第11話 三者会談

 シェルウの禁忌について、すでに祭事長とは共有している。それでも領主との会談は避けられそうもなかった。そこで祭事長は、領主にシェルウを引き合わせるにあたり、祭事長を含む三人だけの密談という条件を出した。シェルウが近衛からの殺気を受けるだけでも命取りであり、下手を打てば領主が命を落とす。祭事長の丈夫な胃袋が痛んだ。

「聡い貴様には言うまでもなかろうが、くれぐれも無礼な発言は慎めよ。貴様や儂はともかく、領主が命を落とすようなことがあれば…この街が滅びかねん」

「優秀なかたなのですか」シェルウは尋ねた。

「信心はないが、政治に関して儂より上手だ。頭も回るし目もいい。女伊達らに、犯罪者と人外がはびこる辺境の一帯を治めているわけだからな」


 寝そべった女。その脇には亜神の首がある。女はそのままの姿勢でゆったりと語った。

「はじめまして、冥神の使徒シェルウ。タッタ領主、ムディブリール・タッタです。我が領民として籍を置くことを歓迎いたします。そして領民を代表して、亜神討伐のお礼を申し上げます」


「それで、どうやって”スナッパー”の亜神を倒したの?それが聞きたくて三者会談の条件を飲んだの。部下たちを納得させるのは本当に骨だったわよ」

「ムディ様。戦術につきましては秘匿ですぞ」祭事長が割って入った。

「パド祭事長、そう言ってあなたも気になっているのでしょう。差し障りない範囲でいいから、教えてくださらない?この場にはわたしたち三人だけしかしないのよ」

「かしこまりました」虚実を交えてシェルウは語った。

 まずは亜神の縄張りに結界を張り、雑魚どもの侵入を防ぐ聖域を作る。それから餌を用意して、亜神をおびき寄せた。結界の中に引き入れれば亜神と一対一の状況になる。やがて亜神が現れる。駆け引きの末、ついにシェルウは結界の中へ引きずり込んだ。「それから亜神の悪口を言うのです」

「悪口?」「はい。ここでは申し上げられないような、とびきり下品なやつを」領主は腹を抱えて笑った。

「実は亜神というのは人の”ことば”に弱いのです。というより、ことばの力というものは信じられている以上に強い。悪口をかけ続けてへとへとになったら、あとはもうこっちのものです」

「くくく…まるでおとぎ話ね。まあそうね、その悪口というのはきっと呪文かなにかでしょう。そうでなければ亜神や亡者の対策に、これだけ苦労していないもの。他の亜神も、その悪口で倒せるのかしら?あなたは」

「相性がございます」シェルウは古い遊戯に倣って説明した。

「”スナッパー”や”マジシャン”の亜神は戦いやすい。”チャリオット”は相性が悪いですね。悪口を聞くよりも早く、頭を割りに来てしまう。肉体派には勝てないでしょう」

「なるほど。駒でいえば、あなたは"ハーミット"かしら」

「死を冒涜する”ネクロマンサー”の亜神が相手ならば、まばたきの間に討てることでしょう」

「…いとも簡単に亜神を討つと言うのね、あなたは」領主の表情が消え失せ、パド祭事長は目を見開いた。

「あなたが雑魚と言い表した亜神のしもべですら、沢山の兵が倒れているのよ」亜神を軽んじることは、ひいては亜神対策に手をこまねいている領主や兵、神殿をも軽んじることになる。

「…はい。冥神のしもべにとって、冥府の荒野に彷徨う亜神や異なる神を討つことは、守り人たちの仕事の一部です。当然返り討ちに会うこともございますが」

 シェルウが無配慮な物言いをしたのは、自らの立場に人間との一線を引くためだった。冥神の加護、とりわけリエムメネムによって下賜された身体によって打ち振るわれる力は、本来地上にあってはならないほど強力なものである。目の前のふたりがシェルウを利用するつもりであればこそ、せめて力を振るう危険は正しく理解してもらわなければならない。理解が得られなければ、キリとともに外国にでも逃げよう、とシェルウは考えながら語った。

