超特急

「あ! いたいた! おーい! 浩輝ー!」


 あかりを連れながら歩く東京とうきょう駅のホームで、不意に生沼の声がした。俺はそちらを振り返る。


「あかり、あっちだ。行こう」


「うん」


[わーいっ♪]


 在来線からずっと外に出っぱなしの分身は方向転換するスーツケースのプルドライブハンドルに摑まって楽しそうに振られている。


 これでも昨日の夜は本体の中にずっと宿って俺に泣きついていたのだ。一睡もできなかったけど、旅行となるとこうも元気そうになる。どこからそれが湧いてくるのか。


「お待たせ、二人とも」


「っておい浩輝っ、すげぇクマだな」


 生沼は俺の顔に近づいて、目を見開いた。自分の下瞼を指の腹でなぞるようにして示す。


「昨日全然寝れなかったからさ」


「まじで見たんだってな。幽霊?」


「わからん。詳しいことはオカ研に任した。俺は未だに、オカ研のいたずらなんじゃないかなっと思ってるんだが、あいつらはそんなことしそうには見えない感じもある」


「そうか……」


 生沼は俺から視線を女子群二人の方に流した。俺もあかりと時田の方を向く。


「え~あかり可愛いじゃん! 何この髪型っ。どうなってんの?」


「べ、別に、そんなことないよ……」


[えっへへ~♪ 浩くんとの旅行だから張り切っちゃったっ♪]


 分身はスーツケースの上で何やら一人でぷりぷり踊っている。

 表側だけだと時田の強い攻めの形勢が否めないが、中身を見るとそうでもなさそうだ。つい数日前までいじられっこだったとは思えない。


 いつの間にあかり呼びになったのやら。


「柚瀬、可愛いな」


 いつもの一つ結びポニーテールとは違う少しアレンジの効いた髪型と、あまりにも似合いすぎている桜色のカーディガンを見て生沼は心の声を漏らした。


「だろ?」


 メッシーバンという髪型らしい。可愛すぎにもほどがある。


「てか、時田も可愛いじゃん」


 制服姿だとミニスカートが相まってかなり強い女の子の雰囲気を持っていたが、私服姿は真反対で白くてやや薄手のワンピースにストレートな黒髪を流していた。おまけにその頭には麦わら帽子が乗っかっている。清楚系と言うやつか?


「私服だとぜんぜんイメージ違うんだが」


「だろ? あげねぇよ?」


「いらねーよ」


 俺にあかり以外の誰を愛せって言うんだよ。


「お、開いた。花音っ」


 生沼は待っていた新幹線の扉が開いたのを確認して愛しの彼女に声をかけた。超特急の乗車口を指差す彼に気付いた彼女は、嬉しそうに飛びついてくる。


 俺は何も言わずあかりに向かって手招きをした。


[やったぁ♪ 浩くんと初めての新幹線!]


 スーツケースから落ちてしまいそうなほどぴょんぴょん跳ねる分身を乗っけて、あかりは俺の下へとことこ歩いてきた。そして顔色一つ変えずに俺の腕に摑まる。


「た、楽しみ」


「うん。そうだね」


 何気ない全部が可愛いじゃねぇかよ……。





「すぅ……すぅ……」


 俺がゆっくりと撫でる手の中で彼女は優しい寝息を立てていた。

 日本の上半身骨格を貫く超特急はやぶさ大宮おおみやを抜けて北関東内陸へと翼を広げ始めている。


 初めて二人で乗る新幹線で、さっきまで分身が窓から見える景色に嬉しそうに俺の袖を引っ張っていたのに、流石に眠気に勝てなかったみたいだ。


「えー、あかり寝ちゃったの?」


 座席を反転させて向かい合わせになった時田は残念そうに唇をとんがらせた。


「俺もあかりも、昨日全然眠れなかったからしょうがない。許してやってくれ」


「浩輝は眠くないのか?」


 生沼は俺の顔を心配そうに伺った。


「ねみぃよそりゃ。でも、こうやって撫でてやってる方が、あかりは心地よく眠れるだろ?」


「きゃ、なにそれイケメン。茂くん、私もされたいっ♡」


「んーいいよっ」


 時田は生沼の肩に、とんっ、と寄りかかって素直に撫でられた。


「でも、本当に大丈夫かよ浩輝。旅先でぶっ倒れるとかなったらせっかくの旅行が台無しになっちまうぜ?」


「どっちにしろもう那須塩原なすしおばらまで一時間もないだろ? 今日の夜二人でたっぷり寝るから大丈夫」


「夜は寝かせないんじゃないのか?」


 生沼は中学生の修学旅行の夜を思わせるトーンでニヤケ面を見せつけてきた。


「バカ言え。色々枯れるからやめとけ」


 俺とあかりにはまだそういう関係はないけど、こいつらはどうなんだろうか。これはフェミニストに槍を投げられるかもしれないが、時田の性格からするとあんまり障壁たるものはなさそうだ。


 というか、高校生にもなったんだし俺とあかりもそういうステップがあってもいいのかもしれない。


 俺はあかりの寝顔に視線を落として、「官能」を顕現けんげんさせた時のことを思い出した。あの調子だと、さらに先に進んだら血管が破裂してしまうのではないかと心配するのをやめられない。


 まあいいだろう。そういうのは、来たるべき時で。


「那須塩原着いたらどうすんの? そっからは在来線?」


「いや、叔父さんが駅まで迎えに来てくれる。そっから大体車で二時間ぐらいかな」


「かかるなぁ」


「まあペンションってそんなもんだら?」


 生沼は彼女を撫でまわしながら微笑んだ。


「駅出た近くで昼食ってさ。そんで行けばちょうど午後ちょっぴり遊べるくらいだと思うんだよね」


 俺は腕時計に目をやって脳内で軽く計算してから頷いた。


「何食うの? 昼」


「餃子とか?」


「せっかくなら宇都宮うつのみやで食いたいな~それ」


 那須にも餃子屋さんはあると思うけどね。


 あかりは何食べたいかな……。

 初日の昼から油たっぷりなのを、女子二人が許すかどうかだよね。


「花音は何食べたい?」


「茂くんとならなんでもいいよっ♡」


 時田はあれなんだな。彼氏の前だけの人格が完全に確立されてるんだな。教室で見た彼女こんなんじゃなかったもん。


「あかりは? 何食べたい?」


 俺はダメ元で眠り姫に聞いてみた。



「……浩くんっ♡」



「「「――――っ!?!?!?!?!?!?」」」

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