第6話 タッタ領ムレーナ
竜を宿場に預け、ムレーナの街の関所を通る。キリは門番に賄賂を渡していたが、身の証のない辺境の種族にとってはこのやり方が通例なのだという。
闇の神殿はキリの言う通り、まさにあばら家という出で立ちだった。
そこに祀られている死の神々も闇の神々も、雑多なひとくくりの石像にされており、よく分からない形になっている。シェルウにとってそれは少し面白く感じられたが、キリははっきりと不満な様子だ。さらに闇の神殿の管理者は、神官ですらないただの清掃員だという。領主に雇われているだけで、万神殿への取り継ぎを頼むことすらできなかった。
シェルウとキリは、万神殿へ上がる階段の手前で立ち止まった。
万神殿で祀られていない神の使いが許しなく踏み込めば、それだけで混乱を招きかねない。ある程度の神官であれば、シェルウにある人ならざるものの気配は感じ取る。それが死の神由来であれば、さぞかし不吉に見えることだろう。神殿内がざわついている。
「十分混乱している様子ですが」「ある程度は仕方ない」
「わたしはここが嫌いです」
「分かっているとは思うけど、心を平静にしておいてくれ。なんなら後で祝福をかけて忘れさせよう」
やがて一人の神官がおそるおそる降りてきた。「どのような御用向きでしょうか。闇の神殿をお探しでしたら、旧市街の方にございます」
「冥府の地より、忘却の神に使わされて参りました。どなたか光の神の信徒に取り継いでいただけませんか」
壇上からひとりの司祭が二人を見下ろして叫んだ。
「儂は光の神のしもべにして万神殿の祭事長、パドだ。死の神の使いがここに何の用だ。貴様らがそこにいるだけで祀られし神々に冒涜と受け取られかねんのだ。分かっているのか!」
「忘却の神のしもべシェルウと申します。御足労感謝いたします。諍いはわたしも避けたく存じますが、我が神より直に賜りし使命なれば」
「辞令はいい。要件があるならさっさと言え!」
シェルウは遺灰の壺を取り出して言った。
「この遺灰は光の神の信徒のものです。光の神へお返しするにはどうすればよいか御教授いただきたいのです」
祭事長はシェルウの手にある白磁の壺をまじまじと見た。
「冥神の気配の他には、なんの気配も感じぬ。何か証はあるのか」
「灰の他に残ったものはございません。骨も霊も灰となりました」
「証もない?こんな正体もわからんものを神の御前に出せるものか。逆の立場で考えて見よ。異神徒が持ち込んだ何ぞの企みがないとも限らんものを、神に鑑定せよなどと言えるか、馬鹿者!」
祭事長は怒鳴った。キリの怒りをシェルウは感じ取る。
「いいか。こういった面倒を避けるために、闇の神殿もわざわざ税金で作らせたというのだ。貴様らは税金を納めているか?そうではなかろう、辺境の者どもよ。この街は光の神々の加護により発展した。そこへ後からのこのこと来て、金をたかるのが闇の神々の徒だ。貴様らは賄賂を払うか、身分を偽って街に入る。貴様が背乗りのような真似をするならば、その神は詐欺師にとっての神となるのだ!自身が明らかであるか、貴様の神に問うてみよ」
「…返す言葉もございません」
シェルウは考えた。この男は怒りをあらわにしてはいるものの、実に論理的な語り口である。人の法に則れば、非があるのは確かにこちらだ。こちらも論理に即して答えなければならない。
「誤った手続きでこの場に参ったのはわたしの落ち度です」
「そうだ。わかったら出直してこい。いや、もう二度とここへは来るな!」
「ただ、我が神は無用な争いを望みません。摩擦を生んだのがわたしの愚かさであっても、故もなく愚かな使いを出すことはございません。冥府へ来た者は」
踵を返した祭事長はその足を止めた。立場上、神事に携わる話を聞き漏らす訳にはいかない。
「冥府に来た者は、いずれかの神のしもべであろうと冥府の掟通りに済ませます。霊が失われた亡骸は、アクアタルクスの河へ流すのです。ましてや遺灰を地の底から天上へ送りつけようなどという話は聞いたことがございません。であれば、今は失われていたとしても、生前光の神のよほど深い寵愛を受けていたか、他のなにか強い理由があると考えます。この者の名はカーラ・ストーンズと言います。証にはなりませんが、あるいは光の神の信徒として名が知られていたかと」
「なんだと?」
「カーラ・ストーンズ。もしやご存知でしょうか?」
祭事長の顔がみるみる青ざめた。
「…ああ、ああ…知っている。しかしまさか、そんなはずは…」
「面識はございますか」
「何度もある」
「わたしはこの、灰となった女より産まれました。面影があれば、それが証にはなりませんか」
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