかなければならない。

「わたしには彼らのような学も地位もありません。以前は何とも思わなかったそれが、今では恐ろしい。わたし自身の空虚さを強調させるだけではありません。立場というものが、あなた様から撤退を奪うからです」

「わたしの立場は初めから一貫して我が主、忘却の神のしもべだ。そして今はきみの夫でもある」

「…もしわたしがあなた様の主であったのなら、こう命じています。あなたはよく頑張りました。あとは他の使徒に任せて、ゆっくり休みなさい、と。…なぜ冥神は、あなたをお選びになったのでしょうか」

「主を責めないでくれ。わたしが望んで、その使命を背負っただけだ」

「ではせめて、わたしがあなた様を背負うことをお許しください」

「それは違うよ、キリ。わたしはきみの夫だ。きみがわたしに使命を感じているのなら、それはわたしも共に背負うべきものだ」


「白灰どの。貴殿の戒律や、騎士団の規則については皆把握しておる。しかし我々は、もう少し腹を割って話をするべきだと思う。その場を設けていただきたい」

 老兵の護衛ガストンがシェルウに直申した。たとえ小規模であっても、集団において士気を保つためには意思統一が不可欠であると。彼はすでに退役した軍人であるが、その経歴から、騎士団の中で誰よりも集団を扱う心得がある。彼は戦時中、北方限界国の大領主たちの兵を指揮する将軍だった。

 シェルウの指示の元、補給の裏方も含む騎士団の総勢十五名が集った。こうして皆が集まったのは、最初の顔合わせ以来である。その時軽い自己紹介はおこなったものの、参加した者たちの腹の内まではわからない。今なら日程の遅れに対する不満もあるだろう。各々が仕える神の違いから、細かな諍いもある。ガストンはシェルウが会合の場を設けてくれたこと、皆が仕事の手を止め集まってくれたことに礼を述べ、語った。

「儂はとっくに退役した軍人だ。今でも訓練はしているが、他国への遠征なんぞは本来若い連中がやる仕事だ。儂は断ろうと思ったが、国王陛下直々に呼ばれては断れん」

「顔合わせに来てみればどうだ。ろくに鍛えてもおらん青っ白い男か、儂に劣らぬジジイ。女たちの方がよほど腕が立つ。失礼ながら白灰どのも含めて、真の騎士など一人もおらん。騎士のおらん騎士団だ。人数も少ない。ふざけているのか?何の捨て石だ。そう思った」

 ガストンの歯に絹着せぬ物言いに、一同はどよめいた。

「ところで」ガストンは言った。皆は人外の狩りかたを知っているだろうか。白灰どののやり方ではなく、一般的な軍のやりかたを、ガストンは尋ねた。

「亡者やしもべならあたしでもやれるけど、亜神みたいな大物をどうやって倒すのかは知らないね」イオが答えた。

 神々から特別な加護を得た使徒を除けば、亜神を討った事例は少ない。亜神に通常の武器は通用しない。特別な祝福をかけた武器なら通ることもあるが、その傷はすぐに塞がってしまう。そのため聖なる武器でも足止めにしかならず、とどめを刺すには火か生き埋めの封印か、ということになる。過去の多くは火だ。捕縛した上で火にかけて、そこへ神官たちの祝福を重ねがけするのだ。

「しかし連中は不死身で、体力の衰えさえ知らん。火達磨のままで力任せに捕縛を解いて、神官が皆殺しにされることもあった。そもそも捕縛に至るまでにも被害が出る。獣の知能ともわけが違うからな。要するに、まともな狩りかたというものは無いのだ」

「おとぎ話のようにはいかないというわけだ」イオは言った。

「その通りだ。なぜこんな話をしたのかと言うと、白灰どの、ひいてはこの騎士団の"手柄"について改めて皆に知ってもらいたかったのだ。軟弱者とジジイと女の白灰騎士団。これが亜神を狩る。その手柄は過去のどの騎士団よりも大きい。大きすぎる」