 領主は話題を変えた。「あなたが冥府生まれというのは聞き及んではいるけれど、本当なのかしら?冥府って本当にあるの?」

「ムディ様。はっきり申し上げると、この男の気配は異常です。傲慢な物言いにも裏付けがある。こやつが万神殿の前に立つだけで、神官が皆震え上がります。そこに虚飾はないでしょう」パド祭事長は気を回した。

「言われてみれば、お香のような匂いがするわね。ねえシェルウ、冥府というのはどんなところなの?」


「…このように寂しいところではありますが、わたしにとっては安息の場所であり、こちらへ来た時は今すぐにでも帰りたいと思っておりました。最近ようやく生きるのが楽しく思えてきたところです」

「ムディ様。時間を気にしてください。不安に駆られた護衛たちが流れ込んで来てはたまりません」

「本当に面白いわね、忘れられた知識の図書館だなんて。パド祭事長が持ってきた亜神の首といい、こんなに心が動いたのはいつぶりかしら…でもそうね、いい加減仕事の話をしないとね」領主ムディブリールは姿勢を正した。

「今後神殿を通じて亜神討伐の依頼をさせていただきます。あなたを無碍に扱うことがないよう、もう少し詳しく、勝ちやすい条件というのを教えてもらえるかしら。支援する上でも参考にさせてもらいます」

「勝ちやすい相手は、まず先ほど申し上げた通り、ことばが通じる相手です。もうひとつは、我が主、リエムメネムのご加護に沿うことです」「具体的には?」

「大前提としては死者の安らぎのためです。生者に関しては扱いがやや難しい」

「例えば一年に一度、生贄を要求する亜神がいたとします。今年はなにかの理由で生贄がなく、怒り狂って暴れた亜神の討伐がなされることとなりました。亜神は”一年に一度の生贄の代わりに守護を与える”という古い契約に従っていただけです。この場合は例え人を食らったとしても、規律と秩序に沿う正当なものであり、死の神の裁定において善とされます。規律を破棄した人間に味方するならば加護を失い、わたしはただの田舎者になるでしょう」

「死の神の御心は相互契約の秩序を尊ぶということね。勝ちやすい亜神は、欺きを用いるものや、気まぐれに人を食うような無秩序の輩というわけかしら」

「左様でございます。わたくしを駒として用いるおつもりであれば、どうかそのことをご配慮ください。死の神のご加護が他人に知れ渡り、政ごとの駒として無秩序に振るわれるようなことになれば…やがて死の神の不興を買い、災いとなるでしょう。何よりもまずは、死者の安らぎのためとお約束ください」


「…よくわかりました。約束しましょう」領主は唸った。

「闇の信徒は悪い犯罪者ばかりだと思っていたけれど、善悪の物差しが人の要不要でしかないという祭事長のお話が身にしみました。スナッパーの亜神討伐の礼として、内々に公費を投じて闇の神殿を建て直しましょう。もっと街外れの奥まった場所に。…そしてそこに籍を置く、謎につつまれた冥神の使徒。世俗の名誉を拒み、その秘された役柄は…何がいいかしら。暗黒騎士とか?」

「__様、お戯れはおよしなされ。こやつは本当に危険です。必要以上には関わりになられない方がよろしい」

「でもワクワクしない?こういう秘密って。そうね、逆に”白灰騎士”というのはどうかしら。なんだかしっくり来たわ」

 剣を取り出して領主は言った。

「タッタ領主ムディブリール・タッタが、シェルウ、あなたを”白灰騎士”に任命します」

 シェルウは膝をついて言った。「拝命いたします。死するものたちの安寧のため、引き続き尽力いたします」

「冥神の神官として、より一層励むように。…なんて、言えた義理はないけどね」領主は笑いながら言った。


「また会いたいわ、白灰の騎士シェルウ。お世辞抜きでね。時間のあるときにまた冥府のお話を聞かせてちょうだい。連絡させてもらうわよ」

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