第2話 シェルウは内臓を捧げ、リエムメネムより骨と歯車の肉を下賜される
リエムメネムのイニシエーションでは、成人し、修行を終えた信徒が身体の一部を捧げ、神とのさらなる結びつきを誓う。捧げる身体は髪や爪、欠けた歯、あるいは生活に支障のない指先などでよい。
しかしシェルウはこの時、おのれの全てを捧げるつもりだった。巫師と守り人たちの立ち会いの元、ナイフをその腹に突き立てて臓物を掻き出した。神殿の台座が血に濡れ、濡れた端から乾く。こぼれた腸は黒く崩れた。リエムメネムへの思慕や、親しんだ守り人たちと等しくなる目論見はあった。冥府の神の祝福を受けた者は、死後その守り人として仕える。
しかし実際のところ、シェルウは命に疎かった。冥府生まれのシェルウには、夢と現実の区別がつかない。冥府は夢よりも深い場所にある。シェルウは聖域に流れ着く忘れられた知識をよく学び、また守り人たちに教えられた仕事をよくこなした。石牢の試練にも音を上げることはなかった。荒野の遠征では狂乱した幽霊、腐った獣たち、まがい物の神を臆することなく葬った。霊との対話を通じ、彼らの走馬灯を見た。バーディナムの花畑は日ごと大きくなった。それでも滅びの土地にあって、命の価値を思い知ることは難しかった。
儀式に立ち会った守り人たちは、彼らが愛する者の命が失われることを嘆いた。赤子のシェルウにアムリタを飲ませた乳母 は崩れ落ち、白磁の床に突っ伏して泣いた。その命が彼らの滞った時間にどれほどの潤いと華やぎをもたらしたか、シェルウは知らなかった。
リエムメネムは慈悲深い神である。冥府の主タルクスの三柱の娘が末妹、その百本の腕で人々の無念をすくい上げ、小さな白磁の壺に集めて醸す。悪い記憶を預かることで、人々により良い生を全うさせるのだ。死者の導き手でありながら、恋愛や子孫繁栄をも司っている。
天井の薄明かりから、止まった時間を携えて、リエムメネムが降臨した。
リエムメネムはその左腕の一本とそれを支える鎖骨、肋骨を五本、脚の位置にあるメイ骨を外した。骨を支えにナイフが刺さったままのシェルウの腹を開くと、リエムメネムの腹部にある歯車やひも、神聖な部品をばらし、それらをシェルウの腹の内側に組み込んでいった。骨のいくつかは、そのままシェルウの腹に吸い込まれた。それからリエムメネムの血管と爪先でちくちくと縫い合わせていく。守り人のひとりはそれを母の針仕事だと思った。シェルウの死は防がれた。
リエムメネムは、巫師の口を使って語った。
「灰の子シェルウ。おまえのこれまでの働きを労います。その血とはらわたと身を捧げる意志を貰い受けました。しかしシェルウ。命を粗末に扱うことは許しません。おまえはまだ命を知らない。おまえに、三つの試練と、冥府の欠片を与える」
巫師の口は試練の内容を語った。
一つ目、”とげ”の回収。冥府の主にしてリエムメネムの父、タルクスの”とげ”が地上の男に盗まれた。二柱の姉はそれぞれ使いを出したが、取り戻すことは叶わなかった。末妹の使いとして、これを取り返すこと。
二つ目、遺灰の返却。シェルウの実母カーラ・ストーンズは地上の光の神の信徒であった。カーラ・ストーンズの遺灰を光の神のもとへ返すこと。
三つ目、地上において人としての生を全うすること。
発言の許しを得てシェルウは尋ねた。
「わたしは冥府のアムリタで育ちました。冥府の掟によって、外へ出ることができません」
「主の御身を下賜された以上、冥府の掟がおまえを縛ることはありません。特例として、地上へ赴くことができます。今や、あなたの半身が冥府そのものなのだから」巫師の口調からは、すでに神の気配は去っていた。
「戒律をよくよく守り、ことばと行いに気をつけなさい。恩寵を失えば、紡がれたおまえの腹は再びほどけてしまう」
「恩寵…試練を賜ったことですか」
「そう、これは恩寵です。主はあなたに、地上で生きる機会を与えてくださった」冥府から離れることは、シェルウにとってむしろ気がかりであった。守り人たちや幽霊の語り、忘れられた書籍の中だけだと考えていた土地へ、ひとり向かわなければならない。
「最後にもうひとつ。あなたに課せられた制約を伝えます。主の恩寵とともにある禁忌です」
「リエムメネムは慈悲深き神ですが、その御身は死のすがらにあります。御身の一部を授かったあなたが、生あるものに敵として対するとき、敵の寿命はまたたく間に尽きるでしょう。いたずらに用いれば地上に混沌をもたらすちからです。ゆえに、敵をつくらないようになさい。人の身で神のちからを振りかざすことは、破滅への道だと心得て」
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