「わざわざ老骨の儂に声がかかった理由がわかったよ。亜神殺し、これは清廉潔白な騎士ですら酔いしれるほどの異常な手柄だ。まともな騎士であればあるほど、間違いなく結果に目が眩むだろう。さらに白灰どの御自身の弱々しい姿を見れば、なおその気を大きくさせたことだろう。"俺が白灰騎士団を引っ張るぞ、多くの人々を救ってやろう"、とな。その意味では神官でさえ怪しい」

「この遠征…いや、この"旅"は、そんなものではない。結果を求めるものではないのだ。結果に対する見返りはあまりにわずかで、またそうあらねばならない。修行、巡礼、祈り。そういった類のものだろう。儂にとってこれはさしずめ"贖罪の旅"だ。であればこそ、騎士団の中心は信心と思慮深さと臆病さを備えた神官がふさわしい。使命に燃える騎士などはいらん。もし兵士の手が必要であれば、そこらで引っ張ればよい。その扱い方なら儂が知っている。国王陛下の人選は全く確かだった」


「ガストン様。贖罪とはどういうことか、皆に語っていただいてよろしいでしょうか」老僧のミュウはゆったりした口調で尋ねた。ガストンは頷いた。そして、ミュウどのは既にご存知のことであるが、と前置きした上で語った。

「ある兵士が言った。そんなに容易く亜神や亡者を討てるのであれば、我々兵士や傭兵などいらんではないか。そもそも、神々がもっと早く使いを寄越していれば、被害をもっと抑えられたのではないか、と。それは違う。神々は過去にも使いを寄越していた。だが、周りの者たちがその扱いを誤ったのだ。結果にはやり、御使いとその祈りを便利な道具のように扱い、そして失ったのだ。贖罪とはその罪に対するものだ」

「儂がこの場で皆に改めて言いたいことは、この白灰騎士団というものが手柄を立てるためのものではなく、あくまで白灰どのを、白灰どのの祈りをお守りするための騎士団である、ということだ。強行軍になってはならない。勇み足でもなく、ゆっくりと進むべきだ。旅と言ったのはそういうことだ。白灰どのの力を損ねぬように、慎重過ぎる歩みで良い。我々の中で最もよくそれをわかっているのが奥方様だ」

 ガストンのことばに、キリは泣いた。それを見たグージィとイオも涙ぐんでいる。老僧ミュウは微笑みながらうんうん、と頷いて言った。

「白灰どのは何よりもまずご自愛なさい。勇む者があれば、儂ら老人がたしなめよう。それは白灰どのも例外ではござらん」


 国が斡旋した者たちの経歴をシェルウは把握している。選考理由や人柄について、シェルウも納得した上で選ばれた者たちである。しかし書面に記されなかった裏の選考基準があったのではないか、とシェルウは思い当たった。それはシェルウの母、カーラを知る者であることだ。

 人々を救い、裏切られ、灰になったシェルウの母カーラ。ガストン将軍は、かつて踏みにじってしまった彼女の尊厳を、今度は守ろうとしている。白灰の騎士団。その巡り合わせに、シェルウは主のみならぬ神々へ感謝した。

「シェルウ様。わたしの担っていた仕事のいくつか…安全確保、補充、財布、それからしもべや亜神の剥ぎ取り、卸しと言ったものは、全てではありませんが…彼らに引き継ぐことにいたしました」キリはその晩、シェルウに報告した。

「よかった。きみも少し休むといい」

「そこで相談なのですが…」

 キリのことばの歯切れが悪い時、シェルウは続くことばをじっと待つことにしている。

「…わたしに、子を成させてください」

「えっ」

「わたしの仕事が減れば、子に専念ができますし。なんなら、産まれた後でも彼らに手伝わせることもできます」

「…ガストン将軍はそういうつもりでああ言ったわけでは無いと思うけど」

 考えていなかったわけではないが、考えることが多すぎて先送りにしてきたことでもある。いつ死ぬのかもわからなければ、旅が終わる保証もない。

「いや。わかった、キリ。そうしよう」

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