第9話 遺灰の返却

 教会は寂れた港町の先にあった。竜宿が見当たらなかったため、シェルウは岬の小さな教会の近くへ直に降りると、教会から車椅子に乗った無精ヒゲの神官が泣き喚きながら出てきた。膝に銃を抱えている。

「ああっクソ!神様!ふざけんな!勘弁してくれえ…」

「シェルウ様、わたしが行きます」キリが申し出た。

「頼む。あれは敵意ではなく怯えだ。人よりも多くのものが見えているのだろう」

 キリがなだめすかす姿をシェルウは遠くから見ていた。やがてキリが紹介状を車椅子の神官に渡すと、神官はそれをまじまじと見てから叫んだ。

「そんなのってあるかよ!」そしておいおいと泣き始めた。


「マジで俺にもお迎えが来たかと思ったよ。カーラみたいに神様直々に来るよりも、俺の場合は死神の方があり得る話だからな。でもまあ可愛い姉ちゃんならいいかなって思っちゃったぜ」

「交信の秘儀はお願いできますか」

「ああ、たぶんできる。慈悲深い神様は呑んだくれの俺でも見放しちゃいないはずだ。ただちょっと今は勘弁して欲しい。あれをやるとヘトヘトになって、数日使い物にならなくなるからな。そうだ、あんたらも強い神官なら、しばらく街に留まってくれないか」

「ここからずっと西の廃墟に、戦災に乗じて住み着いた亜神がいる。歩哨を立てて見張ってるんだが、ここ二、三日妙にざわついて不気味だ。襲撃の準備かもしれん。ここいら一帯はみんなそいつの手下の被害を受けているんだ。街同士の往来にも不自由している。はっきり言ってあいつらはクソだ」

「それは猿のような獣たちですか」

「そうだ。来る途中に見かけたか?どこで?一匹でもやべえぞ、あいつらは」

 キリがシェルウに目配せした。

「シェルウ様、よろしいですか」「…ああ、頼む」

 竜鞍からキリはひとつの包みを持ってきて、それをドウマクに解いて見せた。ドウマクの顔は真っ青になり、それから真っ赤になってまた泣いた。

「おい…ふざけんな……おいおいおいおい!神様!なんて日だ!神様!なんだそりゃ!」

「亜神の首です」


 カーラの遺灰を譲り受けたドウマクは言った。

「この人…カーラはさ…愛の塊みたいな人だった。一緒に戦ったこともある。みんなを気遣って…いやそれどころか、亡者たちだって苦しまないようなやり方なんだ。人間離れした加護で、とにかく凄かった。…でもあのとき、俺は僻地で戦ってて…ああ、神様。もしもあのとき、俺が一緒にいてやれたなら!」

「すまねえ。あんたにする話じゃねえよな。遠い冥府からわざわざ灰だけでも持ってきてくれたんだもんな。ありがとうよ、本当に。…うっうっ。丁度あんたみたいな、涼しい目をした人だった。なんだかあんた、ちょっとカーラに似てるな。また思い出しちまうよ」

 どうやら祭事長の紹介状には、シェルウがカーラの子であることは伏せられているようだ。公開すると差し支えがあるだろうことは明らかであった。

「…じゃあ、済ましてくるぜ」「お願いします」

 シェルウとキリは、神殿から離れてドウマクを見送った。冥神に属するものが、光の秘儀を目の当たりにするわけにはいかない。降臨の儀式であれば尚更である。その傍にいるだけで、神の怒りを買いかねない。

「シェルウ様には、見届ける権利があると思います」キリはつぶやいた。

「いや。灰の運び手がカーラの子であるからと言って、光の神がそれをどうお考えになるかわからない。ましてやこの身は、冥神の御身を賜っている」

 まるで陽を飲み込んだように、神殿から光が溢れ出した。秘儀は成功したようだ。

 神殿の扉が勢いよく開いた。秘儀はまだ終わっていない。

「キリ、逃げろ!」シェルウは叫んだ。

 光が向かってきた。


「顔をよく見せて」

シェルウは伏せた顔を上げた。光の神ホウダーヤがシェルウの前に在る。

「ああ!…あなたの名前は?」

「…シェルウと申します」


「あなたは…」光の神は言った。

「あなたは、わたしたちの祝福です!」


「…ブルっちまったぜ。すごかった。あんた、神様にあんな風に言われるなんて…あんた冥府の方の神様の使いなんだろ?それがどうして」

「わたしにもわかりません。今まで光の神様とは関わりになったことが思い当たりませんので…正直、殺されるかと」

「ああっ神様の気配が!御意志が伝わる伝わる!しかし、いくらなんでも無茶だぜそりゃ!」

 シェルウはいい加減逃げ出したくなった。「一体何とおっしゃっているのですか」

「…だ、駄目もとで聞くけどさ、あんた、光の神様のところに改宗しない?…って俺の神様が」

 シェルウは呆然として言った。「駄目に決まってるでしょう」

「ああっ!神様!悲しまないで!」

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